ブリットベネットのレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
The Vanishing Half -消えゆく片割れ-と題された本作。
マラードという地図にも載らない小さな町に生まれたデジレーとステラの双子の物語。
マラードは肌の色の薄さで評価される町である。その背景には、黒人の血が一滴でも入っていれば黒人であると判断された歴史にあり、その意識が人々に刷り込まれてしまっている。
それでいうとデジレーとステラは見た目は白人の黒人であり、それによって様々な耐え難い出来事を経験する。それに耐えかねていよいよ家出し、結果2人はその性格から全く別の人生を歩むことになる。デジレーは自分のありのままを曝け出し思うままに、ステラは自分を隠して生きていく。
そしてそれぞれ娘が生まれるが、その娘たちには別の兄弟の性格が受け継がれたように見える。
アメリカのこうした歴史は上部だけ知っていたが、この物語を通して如何に人々にそれが根付いてしまっているのかが理解できる。
肌の色ではなくて目を見ればその人のことが分かるし、それはみんな分かっているはずなのに。
ステラの物語には本当にイライラさせられたが、それも自分を守るために仕方のないことなのかもしれない。
また、本当に真っ黒な肌のデジレーの娘ジュードもその肌の色からマラードで最低な経験をする。そのせいで自己肯定感が低く、自分への蔑みや劣等感が人が発する言葉を曲解してしまう。きれいだと言われてもそのままに受け止められない。分かりあうには言葉を尽くすしかないのだ。とはいえ肌の色を隠すことができないジュードはステラとは違って、本当に素直に自分の思うままに生きる。ジュードの物語は好感がもてる。
この物語を読むと、世界中の人々が熱心に祈りを捧げる神様は一体何を人々に教えているのだろうと悲しくなる。
-
Posted by ブクログ
ネタバレ数十年前のアメリカで、肌の色が薄い黒人という境涯に生きる双子の姉デジレーと妹のステラの人生の物語。
薄い色の肌にこだわる母や周りの人々に嫌気がさして、外の世界に憧れるデジレーと、貧しさのために大学に行く夢を絶たれたステラは16歳の時に2人で家を出て行った。
どんな思いや考えをもち、どんな人と出会い、どんな選択をするかで、いつも一緒にいた二人の人生がこんなにも別々の方向に向かい離れていく。
白人として生き、裕福に暮らすが、自分を守るためにつく嘘が嘘をよび、自分というものがわからなくなり、その上、娘を傷つけ苦しむステラの心境が痛いほど伝わってきた。
また、真っ黒な肌で生まれたデジレーの娘のジュードは、困難がありながらも自分に正直に生きてとても輝いて見えた。母を愛する彼女が、母の望みを知りながら応えられないことに苦しみ、本当のことを言えない辛さもすごく伝わってきた。
責任を伴いながら、大人になるにつれて本当のことが言えないことも出てくるし、本当のことは外から見えないこともある、と実感を含めて思った。
デジレーとステラが離れても、二人の娘ジュードとケネディが巡り合うという運命に、縁や味わいが感じられる物語だった。
また、今なお根深いアメリカの人種問題を知る機会にもなった。
人はそれぞれの境涯の上に人生を歩む。人種、性別、貧富、社会的地位…それらの問題を自分のものとしてしっかり考えていけるようにしたい。 -
Posted by ブクログ
ルイジアナの小さな町マラードで黒人夫婦の家で生まれたクリーム色の肌と、はしばみ色の目と、緩やかに波打つ髪を持った双子のステラとデジレーとその娘の物語。父親がリンチで殺されるのを目撃したステラとデジレーは16 歳で母親のアデルを一人残してマラードを去り、ニューオリンズで新しい生活を始める。10年後、デジレーは不幸な結婚生活から逃れる為、黒い肌の娘ジュードを連れて実家に戻り、ステラは母親とデジレーとの家族の絆を断ち、白人と結婚して白い肌の娘ケネディと白人として暮らす。外見が白人でも黒人の血が一滴でも混ざっている者は全て差別の対象とする血の一滴の掟(one-drop rule)。デジレーはありのままの自分をアイデンティティとして受け入れ、ステラは出自を伏せ白人になりすますPassingとして生きることを選択する。ステラはその選択の代償に母親やデジレーとの絆を失い、ペルソナとアイデンティティの葛藤に苦しみ、秘密が暴かれることに脅かされる日々をおくる。タールベイビー “tar baby”とイジメを受けながらも未来に向かい着実に進むジュードと、母親の秘密を知らされアイデンティティの一部が剥離するケネディの二人の従姉妹の物語も切ない。
有色人種の日本人でありながら「美白」とか「色の白いは七難隠す」とか白人の美の基準によるカラリズム(Colorism)に汚染された社会に気付かされたり、あらゆる属性の共存を目指す「ダイバーシティ」を宣伝用に虚しく叫ぶ企業や政治家を思い浮かべたり、その実、自分自身はそれらを非難する資格もない傍観者であることを自嘲するなど色々と啓発させられる一冊でした。
「私に言い訳する必要はないわ」彼女が言う。「あなたの人生なんだから」「でも、私の人生じゃない」ステラは言う。「私のものなんてひとつもないの」「あなたが選んだんじゃない」ロレッタが告げる。「だったら、あなたのものなのよ」 “You don’t have to explain anything to me,” she would say. “It’s your life.” “But it’s not,” Stella would say. “None of it belongs to me.” “Well, you chose it,” Loretta would tell her. “So that makes it yours.”
