駿馬京のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ネタバレ駿馬京著『あんたで日常を彩りたい』を開いたとき、最初は“概念をつらつらと語るだけの難解な作品かもしれない”という警戒心があった。ところが読み進めるうちに、その印象は心地よく裏切られる。抽象的な語りの奥には、確かな感情と人間の息づかいが脈打っているのだ。
この物語は、芸術という名の混沌を抱えながら、それでも他者と関わろうとする若者たちの「生」の記録である。天才と呼ばれる少女・棗の破天荒な感性、そしてその嵐のような日々に巻き込まれていく主人公・夜風の視点。そのふたりの交わりが、単なる知的遊戯ではなく、互いの“欠け”を補い合うような温度を帯びていく。
言葉や表現が時に難解に見えても、そこには確かに青春の手触りがある。芸術や才能という高尚なテーマを扱いながら、作品は決して遠くに行かない。むしろ、誰もが心の奥に抱く「誰かと何かを作りたい」という衝動を、鮮やかに照らし出してくれる。
「理解しづらい」と敬遠するには惜しい。むしろ、この作品は、日常に潜む“難解な美しさ”を見抜くためのレンズのような一冊だ。読み終えたとき、世界の輪郭が少し柔らかく見える──そんな静かな余韻を残す、豊潤な青春芸術譚である。 -
Posted by ブクログ
フィクション作品には社会を裏から操り世の仕組みを作り変える存在が登場したりする
以前何かの番組で、SNSは一つの国家のようなものだ、みたない言葉を聞いた事が有る
これらを踏まえると、SNSを恣意的に作り上げればそこで生存する人間に一方的なルールを適用可能な空間も作り上げられるのかもしれない
だとしても、人の死を前提とした国家運営どころの話ではなく、死の誘発を目的とした国家運営なんて聞いたこともないけれど
それほどまでに作中で茜屋真紅が成し遂げた事は凄まじい
作中では茜屋真紅の暗躍を土台に、死について言及しているシーンが多いね
肉体的な死の意味は判りやすい。肉体的に死に、あらゆる行動が不能になっているのだから社会に参加することは出来ない。故に死んでいる
一方で社会的な死も議論されているね。というより、本作の傾向を考えるとこちらが本題なのだろうけど。何らかの批難により社会から逸脱したままの状態が続けば社会に参加できない。これもまた死んでいると言えるのかな
ただ、社会的な死は本当の意味で死んでいるわけではないから、いわばゾンビのような状態で社会の外側に残り続ける。そしてこの状態には誰でも成り得るものであり、社会そのものを腐敗させるかもしれないもの
茜屋真紅が為そうとしたのはそういった状態になりえる弱い人間の排除か
一方で茜屋真紅が作り上げたものは一つの社会であり流れであるから、これを阻むことは難しい
だからこそ、SNSという社会の中で定まりかけた流れに負けなかった真雪や夜鶴などの存在が活きてくるわけだね
二人とも実社会に居場所を上手く得られずインターネットの世界に飛び込み、そこに居場所を作った。けれど、炎上騒動への対応を通して実社会に再び居場所を得て、それをインターネットに還元している
いわば死にかけていた状態から、生きている状態に戻ったと言える
そういった二人だからこそ、他者の手によって死を強制される事を歪だと信じられ、行動に移せるのだろうね
茜屋真紅が作り上げた実態の見えない死を誘発する流れ。それに対して、真雪がぶつけたのは別の流れ
面白いのは真雪と夜鶴が作り上げようとしたのは積極的に自殺を否定するような流れではないんだよね。もっと弱い力で、でも集団として何らかの力を持ってしまうような、ある意味無軌道的なもの
でも、それによって茜屋真紅の計画は頓挫してしまう。そこに人の愚かさを感じないでもないけれど、それでも悪しき流れを断ち切ることが出来たのは確かな話
また、そういった流れの力と別にひまりが武道家らしく腕っ節の力と言葉の力に拠って冬美が生きているのだと確認しようとする展開は良いね
冬美にはすぐに理解できない、ひまりが立ち上がり拳を振るう理由。それは友達のためという大義名分がある。でも、そんなひまりと冬美が渡り合えるなら、冬美にも拳を振るう理由が有る事の証明となるんだよね
