櫻庭ゆみ子のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
郝景芳(ハオ・ジンファン)という、1984年生まれの著者は、訳者あとがきによれば清華大学で天体物理学を学んだあと、大学院で経済を専攻し、博士号まで取ったとなっています。そしていまは、作家活動の他、貧困家庭の子どもたちへの教育プロジェクトも運営しているとなっていますが、この本を読んでいると、思想・哲學もかなり読み込んでいるのではないかと思わせるところが多々あります。
私は、この著者の本は初めて接しましたが、どうもSF作家として令名が高いようです。しかし、この本は著者あとがきにもあるとおり「自伝体小説」で、SF臭はありません。
国共内戦から始まって大躍進、文化大革命、開放経済から現代を、三代にわたる家族を、時空を自由に移動しながら描いたものです。
激動の時代は、登場人物が翻弄されている姿が描かれながらも、なぜか読んでいると極めて静的な世界でのように感じられます。
それが一転するのは、主人公の内面の葛藤を描いたあアリで、このもがき苦しむ姿の激しさは、翻訳の良さもあるのでしょうが、驚嘆すべき筆致です。
この重たさを前に、それなりに読むのが早いと自負している私も、予想外に時間をかけてじっくり読んでしまいました。決して読みにくというのではありません、じっくり読まさせる力を持った小説です。
この、例えようもない才能を感じさせる小説を読んでしまうと、ちょっと、他の著作にも手を伸ばしたくなりました。 -
Posted by ブクログ
1984年に生まれた私(軽雲)の自伝「体」小説。
本書は中国版純文学という感じで、刺さる人にはすごく刺さりそうな内容だなと思った。自分はすごく好きです。
ジョージ・オーウェルの『1984年』に出てくるウィンストンが登場したり、政治体制など似通っている部分があるのは、私たちの目の前の世界は別の世界(たとえば『1984年』)の結末だということを作者は言いたかったとのこと。
ただ自分は純粋に「私」の自伝体小説としても楽しめた。物語の流れとしては一章の中に昔の父パートと現代の私パートがあり、時間が進んでいくという形。父のパートが特に良くて、最後の17章なんかとても良かった。こちらまで胸がしめつけられるような描写はこの作者の力量によるものだと思う。この作者の他の作品がとても気になりました!(そもそもSF作家として有名だというのだからびっくり) -
Posted by ブクログ
言葉にできない。不思議とも違うし、哲学のような、今まで感じたことのない感覚をもつ小説でした。
中国で資本主義化が始まったという1984年に生まれた主人公と、文化大革命を経験した父の物語。
時代、社会の中でどうしようもないこと、現代を生きる中でも価値観や格差、競争の中での生きづらさ。
読んでいると苦しくなるばかりなのだけれど..
主人公と共に自由について考え、本当の自由に気づいていき…主人公が悩み、心病み、どん底を味わい苦しみ、そこから自ら気づき立ち上がって進んでいく姿に心震えました。
13章目。
洪水のように溢れる言葉たちに衝撃を受ける..胸にどすんと響くような。
「自由っていうのはとどのつまり心の中のことだから。」
著者の自伝的小説ということで、中国の社会で生きる人々のリアルな様子、リアルな気持ちが描写されていてすごく興味深かったし、知ることができてよかったです。
また、翻訳の言葉や文章がとても綺麗で、すっと入ってくるのが心地よかったです。
「人の理性的選択というのは、目にしたものすべての中で最も合理的に見えるものを選択してそれを信じること、それから目にしたあらゆる方法の中で最も理知的と思われるやり方でそれを行うこと。このプロセスで一番大切なのは、実はどうやって選択したかということではなく、何を見たかということ。」
「これまで私は仕事というものをひどく誤解していた。どの仕事にも事実の美しさというものが存在することが見えていなかった。事実の美しさに深く分け入って初めてその意味の美しさが目に入るのだ。もう少し早くこのことがわかっていたならば、こんなに回り道をしなくて済んだかもしれなかった。ただ話を元に戻すとら心の中に目を向けてみれば、この世には回り道などないのである。」 -
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「折りたたみ北京」が面白かったので、その作者の自伝「的」小説と思って読んでみた。
ある家族3世代の人生を通して、近代の中国のリアルな庶民の生活の様子や考えなどがわかって、たいへん興味深かった。
私は1970年代後半の生まれなので1984年生まれの作者の方が若いのに、両親の世代でも文革や改革開放などを経験している。両親の世代というとつい最近に感じてしまうので、つい最近までこんなに大変な時代だったのだということが改めて実感されて、びっくりしてしまった。そして、世代によってこれほど体験が異なっていたら、世代間で価値観や感覚を共有するのは難しいだろうなと思った。
