田中康裕のレビュー一覧

  • ギーゲリッヒ 夢セミナー

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    これは、凄い。
    夢とはこのように扱うべきものだったんだ。そう、思わされる。
    電車と塔が自己中心性のモチーフの一つに捉えられている。だから、僕は高いビルのデパートで何かを探していたり、電車を乗り継いでどこかに向かっていたり、いつもしているのかも知れない。そうだったのか。。


    ・夢を内面の表現やパーソナリティの現れとして捉えることの問題点を指摘しておくと、それは夢をすでにわかっているものから捉えることになってしまいがちなことである。つまり夢見手がどのような問題を持っていて、どのようなパーソナリティであるということから、夢を説明し、そこに還元することで終わってしまいがちなのである。あるいは、家族関

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    2014年01月31日
  • ギーゲリッヒ 夢セミナー

    Posted by ブクログ

    ギーゲリッヒ

    P09
     心理療法の方法とは、主体の内面を探り、自己関係によって問題や症状を解決していこうとする。その際に、実体的なものとしては存在しないはずの主体は、何かに映されることで治療的に扱えるようになる。その内面をなにに映し出すかによって、技法や学派が異なってくる。

    P16
     イメージの内容ではなくて、形式の崩れなどに夢セミナーでも注目することがある。これは特に、精神病圏のクライエントについて有効であると思われる。これはイメージの内に入っていき、その意味を明らかにするだけでは十分でない場合の一つの例であろう。逆にユングの「赤の書」のようにん、内容的には奇妙でも、構造的に崩れていない

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    2018年12月22日
  • 発達障害への心理療法的アプローチ

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    題名に惹かれて購入したが、開いて一読、京都大学のユング派の人の本であったので、難解さを予想したが、意外と読みやすかった。発達障害の本質を「主体の欠如」より捉えている。そのために、発達障害の人はさまざまな症状を身に付けやすい。しかし「本物」の症状に比べて粘りと必然性のないのが鑑別になる。心理療法の方法としては、主体の存在を前提とした従来の方法ではなく、主体が立ち上がってくるような方法が必要である。留意点として、「深層」というファンタジーの放棄、「中立性」のスタンスの放棄、「適応」という目標の放棄があげられている。また境界例、解離性障害、発達障害と時代に応じて目立ってきた病理や症状について、我が国

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    2012年06月28日