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フランシス・ベーコンってアイルランド生まれのゲイなんだ。当時のアイルランドでは同性愛差別があったのにゲイをオープンにしてたらしい。その感じがベーコンらしくて良いな。ベーコンの作品大好きだから、アイルランドに対する憧れがまた募った。アイルランドにベーコンの美術館とかあるのかな?
フランシス・ベーコンは絵は独学
「また月桂樹は雌雄別体なので単体では実をつけないため、純潔の象徴でもあった。そのことからダフネは聖母マリアにもたとえられた。月桂冠を戴くアポロンはキリストになぞらえられる。多神教であるギリシャ・ローマ神話と一神教であるキリスト教とがむりやり融合させられているのだ。さらにはダフネの貞節がアポロンの肉欲に優るという教訓も込められている。その意味では第 3章の「[番外編]自ら死を選ぶ──ルクレティア」の、夫以外の男性に言い寄られたため自ら命を絶つルクレティアとも似た価値観を示しているとも言える。」
—『背徳の西洋美術史 名画に描かれた背徳と官能の秘密』池上 英洋, 青野 尚子著
「それらの〝武勇伝〟がどこまで本当かはわからないが、ヴィルジニー・ビネという女性とは一四年間つきあい、息子までもうけている。が、ビネは貧困から他の男性と結婚してしまう。クールベを敬愛していた画家、ホイッスラーの恋人だったアイルランド女性のジョーはお気に入りだったようで、彼女をモデルにした絵も数点描いている。有名人に近づいて妊娠したと騒ぎ立て、手紙を公開すると脅して金をゆする女性にひっかかったこともあった。 しかしクールベは彼女たちと人間らしい、精神的なつながりを持つことはなかった。互いに温かい思いやりで相手を気遣い、安定した関係を取り結ぶといったことは苦手だったようだ。女性に対して人並みの、あるいはそれ以上の関心を持っていたにもかかわらず、だ。恋愛は絵画に限らずさまざまな創作活動に大きな影響を及ぼすものだが、クールベの絵には情愛よりもやや歪んだ欲望が色濃く漂うように感じられる。」
—『背徳の西洋美術史 名画に描かれた背徳と官能の秘密』池上 英洋, 青野 尚子著
「画家が密かにポルノグラフィーを描くことはときどきある。多くの場合、画家本人か、亡くなったあとに遺族が処分してしまうので、世に出ないことも多い。スイス出身の画家、ヨハン・ハインリッヒ・フューズリもそうだった。彼は生涯にわたって大量のポルノグラフィックなドローイングを描いていたと言われている。しかし彼が一八二五年に没したとき、妻のソフィア・ローリンズが大半を燃やしてしまい、友人が持っていたわずかなものだけが残った。 フューズリは一七四一年、チューリヒに生まれる。聖職者になるべく教育を受けたが、牧師になるのは断念、一九歳の時にスイスを出て一七六五年にイギリスに渡った。種々の書き物をして生計を立てていた彼は、ロイヤル・アカデミーの初代会長となるジョシュア・レイノルズと出会い、画家になる決意をする。一七八八年にはロイヤル・アカデミーの準会員に、一七九九年には絵画科の教授となり、一八二五年、ロンドンで没している。 彼の画家としてのキャリアは一七八二年に発表された《夢魔》[図 155]に始まった。白い服を着た女性がぐったりと横たわり、その体の上に悪魔が座っているという蠱惑的な構図だ。カーテンの向こうからは白目の馬が覗き込んでいる。彼は超自然的なものに強く惹かれており、《夢魔》のように夢や悪魔、魔女、妖精といったモチーフを多く描いた。」
—『背徳の西洋美術史 名画に描かれた背徳と官能の秘密』池上 英洋, 青野 尚子著