それが最終的に茜屋真紅という存在の大前提を崩してしまうのだからとんでもない
社会的な死を利用していたSNSは閉鎖され、エピローグは新たな季節へ
最後に真雪が提示した問題は社会とか生死とか関係ない、個人間のコミュニケーションの問題。これに対してひまりはどう向き合ったのだろうね -
Posted by ブクログ
話の切り口や傾向そのものは非常に現代的。その為に問題の解決策や帰結点なども現代的なものを期待してしまうけど、本作の集約はむしろ古典的と言うか時代を問わず共通する要素であるように思う
作中において、玲華や黒幕は天上人のように事態を俯瞰して見解を述べる。それらは問題の本質を理解する上では助けとなるけれど、どちらかと言えばひまりや真雪が手にした答えの方が個人的には好感が持てる
けれど、こうした視点で物語を見てしまう事は本作が持つ隠れた罠のようにも思えて、読み終わった後は少しムズムズとした気持ちにさせられてしまったよ
今巻では100万人を超えるフォロワーを持つ配信者『神村まゆ』を巡る構図となっている
彼を取り巻くように数多の人間がインターネット空間に集まってくるのだから、そこには様々な人間の歪みが見えてくる。そもそもからして彼自身がいわゆる男の娘として配信しているのだから、それも一種の歪みと捉えることも出来るのかもしれない
『神村まゆ』に群がるファンなど多数の視聴者、商品をレビュして貰いたいメーカー。それらは許容範囲としても視聴者の中にはアンチは混ざっているし、真雪を狙うストーカーや誘拐犯なども登場する
ポジティブな感情を惹き付ける彼はそれと同じくらいネガティブな感情も惹き付ける
だからこそ、彼がネットを介さずに拠り所とする玲華の研究室が穏やかな居場所に映るわけだね
教授としての線引きはしつつも一人の人間として教え子を気にかける玲華。まゆの大ファンとして当初から真雪に対して好印象を持っていたひまり
特にひまりの心情や言動は注目に値するものだね
彼女は過去に大切な友人をネットの炎上で失った経験を持つ。だからか、大切なものは何か?大切なものを守るためにはどうすれば良いか?を常に考え続けている
その為に自分がファンとして夢中になる真雪が目の前に現れても、『神村まゆ』として扱い続けるなんてことはしないんだよね。真雪への印象を更新し続け、結果的に中村真雪の姿を捉え続ける
そこには最初の出会いが『神村まゆ』ではなく真雪としてのものだったから、というのも在るのだろうけど、真雪に対してファンとしてではなく年上のお姉さんとして接しようとした点も関係しているのだろうな
それが少しずつ閉じこもっていた真雪を変えていく流れは良いね
家庭環境から人との繋がりや肯定をインターネット空間に求めた真雪が助けられた経験からひまりに魅了されていく
そこには人に慣れていないが故の多少の間違いも含まれていたのだけど、ひまりの影響を受け、ひまりのように人を助けたいと思うようになり、それが真雪の新たな原動力となっていく工程は理解できるものだね
本作の後半で描かれる劇場型誘拐事件
犯人たちの動機や行動は非常に自分勝手であり同情の余地はない。けれど、そこに社会から排除された者達の普遍的な恨みが煮詰められている為に様々な耳目が集まるようになっている
そこには議論も怒りも嘲りも、関心も無関心も集まってくる。たった一人の配信者を誘拐しただけで驚くような状況が作り上げられようとしていた
だからこそ、その状況を非常に原始的で単純で、そして思い遣りに溢れた方法で解決する流れは好ましいね
現場に到着したひまりは玲華の口車に乗る形で犯人に対して自分が抱えてきた鬱屈、そして悩み抜いた答えを口にする。けれど、あの場で口にした言葉よりも、自分は答えを持っているという感覚が何よりも大事なのかもしれないと思えた
だから最終的にひまりに助けられた真雪も自分なりの答えを得られたのだろうね
これで最初の物語は終わったのだけど、黒幕が表に出てくることはなく、また真雪や蓮水が抱える問題が全て解決されたわけではない
なら物語として幕を下ろすべきタイミングでは無かったのかと言えばそうではなく、肯定できない自分や後悔する想いを抱えた真雪や蓮水が答えを見つけるまで努力し続けると決めた。それが一つの終幕と呼べるのかなと、そう思えるラストだった