森山優のレビュー一覧
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日米開戦に至る経緯を情報という側面から読み解いていく内容。当時は既に他国の暗号情報の解読が進んでいて、いろいろな各国の大使や駐在武官等とのやり取りが読み取られていた(日本は読み取られていただけではなく、他国の暗号も解読はしていた)が、誤訳や情勢の見誤りなどもあった様子が手に取るように分かって大変面白かった。国内も外務、陸軍、海軍、軍も省と現場、様々なところで隔絶、対立、情報格差、認識相違があったようである。
本書の中で触れられているが、日米の間にあの規模の大戦を引き起こす覚悟、準備、外交的課題があったのかどうか。それらが無いまま、お互いに引くに引けなくなり、「何となく」戦争に突き進んでしまっま -
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今まで読んだ開戦モノの本の中でも非常に分かり易い。内閣と統帥部。軍令と軍政。開戦と外交について、とかく二元論で語られがちな開戦へのプロセスにおいて、体裁を繕うことを重視したために明るそうなシナリオとしての開戦が残ってしまい、かつそれがアメリカの思うツボだった、と理解すべきなのだろう。
最も希望を持てそうな選択肢が南方資源確保のための開戦であり、しかしながらそれは希望的観測に根拠を置く粉飾に満ちた数字合わせの所産であった…P.157のこの言葉は重い。
プリンシプル(原則)が無いと言われても仕方なかろう。また、外交か戦争かという対立軸ではなく本来なら臥薪嘗胆と戦争・外交のセットの間により本質的な対 -
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当時の日本の選択を政策決定の状況に焦点を当てて考察している本。
なぜ戦争突入したのかと考察する本はいろいろあるけれど、この本は白眉だと思う。
当時を考える際、考慮するものがたくさんありすべてを見て考えるのはあまり現実的でないので、「誰」によって、「どのような政治過程」を経てああなったのかに焦点を当ててみることでとても明瞭な話になっていてとても分かりやすい。
この手の話は陸軍が諸悪の根源とされがちで、この本でもそれは変わらないのだけれど、天皇の責任、海軍の責任も重要だとしてるところが興味深かった。
とくに海軍が戦争を容認しなければ絶対にアメリカと戦争をすることなどなかったとする話はそれほど重視 -
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歴史学の立場から客観的に日米の意思決定プロセスや諜報について見ていく。今まで自分を捉えていた認識の枠組みを意識させてくれる。
日本の国策を決定するにあたっての寄り合い世帯的な、両論併記と非決定の概念が常につきまとっていた。松岡洋右が外相としてイニシアチブを発揮しようとする中でいかに日本を振り回したのかがわかる。
陸海軍もそれぞれの中で一枚岩ではなかったし、天皇も全く飾り物だったわけではなく、その意向は陸海軍に影響を与えていた。
蘭印や仏印の動き、独ソ戦に向かう中での日本の動き(渋柿主義と熟柿主義)、タイとの関係なども本書を通して細かく知ることができた。
南部仏印進駐からエスカレーションの歯車が -
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ネタバレ学校でここまで詳しく教わらなかったけれど、やはりここまで詳しく教わるべきだよな。資源のない日本は戦争できないということを。
責任という言葉が大好きな割に、責任を取るのが大嫌いな日本人の反省のための本。
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p14 天皇が生き残ったのは
東京裁判で戦争責任を一身に背負おうとした東条元首相の言い分と天皇を戦後の統治に利用できると認識したGHQの思惑の一致による。天皇が生き残ったのは結局、道具として残されたのである。
p18 軍務大臣現役武官制
これは軍が内閣に対して強い圧力を変えられる仕組みであった。当初は2・26事件の皇道派軍人を抑制するための仕組みだったが、米内光政内閣の -
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[暗黙の尻込み]1941年12月8日を迎えるまでに幾度となく決定がなされ、大仰な名称を冠せられながらも幾度となく覆された戦争に関する数々の「国策」。その策定プロセスを眺めながら、当時の日本の中枢が「非(避)決定」の状態に陥っていた様子を紐解いていく作品です。著者は、日米戦、特に情報・インテリジェンス部門の研究を専門とされている森山優。
セクショナリズム極まりない状況にもかかわらず、ボトムアップ型で国運を賭す決定を作り上げようとしていく過程に空恐ろしいものを感じるはず。また、複雑な政策決定のためのプロセスをくぐり抜けていくうちに、当初想定すらされなかった「国策」ができあがってしまう点にも、当 -
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本書は、日米戦争における日本の開戦過程を詳細に検証したものだが、本書のような緻密かつ大胆な検証は読んだことがないと、興奮する思いを持った。
現在では「侵略戦争として断罪」されている昭和の戦争について、なぜ当時の日本はあのような無謀な戦争に踏み切ったのかと常々思っていたが、本書の「日本の政策決定システム」「昭和16年9月の選択」を読むと、当時のリーダーが単に無能だったのではなく、明治憲法にもともとあった政治システムの欠陥によるものであったことがよくわかる。
本書で読んだ「効果的な戦争回避策を決定することができなかったため、最もましな選択肢を選んだところそれが日米戦争だった」ことには、ため息 -
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タイトルどおり、「日米開戦」にいたる41年9月以降の政策決定プロセスを丹念にミクロにおっかけて説明した本。
「日本はどうしてアメリカを相手に負けるに決まっている戦争を始めたのだろうか?」という長年の疑問が解けたような気がする。