「 三島が『仮面の告白』でとりあげたグイド・レーニは一七世紀前半に活躍したバロックの画家だ。カラヴァッジョ的な強い明暗でドラマチックな画面を構成することもあるが、一連の《聖セバスティアヌス》ではラファエッロに近い古典的な美しさを見せる。 この他に三島はガブリエレ・ダンヌンツィオの戯曲『聖セバスチァンの殉教』を訳している[池田弘太郎と共訳]。そこでとりあげているソドマは本名をジョバンニ・アントニオ・バッツィといい、ソドマはソドミア、同性愛からきたあだ名だ。バッツィは自ら同性愛者だと告白しているのだ。彼の《聖セバスティアヌス》[図 172]では首や太腿を射貫かれてなお、しっかりと立っている。三島はマンテーニャが描く《聖セバスティアヌス》[図 173]もお気に入りだったようだ。ルーヴル美術館所蔵のものでは円柱に縛りつけられたセバスティアヌスにたくさんの矢が突き刺さっている。マンテーニャの別の作品では頭も射貫かれており、果たしてこれで生きていたのか疑問に思われるほどだ。」
—『背徳の西洋美術史 名画に描かれた背徳と官能の秘密』池上 英洋, 青野 尚子著
「ぽっかりと開いた口から見える歯。叫ぶ教皇。溶けていく塊のような肉。そんな不気味なイメージを次々と展開したフランシス・ベーコンが生きていた時代、イギリスをはじめとするいくつかの国では法律で同性愛は禁じられていた。アイルランドのダブリンで生まれた彼は一六歳の時、母親の下着を着ているところを父に見つかってしまう。息子に強い男になってもらいたいと思っていた父は激怒した。ベーコンは家を追い出され、ロンドンに出る。生涯、女性ものの下着を身につけて暮らしたベーコンの〝原点〟とも言える体験だ。 ベーコンには何人もの恋人がいた。法で同性愛は禁じられていたとはいえ、それほど厳しく運用されていたわけではなく、彼は自身の性的嗜好を隠そうとはしなかった。年上の実業家、エリック・ホールは家賃などを支払い、 T・ S・エリオットの詩やギリシャ悲劇を教えてくれた、父のような存在だった。」
—『背徳の西洋美術史 名画に描かれた背徳と官能の秘密』池上 英洋, 青野 尚子著
「ベーコンは彼をモデルにするだけでなく、たっぷりと金を与えて不自由なく暮らせるようにした。が、ベーコンは次第にダイアに飽きてくる。捨てられることに強い不安を感じたダイアは荒れる。一九七一年、パリのグラン・パレでベーコンの大規模な個展が開かれる。そのオープニングの前日、酒と薬を大量に飲んだダイアがホテルのトイレで死亡していたのが見つかった、という知らせが届いた。 後にベーコンはダイアについて、「彼の死に関して深く罪を感じている」と言っている。ふんだんに金を渡すことでやる気を失わせてしまった、というのだ。「死んでしまってから、どれだけ愛していたか実感するんだ」[* 1]。ベーコンはまたダイアの肖像を描き始める。」
—『背徳の西洋美術史 名画に描かれた背徳と官能の秘密』池上 英洋, 青野 尚子著
「独学で絵を学んだ彼のイメージソースも興味深い。頻出する「叫び」のイメージの源泉はたとえば、ニコラ・プッサン《嬰児虐殺》の、我が子を守ろうとする母の叫びだ。彼はこれについて「おそらくこれまでに描かれた中で最も優れた人間の叫び」[* 1]と称している。エイゼンシュテインの映画『戦艦ポチョムキン』の、叫ぶ乳母のイメージは教皇の絵の一枚に引用されている。彼はピカソが描いた、歯の生えた女性器のイメージにもとりつかれていた。」
—『背徳の西洋美術史 名画に描かれた背徳と官能の秘密』池上 英洋, 青野 尚子著