初めのうちは、なりすましはとても単純な行為に思え、なぜ両親がその道を選ばなかったのか理解できなかった。だが、当時のステラはまだ若かった。自分ではない人間になるのはどれほど時間のかかることか、自分の居場所ではない世界で生きるのがどれほど孤独なものか、まだ気づいていなかったのだ。At first, passing seemed so simple, she couldn’t understand why her parents hadn’t done it. But she was young then. She hadn’t realized how long it takes to become somebody else, or how lonely it can be living in a world not meant for you. -
Posted by ブクログ
色の薄い黒人。
ほとんど白人にしか見えない双子。
しかし、当時のアメリカはまだまだ白人と黒人の差別がある時代。
デジレーが子供を連れて帰ってきた。
本当は大学へ行きたかったステラ。大学に行くために高校は卒業したかったのに、働かなければならず、中退。悔しい。
2人で逃げ出す。
生まれ育った故郷から逃げだした双子は、始めは一緒に生活をしていたが、
ステラは突然いなくなる。
大人になり子供(ジュード)をれて、デレジーは、マラードへ戻ってくる。
ジュードとリースの恋
トランスセクシャル→性転換症→ 身体的性と性自認が一致しておらず、性別適合手術やホルモン療法などの施術を望む状態、もしくは、そういった手術を受けた状態のこと。
大人になったステラ。
肌の色が白いから黒人には見えない。
でも、いつもいつもビクビクしていた。
はっきりとラインがありこちらからは白人エリア、こちらが有色人種のエリアと決まっていたから。
夫も娘もステラが黒人であることを知らない。
ずっと隠して生きていたいと思ってるステラ。
あまりにも長く嘘をついてきたせいで、今更、本当の事など語れない。
嘘をつくのが当たり前になっていた。
白人として生きていくために。
再会した時にグッときた。
指輪の話のところも。やっと!と思った。
アメリカのこと何も知らなかった。
知らなければいけないと思った。
良書。
-
Posted by ブクログ
小さな町を出ていった双子のふたりの半生と、それぞれの娘たちの生きざまを静かな筆致で描いた物語です。彼女たちのその生きた旅路には、派手な事件やどんでん返しがあるわけではありません。ただ、目の前にあるさまざまな差別や偏見と対峙し、ひたすらに自分らしさをつかみとって、握りしめて、生きていこうとする姿だけが描かれています。そしてそれが、静かに確かに、胸を打つのです。
今もなお黒人への差別はアメリカに根強く存在していることは遠い日本でもよく伝わるほどです。けれど時代を遡れば、それはむしろ区別とでもいうような、同じひととしてすらみなさないようなむごさを伴うものでした。そんな時代を生きぬいた彼女たち一人ひとりが直面した「当たり前」の厳しさが、あまりにも辛い、と感じました。
自分らしくあるために、選んだこと、選ばなかったこと、あきらめたこと、つかみとろうとしたこと。それらの欠片すべてがあわさって、今の自分を形づくっている。
心臓はただの拍動する臓器だけれども、無限の感情と行動を生む基礎となっているように、彼女たちが共通する「礎」を持っていても、無限の可能性と生き方が存在する。そしてそれを、この物語は温かく描き、それらを肯定している。苦しみもがきながら生きている人々へ寄りそう様なお話だと、そう思いました。 -
Posted by ブクログ
地図にも載らないような小さな田舎町。肌の色が薄い黒人が暮らす町で生まれ育った2人は年頃になるとそこを飛び出して都会に向かった。1人は結婚に破れて娘を連れて故郷に戻り、もう1人は自分を偽って白人と結婚して娘をもうけ、家族や隣人を欺いて生きている。互いがどこにいるのか知らないまま、それぞれの娘同士が偶然出会ったことから、再び結びつけられる---
苦しみながらも自分に向き合って生きてきた姉と家族だけでなく自分をも騙して生きる妹。
私は肌の色による差別の本当のところを知らないので何とも言えないけど、アメリカでは根深いものがあって、それがこんな小説を生み出すほどのものなんだということが、何だかやるせない気持ちになりました。同じホモサピエンスなのに。 -
Posted by ブクログ
日本に生まれ育った人は、大抵見た目で人種を判断している。白人に見えれば白人だと思う。しかし人種というものに科学的根拠はなく、人間を人種で分けることは意味がないどころか危険なことだと考える人も増えている。アメリカでも現在はそうだろう。
しかし、ほんの少し前まではそうではなかった。
ジム・クロウ法(ワンドロップルール)により、一滴でも黒人の血が入れば、黒人と決まっていた。それがいかに個人や社会に浸透していて、人々を苦しめ、混乱させたかをリアルに感じられる物語だった。
見た目はそっくり、ということは見た目はほぼ白人だった双子が一人は白人(に成りすました、と描かれる)、一人は黒人のまま生きる。それが、彼女たちだけでなく、子どもたちの人生にも影響していく。
この小説が双子のデジレーとステラを描いただけだったらありきたりなものになったかもしれない。しかし、その子どもたちまでを描いたから、深みのあるものとなっている。一人は「タールベイビー」と呼ばれるほど黒く、一人はブロンドでスミレ色の瞳を持つ。この二人の人生が何度か交わるところが妙味となっている。
黒人同士で色が薄い方が価値があると考える、なんて聞いたらバカバカしいと感じるかもしれない。しかし、じゃあ私たちの中にそういう感覚はないか?あるだろう。私たちだけでなく世界のあらゆる時と場所でも。そんな差別意識を炙り出す作品でもあった。