黒田夏子のレビュー一覧
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爆裂に読みづらいけどきっとすげえ名作に違いない!
だって芥川賞だぜ!?
って思いながら読んだけど意味がほとんど頭の中に入ってこない!
もうすごいな!
ははは…本当に同じ日本語かよ…表題作もそうだけど、収録されている普通の文体の方もなかなか強者で、私ただ文章の美しさに見惚れていたのであった。
ただここまで文章が理解できなかった本について感想を書くこと自体がはばかられるため、私は個人的には「虹」が一番好きかなって感じである。
芥川賞作家がみんな多作かというとそんなことなくて、この本のようなきっとすごく特殊な事例もある。
この本が世に出てきて、正当に評価された…それ自体素晴らしいこと! -
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芥川賞受賞作である「abさんご」と著者が二十六歳の時のデビュー作、他に二編の合計四編の短編が「リヴァーシブル形式」で掲載されている。
「リヴァーシブル形式」がどういうものかは、本屋さんで手に取って確認してください。
まずデビュー作である「毬」。
そしてその「毬」と同じ少女が主人公である「タミエの花」と「虹」の三篇。
少女の名前は「タミエ」。
けっして良い子ではない……というよりも今だと「問題児」扱いされるのかな。
読んでいるうちに僕なんかはこの「タミエ」にどうしようもなくシンパシーを感じてしまった。
なんとなく「タミエ」のことが理解出来てしまうように感じられるし、特 -
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雑誌で出たときに読んでたけど、単行本買って再読。早稲田文学7での対談読んでからの再読だから、前よりも多くの言葉に良い意味でのひっかかりを感じることができた。あの時間の遠近感が、自分が子供だったころの懐かしい諸々(もちろん負の感情も)を思い出させてくれる要因かも。人が嫌いで興味が薄く、物ばかり書いているという黒田さん。言われてみればその通りだ。なんせ片親がどちらの親かすら書かれてはいないのだから。物や景色、見えたもの見えなかったもの、使われなかったもの、「言えなかった」という事実だけが残る言葉たち。過ごさなかったもうひとつの時間。自分の来し方をこんなふうに綴ることができたら素敵だ。
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ネタバレ凄く良かった。
はじめ横書きページから読み進めて、
まるで呪文のような本だと思った。
文章が美しいのだけど、漢字と平仮名が
普段読んでいる文章と全然違う。
声に出さないと何を書いているか頭に全然入ってこない
音読しても、やっぱり入ってこない。
唯一頭に残ったのは、
親子の食卓に、新しい家政婦さんが
自分の食事を同じテーブルに並べて食べる事に
戸惑っているシーン。
そこは印象的だった。
難解なので、諦めようかと思ったら、
後ろから縦書きの小説が始まっていた。
相変わらず言い回しが独特だけど
漢字があって読みやすかった。
内容も前半が難解だった分、すっと入ってきた。
ちょっとした日常の中の女 -
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ネタバレ横書き、ひらがな多用、点はコンマで丸はピリオドと、いままで見たことのない自由に書かれた作品。ひらがなが多くて読み辛いので何度か読み返した。最後は音読してみて大まかなことは頭に入ったけど、それでも難しい表現が多くて全部は理解できてないと思う。
aにもbにも行かずくるくるとこまのようにまわる。さんごは読む前「珊瑚」と思ってたけど、3✕5=15編の物語なの? いろいろ曖昧でほわほわとした世界。
4歳の子と片親が亡くなりもうひとりの片親との日々の暮らし。固有名詞はいっさい書かれずその都度主語が変わるので性別も曖昧。幼子、幼児、小児とか、片親、持ちぬしとか。多分娘と父なんだろう。登場人物が見えてきたら -
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ネタバレ目次
・abさんご
・毬
・タミエの花
・虹
ページをめくって、戸惑います。
横書き、というのは知っていましたが、驚くほどひらがなの量が多いのです。
だから最初、何が書いてあるのかを読み取ることに、苦労しました。
”ふりだしの家の二そう目のぜんぶは書物とその持ち主とが領していて、三そう目からおりていく者は、寒くない季節にならあけとめてあることも多い片とびらから、(後略)”
「ふりだしの家の二そう目」とはこれ如何に?
