坂上香のレビュー一覧
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語ることで自分の感情を認識することを感識。それを理解出来ないことを感盲。自分の子供の頃から今までTCの様に他人と語り合って自分の感情を知るということをどれだけしただろうか?
親からの虐待、友人からのいじめ等が被害者の感情を押し潰し、あろうことかその辛い経験を自己防衛から自分の経験から抹消するも、その負の経験が連鎖し、被害者が加害者になり、また、今の刑罰制度が懲罰の下にある意味、加害者への加害行為をしてしまう実態があること。
被害者の立場から加害者に懲罰を求める感情は、自然な感情であろうと思うが、加害者が加害行為をした背景に踏み込み、思いを至らすと別の処罰の文化があり得るべきとの本書の主張も理解出来る面がある。
戦争での加害、被害も同じ面があるのではないだろうか。色々新たな気づきがありました。
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Posted by ブクログ
映画を観た知人に勧められ、映画の方は既に上映が終わっていたので、書籍の方を読んだ。
「凶悪犯には死刑を」というハンムラビ法典的素朴な刑罰観を持っている/たので、加害者寄りの視点には、正直抵抗感もあったが、本書に登場する収監者は、いずれも、情状酌量の余地のある生い立ち、犯歴で、いわゆる「負の連鎖」に巻き込まれた「被害者」の要素が少なからずあるのは事実。でも、だから悪いことをしてもしょうがない、とは全く思わない。けれども、再生の機会は準備されるべきだと強く思った。
本社のテーマであるTC(Therapeutic Community 治療共同体)は、今のところ島根県に「島根あさひ社会復帰促進センター」一ヶ所あるのみだそう。こういう先進的な取り組みははやく広まって欲しい。昔住んでいた加古川市にも類似の施設(播磨社会復帰促進センター)があるらしい。施設名に「刑務所」の文字は無いが、法的には刑務所。
20代の主人公4名のうちの一人が書いた次の詩が非常に本書を象徴する内容だった。
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嘘つきの少年
昔々あるところに、嘘しかつかない少年がいました。
少年はどんなことがあっても絶対に本当のことを言いません。少年は寂しがり屋なので、誰かと一緒にいたいと思っていますが、嘘しか言わない少年のことなど、町の人は誰も相手にしません。孤独で気が狂いそうになっても、それでも少年は嘘しか言いません。少年には、嘘しか言えない理由がありました。
少年がまだ赤ん坊だった頃、少年をたった一人で育てていた少年の母親は、その負担からある日突然、病床に伏してしまいました。
余命幾ばくもないと町の医者に賞告された少年の母親は、残される子どもを助けてほしいと森に住む魔女にすがりつき、そして魔女は少年が正直になる権利と引き換えに、一人でも生きていける魔法をかけたのでした。
少年は一人で生きていくことはできましたが、誰にも用されず、相手にされない人生なんて、生きている意味がないと嘆きました。
それでも少年の口から出てくる言葉は「一人でも大丈夫、僕に近寄らないで」。
人は少年からさらに遠ざかっていきます。
絶望した少年はついにこう叫びました。「生きたい」
すると少年の前に、少年を哀れんだ神さまが現れ、一度だけ正直になれる権利を与えました。
自分が嘘しかつけないことを町中の人に聞こえるように叫べば、事情を知った町の人たちと仲良くなれる。少年は喜びに打ち震えました。
明るい未来を予感した少年の目には、空はいつもより青く、太陽もいつもより眩しく、あたたかい。そんな気がしました。
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ネタバレ学生と作者、ゲスト(元受刑者や犯罪被害に遭った当事者)の対話記録。
皆で輪になって、経験や疑問を素直に話し合うもの。
自分とは違う境遇だった方と対話をしても、素直に、柔軟に受け取り対話ができる学生さんたちも素晴らしかったです。
悪さをする人は、根っから悪い人なのか?
今までの人生の背景にはどんなことがあるのか?