結局のところ、だれもが自分の部門の利益とか、メンツとか、責任を追いたくないとか、そういうレベルでしか考えていなくて、国全体の利益という観点で考える人がいない。
そして戦争を通じて得たいものが明確にあるわけではない。というか、これまで得た権益を失いたくないというだけ。「自衛」も立派な動機かもしれないが、どっちかというとこういう事態になったことの責任を負いたくないだけ -
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『経済学者たちの日米開戦-秋丸機関「幻の報告書」の謎を解く-』、「なぜ必敗の戦争を始めたのか―陸軍エリート将校反省会議」参照。
以下、引用。
それでは臥薪嘗胆、外交交渉、戦争という三つの選択肢から、なぜ臥薪嘗胆が排除されたのだろうか。それは臥薪嘗胆が、日本が将来に蒙るであろうマイナス要素を確定してしまったからであった。これに比較して、外交交渉と戦争は、その結果において曖昧だった。つまり、アメリカが乗ってくるかどうかわからない外交交渉と、開戦3年めからの見通しがつかない戦争は、どうなるかわからないにもかかわらず選ばれたのではなく、ともにどうなるかわからないからこそ、指導者たちが合意することが -
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本書は、1941年、まさに開戦の年の陸海軍、外務省三つ巴のすさまじい「文書と権限の戦い」を、公式記録を徹底的に検討して再現した一冊。
著者は序盤で、一般に言い習わされている「軍部の台頭」という表現にまず着眼する。「軍部」という抽象的な悪玉を具体的に見ていけば、陸軍省、海軍省という巨大な官僚組織の一部門、一部署に行きつく。そこでの意思決定はステレオタイプな「独裁」では決してない。むしろ、今の我々にとってなじみ深い「関係各部との摺りあわせ」の連続なのだ。対米戦争は厳しい、と陸軍も含めすべての関係者が認識しながら合意はなされない。
明治憲法の下では、内閣総理大臣は内閣の「全会一致」なしには何も決 -
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日米開戦前、日本の暗号が解読されていた(Magic情報)のは有名だけども、アメリカやイギリスの暗号も日本に解読されていたんですね・・・
で、この暗号解読だけど・・・
そもそも誤訳されたものもあるし・・・
翻訳官自身の色眼鏡により、悪意とも思える誤訳もあったし・・・
前後の文脈で解釈することなく文面通りに解釈し、真意を汲み取れなかったりもした・・・
さらに・・・
解読された内容が政策担当者の都合の良いように取捨選択されたし・・・
政策担当者の自説に合うものを、自説に合うように恣意的に解釈されたりもした・・・
双方ともにバイアスがかかっていたし、そのバイアスによって情報が取捨選択されていたわけです -
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共同謀議なんて,なかったんだな…。コンセンサス偏重で決められた「国策」には,多様な選択肢が盛り込まれすぎていて,重要な決定は先送りする矛盾に満ちたものだった。
外務省・大蔵省などの政府と陸海軍,軍部の中でも軍政部門と統帥部とで,国家の政策に関する考え方はかなり異なっていた。それを調整するために大本営政府連絡会議(懇談会)が開かれ,国家の方針「国策」が話し合われてきた。第二次近衛内閣以降,開戦までの一年半で出された「国策」は十にのぼる。
明治憲法下の国家意思決定システムは,強力な指導者を欠く寄合所帯からなるものであった。各メンバーがそれぞれ自分の組織に都合のいい政策根拠を求め,作り上げてい -
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ネタバレ毎年8月に戦争関連の本を読むことにしているが、これは最近評判の書。
戦後60年以上経ち、開戦当事者のメモや独白録がここ10年ほどで様々でていることを知った。かなり正確に分析できる時代になりつつあると思う。
本書では開戦に至った経緯を当事者のメモを元に分析することで、現代の官僚組織論として読むこともできる。
日本では大きな組織になるほど最終決定権者(=総責任者)がいなくなるため、互いの顔を立てて相互の決定的対立を避けるために、事務局が両論併記した玉虫色の素案をつくり、互いに都合のよい解釈をすることで対立を収める「非決定」を繰り返す。これが空気に流されて最悪の結果を招く。
詳細にみてもいつ誰が開戦 -
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大日本帝国憲法下の体制と、意思決定構造と責任の所在を明らかにしながら、局面ごとの意思決定の変遷を追ったもの。単純に軍部が暴走した、というものではなく、開戦回避の努力も重ねられていたことがわかり、自分の理解の幅は広がった。
しかし、どちらとも取れる内容、実質的に何も決めていない内容を、議論の結果として時を過ごした結果、開戦せざるを得なくなったというのは稚拙な話。天皇論は憚れるが、当時の憲法では意思決定者でありながら、通例として発言せずに追認するだけだった、ということ自体がやはりおかしい。
東条氏も陸軍大臣から首相になって、行動を変えたが、開戦に至ってしまった。近衛氏も、色々な策を弄しながらも、職 -
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よく日本は情報音痴であり、情報戦に優れた英米に戦争に引き込まれた、とすらも聞き及ぶ。
では、実際にはどのように扱って開戦に至ったのか?を記載したのが本書である。
情報の取捨選択と判断という“インテリジェンス”の流通を鍵に、日本の対応、英米と比較をし、本書は書かれている。
イギリスは、いくつかのルートが情報を収集、首相の元に一元化していた。インテリジェンスは首相の元にのみ存在し、国家方針を決定していたようだ。
アメリカは、陸軍、海軍等が独自に情報収集を行い、インテリジェンスまで作っていたようだ。ただし、最終的にはそのインテリジェンスを含めて、大統領は収集し、新たにインテリジ