以前、日本のテレビ番組で、日本に出稼ぎにきている中国人の男の人を追ったドキュメンタリーを見た。自分はつつましい生活をして病院に行くお金も節約して、稼いだお金のほとんどすべてを中国の妻と娘に送っていた。帰国する費用も節約しているので、10年以上妻や娘にも会っていないと言っていた。彼の望みはただ一つ、娘が自分や妻よりも良い人生を送ること。自分の人生を犠牲にしても、次の世代がより良い人生を送ることを願う人がいるなんて思いもよらなかったので、大きな衝撃だった。この本を読んでいて、なんとなく、そのドキュメンタリーの中国人男性のことを思い出した。
作者の小さいころにはすでに海賊版で日本や香港、台湾の音楽や漫画(ドラえもんやベルばらなど)が出回っていて庶民も楽しんでいた等、1980年代のリアルな中国の日常が垣間見えたのも興味深かった。2000年代の大学生の生活なども、思ったよりも私たちと違わないという発見があって面白かった。
…という風に読み進めていったら、最後に「え?」という仕掛けがあって、さすがSF作家だなと思ったし、私などにはとても追いつけないような頭の良い人だと思った。
これは、自伝「的」じゃなくて、自伝「体」小説なんだそうだ。
こんなこと書いちゃって当局に目をつけられたりしないんだろうかと心配してしまうような箇所もあったので、あくまで自伝風の小説ということにしておいた方がよいのかなと穿った解釈までしてしまったが…
文庫になったら買って、また読んでみたい。 -
Posted by ブクログ
1984年に生まれた女性の半生が自伝の形で綴られた長編小説です。彼女の抱える苦悩と鬱屈、社会へ自分自身を馴染ませることへの抑圧感などを、中国の近代社会の変遷を背景に綿密に描いています。
作中には彼女自身の半生だけでなく、その父親の人生も描かれています。現在の彼女の視点では自由人であるかのような父親が、どのような人生を送っていたのかがわかるにつれて、彼自身もその時代のさまざまなものと闘ってきたのだと知れます。
このふたりの半生を重ねてつづりあげて一つの道筋を示す過程だけでも相当な読み応えなのですが、最終章にひとひねり加えられていることで、収束したかに見えた物語にもう一つ大きな環が加わります。このスパイスを加えた、作者自身の視野の広さ、物語を作りあげるという技のダイナミックさが凄いな、と感じました。
さまざまな規制が強まる中で、この作品も相当に気を遣いながら描写されているように感じました。その社会の生きにくさをダイレクトに感じる中で、ひとりの女性が「自由」を獲得し、生き直していく姿を描いたことは、ひとつのメッセージなのかもしれないとも思いました。
訳文がとても滑らかな文章で、傍注も細かく入っていて、読みやすさが常にありました。翻訳に尽力された方々へも敬意を示したいです。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ折りたたみ北京で著者の作品に初めて触れて、今回こちらを読んでみた。
折りたたみ北京の紹介やこの本のあとがきにもある通り、SFと文学、その両ジャンルを素晴らしい形で両立させていると感じた。
恥ずかしながらオーウェルの1984年は、読んだ当時自分にはまだ難解すぎて理解がほとんどできなかった。
今作は1984年ほどではないにしても、読むのにかなり時間を要してしまって、途中から小説なのか自伝なのかよく分からなくなったまま読み進めており、最終章のウィンストンとの対話シーンによってようやく小説、しかもSF小説であったことを思い出した。
SF的要素が描写に占める割合はかなり小さいものの、最後は見事にSFとして成立させていて、読み終わった後、素直にやられた…と思った。(もちろん良い意味で)
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ネタバレ 購入済み
結末を読者に求めるSF
この小説が掲げるテーマはある意味恐ろしく単純で、もっと言うと稚拙な真の自由、世界の真実に対する答えというものである。
主人公の自伝語りで父親と自分の時代を交互に映し、資本主義を取り入れた中国、まさしく『1984年』というフィクションとリンクしたリアルな世界を個人視点で描写している。フィクションでは己の自由を思想を統制され、絶望に陥ると思われた監視社会は存外、上流階級と知識人を増やし、物欲を煽って消費を増大させて国民を満足させた。さらには資本主義を組み合わさって、より国家依存度も高まり、庶民は現状に反旗など翻す気など起こさなくなった。
西洋価値観を大量に導入する中で、現状に満足することなどあってはならないのに、それができない。富裕層との対立やら労働者の団結など古臭い。最早私たちは学んでいるし、他者の視線を無視できないし、そして人間関係の複雑化にうんざりしている。
主人公の自らが信じられる思想にたどり着けないと吐露するのは、現代の多様性が常識となった現代で必須の結末だ。世界公民とはまた違うが、日本も中国もアメリカも全て、この自らが信じたり得る思想(宗教)を失っている。ゆえに答えはなく、この小説も答えを出さない。
ラストの解釈は諧謔とも、視野を広げる希望とも取れる。このまさにフィクションのような国家、世界の中では思ってもない選択肢は驚くほど多い。己の見たいものを見ることは解釈を追求することでもある。まさに伝記系ディストピアジャンルにおいて温故知新のSFだと思う。