らちまゆみのレビュー一覧

  • 世界史で読み解く西洋絵画

    Posted by ブクログ

    2090円

    249p

    ★再読
    2026/09/26

    らち まゆみ
    静岡出身。多摩美術大学プロダクトデザイン卒業。デザイナー/アートテラー/日本工学院専門学校非常勤講師。美術史やデザイン史を中心に、アートの楽しさを誰にでもわかりやすく伝える活動を続けている。専門学校で教鞭をとる傍ら、YouTubeチャンネル『らち-ART-』やブログにて、西洋美術・日本美術・デザインの知識をやさしく、ユニークに解説中。

    美術館に足を運んだとき、あなたはどんなふうに絵を見ていますか。  これまで美術鑑賞の方法には、大きく3つのスタイルが考えられます。  1つ目は、直感と観察の鑑賞です。1980~90年代にニューヨーク近代美術館(MoMA)周辺で生まれた対話型鑑賞(VTS)という方法をベースにしたもので、絵の前で「何が描かれていると思いますか」「あなたはどう感じましたか」と問いかけ合いながら、画面の中にある証拠を探し、自分の感じ方を深めていく鑑賞法です。  この方法は、予備知識がなくてもすぐに楽しめるところが魅力です。「この作品の中で何が起こっていますか」「どこからそう思いましたか」「もっと発見はありますか」と、観察と根拠をもとに絵と向き合える、いちばん身軽な鑑賞のかたちです。  2つ目は、伝記的な鑑賞です。「ゴッホはこの時入院していた」「ミレーは悲哀を深く感じとる性格だった」と、画家の生涯や人柄を物語のようにたどっていきながら、作品にその人間ドラマを重ねていき、作品理解の補助とする方法です。  映画や小説を楽しむのと似た感覚で、画家を身近に感じられるのが、この鑑賞のいちばんの魅力です。「この絵を描いたとき、画家は失恋していたんだな」「この絵のすぐあとで、彼は耳を切ってしまうのか」。何百年も前の人物が、急に身近な存在として立ち上がり没入感を与えてくれます。  3つ目は、教養的な鑑賞です。技法や美術様式を学んで、構図や色彩、筆致を理論的に読み解いていくスタイルです。たとえば構図だけをとっても、左右対称で安定した画面は、ルネサンスに典型的な静的な調和や普遍的秩序への志向を示すものとして読むことができます。それに対して、バロックに多い斜めの構図や強い光と影は、安定よりも動きや瞬間を前景化し、鑑賞者の感情や身体感覚を揺さぶることを重視する美的姿勢の表れとして捉えられます。

    「 絵が描かれるとき、背後にはその時代の空気が影響しています。そして、近代以前の絵画の多くは、王侯貴族、教会、商人などから注文を受けて描かれた、いわばクライアントワークでした。芸術家が自らの意思で描いた作品ばかりではないのです。」

    —『世界史で読み解く西洋絵画』らち まゆみ著

    「ところが、ここで一歩立ち止まって聞いてみたくなります。  フェルメールはなぜ、これほど日常的な台所の情景を描いたのでしょうか。それまで西洋の絵画といえば、聖書の場面や、神話、王侯貴族の肖像画が中心でした。なぜこの時代のオランダでは、台所で働く女中の絵が、芸術として求められたのでしょうか。  その答えは、世界史のなかにあります。   16世紀から 17世紀にかけて、オランダはスペインから独立しました。スペインはカトリック教国だったため、独立したオランダではプロテスタントが力を持つようになります。プロテスタントは、聖人像や華やかな宗教画が偶像崇拝につながると批判し、教会内部の装飾を簡素に保とうとしたため、カトリックのような壮麗な教会美術が発展しにくかったのです。」

    —『世界史で読み解く西洋絵画』らち まゆみ著

    「戦争や革命は、人々の暮らしを根底から揺さぶります。家も、家族も、信仰も、未来も、一夜にしてかたちを変えてしまうほどの大きな波。画家たちはその荒波のただなかで筆をとり、なんとか時代をかたちに残そうとしてきました。」

    —『世界史で読み解く西洋絵画』らち まゆみ著

    「当時のヨーロッパは、王侯貴族のあいだで芸術文化の交流が外交の一部になっていました。絵をやり取りすることが、国と国のあいだの友好の証や、和平交渉の前提になっていたのです。ルーベンスはオランダ語、フランス語、イタリア語、ラテン語などを使い分け、各国の宮廷を行き来しながら絵を描き、ときには首脳のあいだで秘密の伝言を運ぶこともしました。  バロック期の宮廷文化では、王侯がお互いに肖像画を交換し合い、寓意画を贈り合い、戦争画で和平を祝いました。手紙のやり取りや、贈答品としての宝石、香辛料、絹織物、そして絵画。視覚的・物質的なやり取りの全部が、外交の言語として機能していたのです。」

