岩尾俊兵のレビュー一覧
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2024年正月に凄い本に出逢ってしまった。新書版のお陰かもしれない。1993年学卒で、「根拠のない悲観論」に陥ってた身としては、“失われた30年”という質の悪い霧が晴れる想いだ。しかも、本書の内容について著者は「著作権を一切主張しない(p10)」
一番引用したいのがこの箇所。
「日本が経営技術の逆輸入的状況を脱却し、経営成績・経営技術・経営学すべての意味で、日本が世界をもう一度席巻したとき、真の意味で「日本“式”経営の逆襲」が達成される(p280)」
一大学人ではあるが、組織の一員として、「価値創造の民主化」のため、自分の人生を経営していこう。 -
Posted by ブクログ
著者は、気鋭の経営学の研究者であり、東京大学大学院で初の経営学の博士号を取得した方とのことだ。
経歴が非常に特徴的で、中学卒業で自衛隊、旧大検資格を経て慶應大に入学し、東大大学院ということらしい。
学費が払えないために進学を諦め、自衛隊に入隊したとのこと。
そのために、東大初の経営学の博士号と言っても、環境的には恵まれていた訳では決してなく、様々な紆余曲折の中で「どうすれば勝てるのか」を模索し、結果を出していったということだ。
その試行錯誤の手法を示したのが、本書であり、著者が提唱する「経営教育」となる。
この手法は経営者のみが有効ということではなく、すべての人が人生をより良く生きるための、普遍的な「道具立て」という位置づけなのだという。
確かに我々は、生まれたときから何らかの組織に属している。
家族が最初であるが、それから地域社会、学校、そして会社に所属して働いている。
すべての場所で、私たちは何らかの形で実は「経営」に関わっている。
「自分自身の人生をどう生きるか」
このこと自体が、実は壮大な「経営」であるという解釈だ。
本書の核心にあるのは、経営の本質とは「資源配分」と「価値創造」であるという点。
この二つの概念は、個人の人生にそのまま当てはまる。
特に「資源配分」という考え方には、膝を打った。
我々がそもそも持っている資源とは何か?
それは、時間であり、体力であり、お金であり、自らの才能である。
これらの資源は、すべて有限だと言える。
無限に使える資源など、この世には存在しない。
地球という有限の器の中で生きている以上、我々が持ちえる資源もまた有限であるということだ。
うーん、深い。
有限であるからこそ、それらをどこにどのような分量で投下していくかが重要になる。
これがまさに「資源配分」という、経営の重要な意思決定になるということだ。
例えば、毎日の24時間をどう使うのか。
これは、最も基本的な資源配分と言える。
日々の仕事にどれだけの時間を割くのか。
家族との時間にどれだけ充てるのか。
あるいは、自己投資としての読書にどれだけを費やすのか。
これらを意識的に選択して実行することが、人生の経営戦略に他ならない。
長期戦略的にも、このことは理に適っている。
20代の貴重な時間を何に使うのか。
30代はどうするのか。40代、50代は?