私は最初脳内で、「二艘目」と変換していて、なぜ突然船の話なんだろう?と思っていたのだが、かなり読んでから突然「二層目」である事に気付き、つまり家の二階の話だったと腑に落ちたのだ -
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最初、見慣れない文体に面食らった。
既存の一語で表せる事物を、わざとその単語を使わないでなぞなぞみたいにつらつらと説明されることに最初はいらいらしていたけれど、著者のファンである友人から「そう書かれることで我々はその事物を既知のものとして流すのではなく、もう一度初対面として出会い直すことができるのだ」との指摘を受け、なるほど、意味のないなぞなぞではなかったのか、と捉え直してからはその手法も興味深く読めた。
幼年期の、家や家具や遊具や家族などにまつわる断片的な思い出に、さまざまな角度から光を当て、淡く照らしていくような物語だった。
終始登場人物の誰ひとりの名も性別も明かされず、具体的な台詞も書か -
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最初は読みづらく感じたが、三章ほど読めばだんだんになれてきてさほど苦もなく話の筋は理解できた。ストーリーはかなりあっさりとしていて、簡単にいうと、死んだ父親との関係とそれをこわした家政婦のことを軸に、自分の半生をふりかえり、もっといろいろできたけど何もしなかったなあ、という話。あらわしきれなかった家族への愛、そして家政婦への憎しみ...けっして美しい話ではなくむしろとてもどろどろとした話だ。美しいのはいつでも溢れている過去・空想・選択肢と、それをあたかも水に浮かべたかのような文体。最後まで読んだらかならず第一章に戻ってほしい。時系列では最初が一番後の話で、一見尻切れトンボなラストを補完してくれ
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abさんごは2012年早稲田大学文学新人賞受賞、「毬」「タミエの花」「虹」は1963年読売新聞短編賞受賞。その間50年半世紀あまり。一作家の時を経てその作風がわかる。「abさんご」は75歳で芥川賞受賞という話題性もさることながら横書きひらがな多用な文章で個性が群を抜く。読みづらいことをがまんして読み進めると不思議なことにそれに慣れてくる。言葉の表現の美しさに感心しながら読み終えたとき、ぼんやりとこの作品の姿がみえてきた。一人っ子の生い立ちから大人になって両親を見送るまでの物語。
aとb、aかbか、選択しなかったもう片方はどんなだろう。など、文章のあちこちに垣間見えることがこの作品の意図でしょう -
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ネタバレ一番面白かったのは『abさんご』。この異色作を楽しむには「予備知識」があった方がいいかもしれない。
1.固有名詞を使わず、横書きの小説。文章は「ひらがな」が多くなる。日本語の句読点ではなくコンマやピリオドを使用。この視覚効果のため読みにくいし、内容が曖昧になる。
2.曖昧な内容のため、登場人物の性別まで曖昧になる。重要な登場人物は「語り手・片親・家事がかり」の三人で、「語り手は女性・片親は男性・家事がかりは女性」と思われるが、これが正しいとは限らない。
3.物語の内容はシンプル。「語り手は幼くして親を失い、残った片親と暮らしていた。そこに、ある家事がかりが同居して親子水入らずの生活が終わ -
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父と子との記憶をめぐる、冷たく、鋭く、やわらかい空気につつまれた物語。たぶん。
なぜ「たぶん」かというと、ご存知の通り、すっげーーー読みにくいから。ストーリーを万全に把握できたかどうか自信がないのです(笑)。横書き、特徴的なひらがな使い、オリジナルな呼称(固有名詞を使わないんでしたっけ)、そして独特の言い回し。第一章のあたりでは何も頭に入ってこなくてどうしようかと思った。しかし大丈夫、不思議と慣れる。そして、気づいたら黒田ワールドに魅入られている。
受験勉強で大量に解いた古文の問題に似ていると思った。いっぺん目を通すだけでは、するりとは理解できない。でも文章の間にただよう香りは非常に素晴ら -
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abさんご 横書き
最初は読みにくいけどなんとなくで繋いでいって読め、昭和の、その場の情景、情感、独特のよい雰囲気を感じとれる、詩集みたい。
戦後、親子3人のうち母親ひとり亡くなって早くに片親になり、どんどん狭い部屋(巻貝の部屋)へ越して行って、お節介すぎる家事手伝いもいながら、父親と子の距離は徐々に離れ、父親も看取っていく話、ということでいいのかな?終始固有名詞なく、〜せし者は、という書き方。
鞠
鞠の苦手なタマエが、隣町まで鞠を盗みに行く。
タミエの花
山で出会った男に知ったかぶりしながら花を探す。
虹
海辺で雨が降り、ようやく見たかった虹を見て、弟を川へ落として殺したことを思い出す。突