E.フラー・トリー(1937年~)は、マギル大学医学部博士課程修了、スタンフォード大学修士課程修了(人類学)、スタンフォード大学医学部勤務を経て、スタンレー医学研究所研究部副部長。専門は精神医学。
本書は、2017年発表の『Evolving Brains, Emerging Gods:Early H
...続きを読むumans and the Origins of Religion』の全訳で、2018年に出版された。尚、松岡正剛の有名書評サイト「千夜千冊」の1786夜(2021年11月9日)で取り上げられている。
本書は、進化論に基づく脳の進化が神及び宗教を作ったことを主張・説明したものであり、人類史の中で神・宗教の起こり(と変化)を論じているという点において、ユヴァル・ノア・ハラリのベストセラー『サピエンス全史』(2011年に原書発表)や社会学者・広井良典の『無と意識の人類史』(2021年)等ともオーバーラップするが、更に、著者の専門領域である人類の脳の進化の研究(ヒト族の頭蓋骨の研究、古代の遺跡の研究、ヒトや霊長類の死後脳の研究、生きているヒトや霊長類の脳画像研究、子どもの発達に関する研究)の視点が加えられており、実に興味深い内容となっている。また、欧米人の著作にしばしば見られる、冗長なエピソードや日本人の思考パターンに馴染まない部分もほとんどなく、とても読み易い。
人類の脳の進化理論に基づく説明は、概ね以下である。
◆<第1段階>約200万年前に、ホモ・ハビリスとして、脳の著しい大型化や知能全般の大幅な向上を経た。
◆<第2段階>約180万年前以降、ホモ・エレクトスとして、自分を認識できる能力を身に付けた。
◆<第3段階>約20万年前以降、古代型ホモ・サピエンス(ネアンデルタール人)として、他者の考えを認識できる能力を身に付けた(=「心の理論」を持った)。
◆<第4段階>約10万年前以降、初期ホモ・サピエンスとして、自分自身の考えについて考える内省能力を発達させた。
◆<第5段階>約4万年前以降、現代ホモ・サピエンスとして、「自伝的記憶」(自分を過去だけでなく将来にも投影する能力)を持った。これにより将来の計画を立てられるようになり、また、自分の死、死んだ祖先がいる世界などを想像できるようになった。
◆8,000~7,000年前、農業革命(農耕の開始)に伴って、生者と死者の関係における革命(祖先崇拝)が起こり、祖先たちの一部がだんだん神に祀り上げられて、最初の神々が出現した。
◆2,800~2,200年前、増加した人口を抱える巨大な帝国を統治するために、体系化された神・宗教が必要になり、儒教、ヒンドゥー教、仏教、ゾロアスター教、ユダヤ教等が生まれた。この時代を哲学者ヤスパースは「枢軸時代」と呼んだ。
そして、著者は、「脳の進化理論では、なぜ神々が現れたのかと、なぜ神々が、実際のそのときに現れたのかの両方を説明でき」、また、「並行進化に基づき、・・・神々が地球上のさまざまな場所で別々に姿を現したこと」も「どのようにして地域社会の司法的、経済的、社会的なニーズが地域社会の霊的なニーズと結びつくようになったのか」も説明できるとしている。
神・宗教の起こり(と変化)を、脳の進化に基づく人類史の中で解き明かした、興味深い力作といえる。
(2022年2月了)