多くの人は、目先の忙しさに追われてしまう。
私も含めて、ついつい近視眼的になりがちだ。
配分の計画を持たないまま、流されてしまうこともある。
しかし、資源を漫然と「消費」してしまえば、価値は生まれない。
もちろん「浪費」など、もっての外だ。
自分の人生という事業を、黒字にしたいのか、赤字でもよいとするのか。
それもこれも、自らの資源配分のクオリティに、全てが懸かっている。
もう一つの本書の核心が「価値創造」である。
どうやって「資源配分」をして、「価値創造」に繋げるのか。
結果的に「価値」を生むことが目的であり、「資源配分」は手段でしかない。
自らの「価値」の定義を正しく行い、それをより大きくするための方策を、計画的に行うべきだ。
本書は、そのための具体的な方法論として、「問題解決の三種の神器」を示している。
「問題解決の三角形」
「未来創造の円形」
「七転八起の四角形」
著者考案のフレームワークがあるのだが、その使い方は本書を読んでもらえば分かるだろう。
本書の後半では、未来の働き方について、紙幅を割いている。
これからの時代、テクノロジーの進化はさらに凄まじいものになる。
生成AIは日常の一部となり、ホワイトカラーの仕事の多くを代替していくだろう。
データ分析や効率的な資源配分は、人間よりもAIの方が圧倒的な得意分野だ。
計算能力で機械に対抗することは全く意味がない。
では、そんな時代に人間に残された役割とは何なのだろうか。
本書はその問いに対しても、明確な示唆を与えてくれる。
それこそが、「価値創造」の領域である。
AIはデータを高速で処理することはできるが、自ら「生きたい」という衝動を持つことはない。
誰かのために何かをしたいという「志」や「情熱」も持たない。
ある出来事に対し、なぜそれが素晴らしいのか、なぜそれが愛おしいのか。
その「納得感」や「意味」を作り出すのは、私たち人間にしかできないことだと思う。
経営学とは、単なる金儲けのテクニックではない。
人間同士が協力して、社会に新しい価値を生み出すための「人間学」とも言えるのではないだろうか。
だからこそ、AI時代にこそ「経営教育」が必要だと、著者は説いているのだ。
機械に使われる側になるのか、機械を賢く使いこなす側になるのか。
その分岐点は、自分自身の価値をどう定義するかにかかっている。
誰かに与えられたタスクをこなすだけの生き方は、これからは通用しない。
自ら課題を問い続け、独自のストーリーを紡ぎ出していくこと。
手触り感のある人間関係を大切にし、組織の中で信頼関係を築いていくこと。
これらはすべて、人間だからこそ発揮できる経営の力だ。
時代が変わるのを恐れる必要はない。
新しい道具を手に入れて、自分自身をアップデートしろということだ。
人生の時間は限られている。
後から時間を取り戻すことは、絶対にできない。
だからこそ、今持っている資源を、社会のため、そして周囲の大切な人たちのために、正しく投下していきたい。
(2025/12/31水) -
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先に本題を話すとこの本は経営学を学ぶ本ではない
この本は小さなコミュニティであるトラブルの事例をアンチパターンとしてシニカルに紹介しよりそのコミュニティをよく運用する為の在り方を教えてくれる内容となっている
それ故に最初は家族や教育など身近でミクロな内容となっているが、終盤になるにつれて芸術、科学、歴史とその内容はよりマスで難解な内容へと移り変わっていく
だが基本的な姿勢は変わらず大小問わずコミュニティをよりよい方向へ先導するべく先駆けとなっている
それを実現をする為には目的と手段の逆転、目的の肥大化などの身近な経営のあり方の見直しを考えさせるそんな作品だと思う -
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日本の経営技術は素晴らしいのに、それを抽象化してコンセプト化する能力に優れていなかったために、日本の経営技術をはじめ世界中の経営技術を取り入れて抽象化しコンセプト化してそれを輸出するアメリカの後塵を拝し、実は自分達が発祥である経営技術コンセプトをアメリカ発のものとしてありがたく逆輸入し、それによって手慣れた経営実践を手放して敢えてアメリカ発の(実は自分達がやってきたことを少し整えただけの)慣れない方法論を取り入れて業績が悪化するという弊害が生じているという。
著者は、日本の経営現場の個々の人は論理的思考力において優秀だが、組織として抽象的な議論を好まない風潮がよくないと指摘する。重要な指摘だろう。確かに、経営の現場での議論はすぐに「で、それは具体的にどうやって解決に繋がるのか」という具体的な成果が求められる傾向にあると思う。
これを抽象的な議論として昇華させ、それによって現場での文脈依存を断ち切った第三者による反証も可能な理論としてブラッシュアップし、科学的な検証を加えて新たなアイデアとの融合や知識の蓄積を付加したうえで再度現場にフィードバックすることで得られる効果は大きいと著者は言う。