「ヴェロッキオのダヴィデだけが服を着ているが、それも非常に薄いせいで、肋骨までが浮かび上がっている。ドナテッロの少年はなぜか装飾的な兜とブーツを身に着けるだけという奇妙さだ。ミケランジェロにいたっては全裸である。聖書によればダヴィデはこの時、王サウルの甲冑を身に着けているはずだが、彼ら三人ともダヴィデの肉体を露わにしている。これには、彼らが三人とも同性愛者であるという理由がひとつ。そして、この時期に古代ギリシャ・ローマの伝統が復活したというもうひとつの理由がある。 本書でも何度か見てきたように、古代は裸体表現であふれていた。中世でその伝統はいったん途切れたが、ルネサンス期にはいって古典芸術が再評価されるにともなって復活した。そのため三体のダヴィデとも、ギリシャ美術の特徴とも言える「コントラポスト」(休めのポーズのような自然な立ち方)の姿勢をとっている。これはルネサンスで復活したポーズである。これら三体は、古代神像の肉体の復活であり、ギリシャ的少年愛の再現でもあったのだ。」
—『背徳の西洋美術史 名画に描かれた背徳と官能の秘密』池上 英洋, 青野 尚子著
「いわゆる「エロ」の語源と聞くと、いやらしい神を想像してしまうが、いたって真面目なキャラクターだ。あるヴァリアントでは、宇宙ができたとき、混沌から生まれたさまざまなものをカップリングし、そこから「すべての素」を次から次へと誕生させていったのがエロスである。つまり太古の昔から、オスとメスが愛し合ってはじめて生命が誕生することはよく理解されていた。そのため、たとえ宇宙のはじまりであろうと、愛たるエロスが介在してこそ新たなものが次々と誕生すると考えられた。エロスは神話世界のはじまりにおいて、絶大な重要性を持っていたのだ。 ところが、「万物の交合をつかさどる」抽象的なエロスに代わって、「男女の恋愛を支配する」わかりやすいアフロディーテ(ヴィーナス)の重要性が増すにつれて、エロスは次第にこの女神の従属的な立場に甘んじるようになる。エウリピデスやヘシオドスは、明らかにエロスをアフロディーテに「付き従う者」として描いており、また詩人シモニデスになると、両者は母と子の関係に置かれるようになる。つまりエロスは、紀元前五世紀頃にはかつての重要性を失い始めていた。 それにつれて、それまで主として青年の姿で描かれていたエロスは、次第に低年齢化し始め、最後にはほとんど幼児に姿を変えてしまう。無垢で、やんちゃで、思慮が無く、好き勝手なことをして遊んでいる幼児としてのエロス。この移り変わりは、同様に最初は青年の姿で描かれていたのが、やはり幼児になってしまうキリスト教の「天使」とよく似ている。天使には最初は翼など無かったが、ほどなく背中に羽を持つ姿で定着したのには、クピドやヘルメス、ファエトンといった、翼をもつ多神教の神々のイメージの影響がある。」
—『背徳の西洋美術史 名画に描かれた背徳と官能の秘密』池上 英洋, 青野 尚子著
「少年が性行為によって汚れると考えられていたように、女性も性交によって清らかさを失うとみなされていたが、古くから女性の処女性が重視されたのには、もうひとつの理由がある。それは、 DNA鑑定など無い時代、父親は生まれた子が本当に自分の子かどうかを確かめるすべがなかったことによる。少し前まで、親の資産や家業を長男だけが継いでいたので、自分の子であることはとても重要だった。そのため結婚まで処女であり、初夜によって妊娠すれば、少なくともその子が自分の子であるという保証が得られる。こうして、洋の東西を問わず、ながらく処女であることは未婚女性に必須とされたのだ。 ルネサンス以降の美少女肖像画の多くが、結婚前の見合い写真的な用途か、あるいは結婚記念に描かれたものである。富裕層どうしの家の結びつきであれば、嫁側は家の経済力を示すために、高価な宝石や豪華な衣装を身につける。また、処女であることを強調すべく、純潔のシンボルである白百合を持たせたり、処女にしか懐かないとされた一角獣(ユニコーン)を抱かせるなどの工夫がなされている[図 226]。」
—『背徳の西洋美術史 名画に描かれた背徳と官能の秘密』池上 英洋, 青野 尚子著