日々、気分が落ちてしまうような事件の報道が続いていますが、与えられた情報をそのまま受け取り、「この事件最悪だね」で終わるのではなく、その背景には何があったのだろうと考えられるようになった作品でした。
犯罪被害に遭われた方との対談も新鮮でした。
(被害者の言葉を聞ける機会はなかなか無いので、、)
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プリズンサークル
「島根あさひ社会復帰促進センター」は官民協働で設立された男性受刑者のための刑務所。
ここの特徴は受刑者同士が自らの犯罪に至った経緯や感じていたことなどを語り合い、自分自身が犯罪を犯した理由を知り、そこからの更生をはかるTC(セラピューティック・コミュニティ=回復共同体)を実践する。そしてTCの手法に長じたメンバーが支援者として参加する。
筆者はこれまで国内外でドキュメンタリーを撮り続けてきた。今回も米国の刑務所での取り組みを知り、同じ手法を取り入れた刑務所ができたことを知り、そのドキュメンタリー映画を撮ることにした。
本書はそのドキュメンタリー映画の内容に加えて、撮影に至つた背景、色々と許可を取るのが大変で困難を極めた撮影の裏話、結局許可がおりず映画では残すことが出来なかった部分などに言及している。
刑務所に入っている受刑者は罪の重さの軽重はあるが、いずれも被害者がある犯罪を犯した人たちなので、必ずしもいい話だけで構成されているわけではない。それによって被害者が救われるわけでは無いことは確かだ。
しかし、一方でただ反省の言葉を述べ、厳しい規律で犯罪者を抑制するだけのアプローチで犯罪者が本当に罪を反省し、更生できるとは限らない。
受刑者たちは例外なく幼少時に虐待やネグレクトの環境にある。家で食事が出ないことがあり、幼少時から万引きして飢えを凌いでいた話などが出てくる。
家庭で虐待され、学校ではいじめにあったり、脅されて窃盗などをする毎日を送る。問題は彼らがそれ以外の人間関係や社会を知らないまま成長することだ。虐待されていた少年は力関係が逆転した時に親を虐待したり、下級生をいじめる側に回る。
それが自然なのはそれが彼らか生きてきた世界だからだ。
もちろん、それを言い訳にして彼らを許すということではなく、TCはそういう自分たちの経験や、感情を互いに吐露する事で、自分たちが何故犯罪を犯すに至ったのかを見つめ直し、それを意識した上で、そこから抜け出すことに向かっていく。
興味深いのは健太郎と呼ばれる、親戚の叔父宅に盗みに入り、窃盗と傷害罪です服役している青年が、TCに参加した当初はなにをしても無感情、人を傷つけるという事に全く抵抗や罪悪感を抱かない状態であったのが、撮影期間の終わりの方では感情が生まれ始めていたこと。
そして残念な事に撮影期間が終わった後、出所して作者とメールなどをやり取りしている受刑者がいる一方で、健太郎のようにどうなったのかがわかっていないという。
残念な事にこの本の元になった映画「プリズンサークル」が未見だ。メディア化も配信も予定されていないという。上映会がないと見ることができない。難しいかもしれないが機会が有ればぜひ見てみたい。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ久しぶりのあいだシリーズ。『プリズン・サークル』、私も見てみたいなぁ。この本も10代の若者4人と話し合う感じ。プリズン・サークルに出た元受刑者2人と西鉄バスジャック事件の被害者がそれぞれゲストとして来てくれる。ほんとこういうのに参加する10代って素晴らしいよな。どうやって見つけてくるんだ。よく自分の言葉で話せるなぁ。やっぱここに学力の差というか、本人達も言ってるけど恵まれた環境で育っているということなんだろうなぁ。前の国語力の話を思い出す。ちゃんと言葉で話せること。暴力が当たり前にならないこと。TC(回復共同体)を刑務所でするところがあるのも初めて知ったし、サンクチュアリ、感情の筋肉を鍛えること、感識も知らなかった。ほんとこういう効果のある取り組みがいろんなところでできるといいんだけど。
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先日約3年ぶりの死刑執行があり、色々と考えるところがあって積読していた本書を読んだ。
