短篇二作が収録された本書。
「海を吸う」
ひよりの身体には穴が空いていて、母の望む筒にはなれない。それでもひよりは母からの感情の矢印を向けてもらいたい。穴にまみれた身体を、出来損ないの身体を知って欲しかった。もう望まれたようには生きられないとしても、母にとってひとりの娘として、その存在を受け止めて欲しかった。
穴が具体的にどういうものなのかは明記されていない。ピアスとかタトゥー的なものであるかと思えるけど、あくまで海のようなもので満たされた穴で在ると記される。そしてその過程が性的なことのメタファーでもあったりして、穴自体に重さや感情の深みを持たせている。
宗教のようなものに心酔し、神のためにその身を捧げる母の元に生まれ育ったひより。母の望みを叶えようとしても叶えられない。そうして奮起していたが、彼女の体には穴が空いて、もうその望みは断ち切られた。それでも母に私を思って欲しい。家族としての愛情を向けて欲しい。そんな娘の物語。「穴」に関する描写や、母との関係の描かれ方に、読者と彼女達の間に大きな溝のようなものを感じ、覗き込むようにして物語を読む。そして気付いたらその深いツボにハマる。先を読む手が止まらずに気付けばラスト。穴の真相を求めて読むけど明かされない。だけどこれ以上ないほどの満足感。なんかスゴイ小説だった。
「庭に接ぐ」
変わり果ててしまった父。私がその身体を預けられるような、私を思いやってくれるような、そんな父はもういない。それでも娘である私は、かつての父の姿をなんとか探し、それを決して見捨てない。
私はこの作品を一種の介護小説のように読んだ。変貌した父の姿を語り手は受け止められない。なんとか元に戻そうとする。扉を開けたらいつもの父がいることを望む。しかしどうしてもそこにいる父は、人間には見えない。
「父」を思う気持ちは変わらない。変貌してしまった今の父は、今だけ。そんな父の世話をする過程で、私もまた父と同様変化がある。それは「父」に対する思い。自身に対する思い。そして、庭に対する思い。変化した父の近くにいることで、自身もまた変化がある。そんな変化を狂気の世界で、深く潜り込ませるような文体で描き切る力が伝わってきた。