90年代後半だろうか、日本でもブコウスキーの本が次々に出ていた時期があって評判だったとの記憶があるが、酒と女、無頼派的作家という先入観があり、当時読もうとは思わなかった。古典新訳文庫入りということで、初めてブコウスキーを読んだ。
“無頼”と言えば確かに無頼の生活をしているということになるだろう
...続きを読む。酒、煙草、女、競馬。それらが(訳文のせいもあるだろうが)余計な修飾もなく荒っぽい文章で書かれているため、主人公は、好きなときに好きなように暮らしているように見える。
それはある面その通りなのだが、生活をしていくためには人間は仕事を持ち、働かざるを得ない。その仕事の在りよう、特にその理不尽さを、具体的に生々しく描いている。
主人公が勤めるのは、初めは代用の郵便配達人から正規職員に。一度退職した後仕分け係に。何せ本書は、アメリカ合衆国ロサンゼルスの郵便局長事務所事務連絡文書「倫理綱領」から始まる。どれだけ配達や仕分けの量があろうが関係なく、時間に追われる毎日の労働。何かあればすぐ警告書(これは主人公チナスキーだけかもしれないが)。そうして働く者たちは日々疲弊していき、本書でも何人かがそうして倒れていく。そこには労働者間の連帯も何もない。ただただ働かされ、多くの者は辞めていき、ごく幸運な者が管理部門へと回される。チナスキー自身も、遂には目眩に襲われ精神的にも不安定になり、退職することに。
しかし、彼には文学があった。本書は、次のように終わる。
「朝になると朝になってて、おれはまだ生きてた。
ひょっとしたら、小説を書けるかも、とおれは思った。
そして書いた。」
主人公チナスキーは何人もの女と寝て、生活を一緒にしながらも別れを繰り返す。子どもまでできたのにその母娘とも別れてしまう。そんな状況なのだが、本書は読んでいて実に面白い。自分の生きたいように生きる、そんな主人公の破天荒さが、読む者に爽快感を与えてくれるから。