    —『世界史で読み解く西洋絵画』らち まゆみ著

    「もともと、ルーヴル美術館は、フランソワ 1世やルイ 14世のコレクションが作品の基盤になっていました。こうしたなか、ナポレオンは、軍事的な征服を文化的な優位へと読み替え、ルーヴル美術館を再編しました。その時に、目玉の作品がないということになり、今ある作品よりも大きい作品を飾るために、ヴェネツィアから巨大な作品『カナの婚礼』を持って帰ってきたのです。一時期は彼の名にちなんで「ナポレオン美術館」と改称されたほどです。  ほかにも、ヨーロッパ各地から戦利品として持ち帰った多くの美術品を展示することで、彼は「フランスこそ世界の文化の中心」というメッセージを発信しました。」

    —『世界史で読み解く西洋絵画』らち まゆみ著

    「バルビゾン派の画家たちが見つめていたのは、単なる「田舎ののどかさ」ではありません。  彼らは、急激に都市化していくパリの裏側で、農村が大きな変容のただなかにあることを敏感に感じ取っていました。新しい機械が農村に入ってきて、人手の仕事が機械に置きかわっていく。古い暮らし方が静かに消えていく。バルビゾン派の絵には、その消えゆくものに対する、不思議なほど深い愛情と、すこし切ない祈りのようなものがにじみ出ているのです。  ミレーはバルビゾン派に属しますが、そのなかでも異色の存在です。多くの画家が森や田園の風景を主題としたのに対し、ミレーは農民の身体と労働を画面の中心に据えました。  彼にとって風景は単なる眺めではなく、人が働き、生きる場だったのです。」

    —『世界史で読み解く西洋絵画』らち まゆみ著

    「ミレーの絵には過酷な宿命のなかで大地と向き合って生きていく人間の尊さが表現されています。手前の農婦は暗く沈み、まるで土と同化するように描かれています。後方の太陽の光を強く浴びた収穫の風景が彼女たちの労働のドラマを際立たせているようです。都会人が求める楽天的な農村風景でも、ましてや政治的意図でもなく、大地の上で懸命に生きる人間の生命力の尊さを描いているのです。  ミレー自身、農家の出身でした。フランス・ノルマンディーの片隅、コタンタン半島のグリュシー(現グレヴィル =アーグ)という小さな集落に生まれた彼は、土と作物が日常の風景である土地で育ちました。だからこそ、農民を題材にした絵を「上から目線」で描くことが、まったくありませんでした。むしろ、日常を共にした人々への深い敬意が、画面のなかに静かに沈んでいます。」

    —『世界史で読み解く西洋絵画』らち まゆみ著

    「同じ年の1月、アドルフ・ヒトラーが首相に就任し、ナチス政権が成立しました。ナチスは、自分たちの理想にそぐわない近代美術を「退廃芸術」と呼んで激しく弾圧しはじめます。「青騎士」の創立メンバーであるフランツ・マルク、ドイツ表現主義を代表するエルンスト・ルートヴィヒ・キルヒナー、そしてパウル・クレーなど、前衛芸術家の作品が標的となりました。  かつてクレーが教えていたバウハウスも閉鎖を余儀なくされ、彼自身は当時教鞭を執っていたデュッセルドルフ美術アカデミーを追われました。   1937年には、ミュンヘンで「退廃芸術展」という大規模な展覧会が開かれました。ナチスはドイツの公共美術館から没収した近代美術を「退廃」のラベルとともに大衆にさらし、嘲笑させようとしたのです。展覧会には 650点以上、この前後には 1万 5000点の近代美術が没収されました。その一部は海外オークションで売却され、売却できなかった約 5000点の作品は焼却されたと記録されています。」

    —『世界史で読み解く西洋絵画』らち まゆみ著

    「少年時代のレオナルドは、フィレンツェの巨匠アンドレア・デル・ヴェロッキオの工房に弟子入りしています。 15歳前後のことです。  工房の親方ヴェロッキオには、有名な逸話があります。  共作の作品『キリストの洗礼』のなかで、若いレオナルドが描いた天使があまりに見事だったため、ヴェロッキオは「もう二度と絵筆を取らない」と決めたというのです。事実かどうかはともかく、レオナルドの才能が早くから注目されたことを象徴する伝承です。」