著者の試す、「Kaizen」のコンセプト化は、カイゼンをイノベーションの連鎖であるとみて、アイデアと資源が組織内で遍在し潜在している中でそれをどう出会わせて集約して小規模なカイゼンから大規模なイノベーションまでをバランス良く起こすかを解き明かそうとするものであり、極めて興味深い。
最後に著者による経営の定義として、「価値創造の主役は人間であり、価値創造の障害を取り除くのが経営である」という主張は、経営の本質を突いていると感じた。
星4つ! -
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これまで読んだ中で最高のエッセイ(77ページ参照)。
貧乏、家庭、恋愛、勉強、虚栄、心労、就活、仕事、憤怒、健康、孤独、老後、芸術、科学、歴史は「経営でできている」ということを述べる。
「経営」を意識的に導入することで日常、人生がうまくいくのに、それが欠けているから問題化している、と。
その「経営」とは、目的を明確化して解決方法を模索するといった意味合い、だと私は読んだ。
本書における「本来の経営」の定義は「おわりに」で詳述されていて、価値創造という究極の目的に向かうためのものだとされているけど、ちょっと込み入った印象、飛躍という印象を受ける。
本書は、昭和軽薄体ならぬ令和冷笑体という「時代の雰囲気に合わせたスタイル」で書かれている。
まあ面白エッセイといった趣なんだけど、昭和軽薄体で括られる人たちよりは土屋賢二さんに近いと思った。 -
Posted by ブクログ
家庭や仕事、恋愛など身近な事柄について、なぜうまくいかないのかを経営の視点からユーモラスに述べた本。
様々な章を通じて共通するメッセージは、人は幸せになることが目的であり、目的を達成するために正しい努力を行おう、ということだと思う。
これは、日常生活や仕事などにおいて、気がつけば手段と目的を履き違え、相手を論破したり服従させることが目的化してしまうことが往々にしてあるが、目的は課題の解決や夫婦円満などであり、互いの意見の裏にある動機や課題を共有して解決策を考えるという、経営の視点で取り組むとうまくいくこともあるのではないか、というもの。
人間はうまくいかないと益々焦って視野が冷まくなる。そうならないよう、常に経営の視点を持ち、理論的に、冷静に考えて行動する癖をつけたいと強く思った。
著者のユーモラスな語り口に引き込まれ、あっという間に読み終えてしまった。
印象に残った箇所
・家庭は経営でできている
→家庭で安らぎたいという共通の目的にいかにコミットするか考える。夫と妻の家事の要求レベルは全く違う。
・仕事は経営でできている
→常に顧客(同僚、上司を含む)を意識する。顧客不在の仕事はしない。怒るより解決策を考え再発防止策を講じる。
・勉強は経営でできている
→初級者向けの参考書か、難しくともとにかく一度読んでしまう。その中で弱い部分を分析して勉強する。つながりとばらつきを意識する。 -
Posted by ブクログ
哲学的な2つの考え方を補助輪にして、世の中の価値は有限であるという思考から無限であるという思考へのシフトを促す内容。
確かに金や石油といった資本は有限であり、そこに執着すると常に他社と競争して奪い合わなければいけないという思考になる。
一方、人間が創り出す仕事や仕事の進め方については、考え方を工夫すれば無限に生み出せるもので、本書ではそのための3つの思考法が解説されている。
カントの定言命法では、自分が使用する思考については、他の人がそうした場合に自分も幸せになれるような思考を取り入れることが勧められる。
価値が有限だという思考では、常に他社に奪われてしまうかもしれないという疑心暗鬼と隣合わせ。
また、知行合一は知っているということは、それを実践できて初めて言えることという意味。本書で出てくる、価値無限思考になるための3つの思考法も実生活の中の具体例を通して実践することで、初めて知っているということが言える。 -
Posted by ブクログ
経営とは、究極の価値創造(自分も他者も幸福にすること)を目的とし、中間目標と手段を組み立て、阻害要因となる対立を解消してより良い共同体を作っていく作業のことであり、これが企業の事業活動だけでなく、人が動くあらゆる局面で関係してくるという。
貧乏も、恋愛も家族も、勉強も、健康も、老後の過ごし方も、芸術や科学までも、この経営の視点が欠如すると目的を忘れて手段に拘泥し、気付けば本末転倒の悲喜劇を演じることになる。そして、実際に演じている例があまりにも多い。
目的は何かを意識しよう。ほとんどが自分と他者の幸福の実現である。その実現に資さない活動は、例えブームであろうと皆がやっていようと回避しよう。そして価値は無限に創造できることを知ろう。そうすると他者は敵ではなく味方になり、活動が長期的に持続する。
軽口で、少し食傷気味になるほどにジョークを飛ばしてくる展開ではあったが、締めるところはビシッと締めてくれる、小気味良い良書だった。