被害者遺族と死刑囚家族が共に死刑反対を訴えてアメリカ各地を巡る「ジャーニー」の取り組みは日本ではなかなか考えられない。すごい。
それを見つけて密着取材している筆者もすごい。
被害者遺族と死刑囚家族それぞれの立場から死刑についてじっくり考えることができた。
死刑を支える言説というものはいくつかある。
犯罪の抑止になる
被害者感情に報いる
など。
このうち、「犯罪の抑止になる」ことは全く根拠がないことは明白。死刑になる人たちは死刑になることをわかってやっているのであって望んでいる人すらいる。
「死刑になるから犯罪を踏みとどまった」人の話なんて聞いたことはなく、死刑に抑止力はない。
難しいのは被害者感情。
私が知っている遺族で、加害者を許せていたり交流していたりする人はいない。
この本に登場する遺族と何が違うのだろうと考えてみると、加害者側の謝罪や反省の有無なのかな、と思った(加害者がわからない未解決事件の遺族もいたが)。
自分の苦しみや悲しみの原因になった相手に、きちんとそれを受け止める姿勢がある。それが被害者の回復に必要で、加害者がたまたまそれができる相手だったら、被害者は許せることができ、死刑についても反対の立場をとれるようになる。
そういうことなのではないか。
私が知っている遺族は、「加害者から反省や謝罪がない」と怒っている人たちばかり。本書のように反省して遺族にアプローチしている加害者はみたことがない(もちろん少ないながらいるのだろうけど)。
加害者の中にもこうした違いがあるのはどうしてなのだろう?と強く疑問に思う。
他にも被害者遺族が死刑に反対できる理由について、元々の価値観や「死刑されても楽にならないと気づいた」とか色々あると思うけど、とはいえ加害者側の反省は不可欠だと思う。
加害者がきちんと罪と向き合い反省できる→被害者の感情が和らぎ、回復につながる、という過程があって初めて「被害者遺族のために死刑は必要」という言説を乗り越えることができるのかなと思った。
アメリカで死刑執行がお祭り騒ぎになり、被害者とは何の関係もない賛成派が「殺せ!殺せ!」と叫んでいるという描写は、本当におぞましくてゾッとした。
なぜそんなことができるのか私には全くもって理解できない。
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収監されている人たちに懲罰を与えるのではなく、お互いに自身と過去の体験を語り合う教化を通して自己変革を求めていく活動を丹念に追った記録である。焦点を当てた若い収監者が少しずつ変わっていく様子はとても感動的である。長い時間をかけて自己を見つめ、辛い過去の体験を共有する中で築かれていく関係性は、再犯防止効果があるばかりでなく、その後の人生を自分で開拓していく勇気と自信を与えていることがわかる。この様な実践が広がるどころか、継続すら危ぶまれているのは残念でならない。
それにしても収監者の多くに共有されている家庭崩壊、暴力、育児放棄の凄まじさには胸が痛む。その結果自暴自棄になって罪を犯した結果収監される日本の刑務所の非人間性も垣間見られて、日本社会の矛盾に憤りを感じずにはいられない。 -
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著者と10 代の若者たちが「サークル(円座になって自らを語りあう対話)」を行った記録。元受刑者の2 人や、犯罪被害の当事者をゲストに迎え、「被害と加害のあいだ」をテーマに語りあった記録を残した本
受刑者も被害者もなかなか話を聞く機会などないし、接点がないぶんどうしても自分の世界の外にいる存在として考えてしまう。それは良くないんではないかと思っていて、少しでもそういう人たちと自分にある距離を近くするために読んだ
受刑者は「TC(回復共同体)」という対話による更生プログラムを刑務所で受けてきた経験があり、それらを経て刑務所はどういうところか、価値観の変容や出所してからどう生きていきたいかと考えているかを話していた
被害者の方は西鉄バスジャック事件の被害者の方だった。当時17歳の少年がバスジャックを起こして客に切りつけたという事件である