    —『世界史で読み解く西洋絵画』らち まゆみ著

    「1715年にルイ 14世が逝去すると、フランスの美術の世界は明らかに変化しました。政治・文化の中心が荘重で厳格な古典的様式を求めていたヴェルサイユからパリに移動しました。厳格な規則に縛られた生活が一転し、新しく社交の場となったパレ・ロワイヤルでは仮面舞踏会が開かれるなど、ヴェルサイユの宮廷儀礼より、都市のサロンや私邸での社交が重要になりました。  貴族たちは大規模な宮殿の重々しい壮観よりも、むしろ小規模で居心地に良い室内装飾に関心を向けるようになったのです。ロココ美術は絵画や彫刻が独立して存在するのではなく、室内全体を統合する装飾性を重視しました。さらに題材も神話や英雄伝など重々しい歴史画よりも、官能的で私的な娯楽が好まれたのです。」

    —『世界史で読み解く西洋絵画』らち まゆみ著

    「ルネサンスやバロックと比べると、ロココの時代は短命で終わります。しかし、西洋美術のなかでは「ロココ美術」として特筆したいのはなぜか、それは後のフランス革命後に特権文化の象徴として批評的に見られた美術様式だからなのです。  絶対王政を打ち倒した革命推進者や新国家は、美術を社会の理想や道徳を教える公共の道具として活用しました。そのためロココ美術のような個人の私的な空間や享楽を飾るための表現を厳しく批評し、旧体制の退廃の象徴としたのです。」

    —『世界史で読み解く西洋絵画』らち まゆみ著

    「彼が求めたのは、西洋近代から隔った田園のユートピア。最初は南フランスやブルターニュで「素朴な暮らし」を見つけようとしていましたが、最終的にフランス領のタヒチ島へ渡りました。  ゴーガンは、現地で見たものに強い感銘を受けます。タヒチの人々の生活、神話、衣装、果物、空の色。彼はそれらを、自分のなかでひとつの理想郷として再構成しながら、絵にしていきました。彼の絵は、現地のリアルな記録というよりは、「ヨーロッパから見たユートピアの夢」としての南の島でもあります。  こうして生まれたのが、『我々はどこから来たのか』です。「世紀末芸術」とも呼ばれる漠然とした無常感と、植民地時代の空気と、画家自身の人生の総決算。それらが、すべて溶け込んでいるのです。  西洋近代から離れた場所に、絵の素材を求める。それは 19世紀末のゴーガンにとっても、自分の創作を新しく更新するためのひとつの方法だったのです。私たちの暮らしのなかでも、行き詰まりを感じたときに、見知らぬ土地を旅したくなる気持ちは、どこかゴーガンと響きあっています。」

    —『世界史で読み解く西洋絵画』らち まゆみ著



    「人物の顔は、ほとんど顔の形をしていません。眼と口は穴のように開き、頭は骸骨と亡霊のあいだにいるような、生気のない造形です。背景の空は、もはや実際の空ではありません。波打つ赤い色面が、画面いっぱいに不安そのものを物質化しているようです。  この方向性が、その後ドイツ表現主義のフランツ・マルクやエルンスト・ルートヴィヒ・キルヒナー、エミール・ノルデらに受け継がれていきます。「目に見える世界」ではなく「心のなかの世界」を画面に焼き付ける。近代美術の大きな扉を開いた一枚なのです。」

    —『世界史で読み解く西洋絵画』らち まゆみ著

    「 もう一つ、ムンク自身の生育環境も忘れてはなりません。  彼は 1863年、ノルウェーで生まれました。父は軍医でしたが、家のなかは決してあたたかくありませんでした。ムンクが 5歳のとき、母が結核で亡くなります。さらに 1歳年上の姉ソフィーも、彼が 14歳のときに同じく結核で亡くなりました。妹のラウラは精神的な病を抱え、弟も若くして亡くなっています。家庭のなかには、つねに死と病と狂気の影が漂っていたのです。  こうした経験は、画家としてのムンクに深い刻印を残しました。「病と狂気と死は、私の揺りかごを見守った黒い天使だった」と、彼は手記のなかで書いています。彼の代表作のひとつ『病める子』は、亡くなった姉ソフィーの記憶をもとに描かれています。」

    —『世界史で読み解く西洋絵画』らち まゆみ著

    「この絵が描かれた 18世紀半ばのフランスでは、貴族のあいだで「シノワズリ」と呼ばれる中国趣味が大きな流行となっていました。  シノワズリとは、フランス語で「中国風」「中国趣味」を意味する言葉。実際の中国の文化を正確に伝えるというよりは、ヨーロッパ人が思い描いた「東洋の理想郷」を、絵画や工芸品、室内装飾のなかに取り込んでいくスタイルでした。  なぜ 18世紀のヨーロッパで、これほど東洋への憧れが広がったのでしょうか。背景には、東インド会社などによるアジア交易の発達がありました。中国磁器、漆器、絹織物、茶。これらの品々が船でヨーロッパに到着するたびに、上流階級は熱狂しました。 18世紀初頭までヨーロッパでは、中国の磁器の白さや、漆器のなめらかさに匹敵する技術を、まだ持っていなかったのです。  こうしたなかで、ヨーロッパ独自の磁器であるマイセンやセーヴル磁器が発展していきます。とくにポンパドゥール夫人は、王立セーヴル磁器製作所のパトロンとして、磁器産業を強力にバックアップしました。彼女の周りには、シノワズリを取り入れた磁器、織物、家具、室内装飾があふれていたのです。」

    —『世界史で読み解く西洋絵画』らち まゆみ著

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    2026年09月27日
  • 大人の雑学 西洋画家事典 - 人柄がわかるエピソードで楽しく読める! -

    Posted by ブクログ

    そんない美術の時間の書籍化。
    ポッドキャストのフォーマットと同じように図画に頼らず歴史的背景や画家の経歴、手法に触れている。
    節末に画家の代表作とその解説があり、収録されている絵画の点数は少なめであるものの、通してわかりやすい内容だった。

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    2022年01月17日
  • 世界史で読み解く西洋絵画

    Posted by ブクログ

    むちゃくちゃ面白かったけど、やはり絵画好きは中野京子、高階秀爾、山田五郎を知ってるからなあ、、、、彼らと比べた新規性、独自性は?と思ってしまった。とはいえ読んでよかった。パウルクレーのところが良かった。

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    2026年10月04日
  • 大人の雑学 西洋画家事典 - 人柄がわかるエピソードで楽しく読める! -

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    作品は目にしたことはあるけれど、誰が描いたのかは分からないというレベルの知識量だったので、易しそうな本書を読んでみました。
    作者の人となりや流派の特徴など、時系列で分かりやすく書かれていました。

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    2026年08月10日
  • 大人の雑学 西洋画家事典 - 人柄がわかるエピソードで楽しく読める! -

    Posted by ブクログ

    目に留まったから読んでみた 世界史の流れに沿って画家の背景を追えるの面白かった 日本画や絵画のこともっと知りたい美術史興味ある

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    2025年09月03日
  • 大人の雑学 西洋画家事典 - 人柄がわかるエピソードで楽しく読める! -

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    ルネサンスから近代美術まで分かりやすく解説されてます。
    こうやって俯瞰してみると美術ってお金持ちから大衆に降りて行ったんだなあ。

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    2024年06月03日
  • 大人の雑学 西洋画家事典 - 人柄がわかるエピソードで楽しく読める! -

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    ルネサンスから近代絵画までを、一人の画家に着目しながら概説

    エピソードがたくさんで楽しく読める。

    ラファエロ(ルネサンス@フィレンツェ)が早逝したとは知っていたけど、37歳で亡くなってたとは。とすると、『小椅子の聖母』は、30歳そこそこの作品!

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    2023年11月21日
  • 大人の雑学 西洋画家事典 - 人柄がわかるエピソードで楽しく読める! -

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    物足りなさはあるものの ページ数の関係上、絵の大きさや解説量に物足りなさを感じるものの。大まかな絵画の歴史を知るだけで興味深いものはある。

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    2025年12月02日
  • 大人の雑学 西洋画家事典 - 人柄がわかるエピソードで楽しく読める! -

    Posted by ブクログ

    ルネサンスから現代アートまでの重要アーティストの生き方と作品紹介。代表作しか無いのは残念だが分量的に難しかったのかもしれない。これは著者のせいでは無いけどエピソードの部分に色がついていて却って読むのに集中できなかった。
    セザンヌとかルソーとか一癖ある人達も収録されているのは良かった。

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    2025年07月03日
  • 大人の雑学 西洋画家事典 - 人柄がわかるエピソードで楽しく読める! -

    Posted by ブクログ

    私は趣味の話になると「美術館に行くのが好き」と話し、どんな絵が好きかと聞かれると「印象派♪」と答えている。
    でも、ただゴッホとかモネが好きなだけで他に何派があるかなんてあまり知らない超にわか美術好きなだけ。
    この本で美術の歴史やその時代を代表する画家についてサラーっと分かった。
    〇〇派ってこういう感じなんだ、みたいな。
    大人の軽い勉強をした気分。

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    2024年10月20日
  • 大人の雑学 西洋画家事典 - 人柄がわかるエピソードで楽しく読める! -

    Posted by ブクログ

    画家の特徴やエピソードが面白く、美術に詳しくなくてもすらすら読める。1人につき1つの作品が掲載されているので、もう少し他の作品も見てみたいと思った。

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    2023年04月21日