受刑者と被害者、両方の言葉を読んでわかったことは、犯罪の加害者にも被害者にも更生や支援のサポートがまったく足りていないということだった。受刑者の二人が「TC(回復共同体)」というプログラムを受けられたのもの、運が良かったからで「TC(回復共同体)」をやっているところは日本の刑務所で一箇所だけである。また被害者支援の制度も充分ではない何度も被害者の立場として対話に参加した方は言っている
自分は奇跡的に周囲の人たちの善意や環境に恵まれたけれど、みんながそうではない。しっかりと公的なサポートを整えるべきたど言っていることを書いていた
書かれていることは最もだと思う。被害者の傷を癒やすための制度も加害者が自分が加害者になってしまった理由や原因を知ることもできない。それは加害者も被害者も不幸にしかならないと思う
加害者と被害者側の双方の繊細でよく考えられた。そこにたどり着くまでの苦悩や葛藤を感じられる言葉を読めてよかったと思う。広く読まれてほしい -
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「根っからの悪人っているの?」という問いに対しては、読む前も後も「そうじゃない人も多いけどそうである人もいそう」という感想だった。
この本においては、主に他人を理解するには?自分の感情を理解するには?なぜ理解が必要なのか?等の話が興味深かった。
グループワークに参加した10代の若者や犯罪を犯してTCを受けて出所した人たちの言語化能力や考える力に驚き、自分になかった言葉で言語化していて新鮮だった。
犯罪者は必ずしも悪人じゃないよ、というよりは
今犯罪者ではない我々も環境やこれからの出来事によっては犯罪者になりうる可能性があること、そうならないためにできることを考える良いキッカケになった。 -
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犯罪者と未犯罪者は些細な切っ掛けなんだと改めて感じた。周りの大人達がそうさせるものも多分にあるから子供の環境は物凄く重要なんだね。
Twitterなどではよく「犯罪者はどうせ再犯するんだから殺せば良い。そうしないと遺族は満足しない」という匿名だからこその極論もよく見かけるが、その意見もこれを読んだあとには傲慢さを思い知る。
内省をする機会ややり方を知らないだけだったりするし、外野が「そんなの普通に生きてれば身につくでしょ!」というのもおこがましい。どうとでも言える。
島根あさひではそう言うプログラムがあるのね!って言ってもコロナ後は崩壊しかかってるのかな?
出所後は働くのに制限が厳しそうだな…と思ったら、資本主義の奴隷みたいに働いてる私よりよっぽどバイタリティに富んで活動的な人が沢山紹介されてるじゃないの。元々ポテンシャルはあって方向さえ間違わなければ成功していくのね。
あと映画を見てないからわからないけど、これはノベライズとはあるけど副読本に近そうかな?
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Posted by ブクログ
革新的な更生プログラムを一部の受刑者に実施している「島根あさひ社会復帰促進センター」を撮影したドキュメンタリー映画『プリズン・サークル』の監督・坂上香さんをファシリテーターに、10代の若者四人と元受刑者が語り合う。
若者たちの柔軟性と、元受刑者の方たちの言語化能力の高さに驚く。
若者たちはもちろん日本全国から無作為に選ばれたのではなく、加害や被害について興味が深く理解力のある方たちなのだろうと思っていたが、予想以上だった。
元受刑者の方おふたりは、きっとプログラムで何度も何度も自分と向き合って、見たくないものまでしっかりみつめて言葉にしてきたのだろう。
自分の思い込みとか、いろいろ恥ずかしかった。
本文中に「感情の筋肉」という言葉が出てくる。
「感情の筋肉」は、鍛えないと、「自分の感情」が、みえないし、わからない。
「自分の感情」が、わからないと「他者の感情」も、わからない。
最後に2000年の西鉄バスジャック事件の被害者、山口由美子さんと若者たちの対話。
山口さんは、殺されそうになっても、加害者の元少年と、人間と人間として関わろうとしてきた。
昔から、【罪を憎んで人を憎まず】という言葉があるが、それがどんなにむずかしいことか。
私が昔、無差別殺人のニュースを見ていてぽっと浮かんだ言葉、「加害者は、最初の被害者」
同じような言葉を若者の1人が口にしていて、私だけじゃなかったんだな、と思った。