元少年Aのレビュー一覧

  • 絶歌

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    人を殺した時の思いや心境が生々しく感じられて良かった
    人を殺った側の意見はあまり聞かないからこそ新鮮で面白かった

    ただ猫好きや殺人者が少しでも嫌いな場合読むのは進めない

    ついでに
    元少年Aの母の手記
    〜少年Aこの子を産んで〜や被害者土師淳くんの父守さんが書いた 淳 を一緒に読んでみても面白い

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    2023年06月01日
  • 絶歌

    匿名

    購入済み

    興味深かった

    文章力がとても高く、読みやすかった

    #深い

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    2023年04月22日
  • 絶歌

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    生々しかった、恐ろしかった、言葉や行動すべてが。人を殺めてしまう人の心理ってこんな感じなのか。出会えてよかった、読めてよかった、とは決して思えないけど、読んでおく必要があったのかなと思う。


    p.49 僕は強いストレスを感じるとよく熱を出したり、肌が荒れたりする。普段から表に感情を表さないせいもあるんだろうが、おそらく“精神“と“肉体“のシンクロ率が他の人たちよりも高いのだろう。

    p.65 フロイトによれば、人間の欲動は「生の欲動」と「死の欲動」の2つに大別されると言う。「生の欲動」が自己保存や、生殖行為等“生きる“ことに目指した欲動にあるのに対し、「死の欲動」は意識的・無意識的に死を求め、死へ向かおうとする欲動である。「死の欲動」は「胎内回帰願望」とも強く連動しており、自分を生命発生以前の限りなく死に近い状態ーーつまり、母親の子宮内ーーに回帰させようとする“退行“の究極点とも言われている。「すべてを無に帰したい」、その願望は翻って、自分はこの世界もろとも滅ぼしたいと言う破壊衝動に直結することがままある。村上隆著『コインロッカー・ベイビーズ』で、神経兵器“ダチュラ“で世界を壊滅させたキクのように。精神分析学では、これを涅槃原則(ねはんげんそく):ニルバーナ・プリンシパルと呼ぶ。胎内回帰願望は死の欲動を駆動させるエンジンであり、死の欲動の馬力は、胎内回帰願望の強弱によって決定される。

    p.205 成長期には、骨が急激に発達し、体の節々に痛みが生じる「成長痛」が伴うと言う。同じことが、「心の成長」にも言えると思う。きちんと「心の成長痛」を伴わない成長は、本当の成長とは呼べないのではないか。僕は、あの時、ちゃんと心と体真っ芯から「痛み」を感じ切れたのだろうか。本当にとことんまで、自分の犯した罪を、自分自身と直面できたのだろうか。「成長」できたのだろうか。無意識のうちに、人間としては何か大事な機能を停止させ、ギリギリのところで、「痛み」を回避してしまったと言う事は無いのだろうか。やっと掴みかけた大事なもの、すんでのところで取りこぼしてしまったと言う事は無いのだろうか。僕があのあと黙々と日課をこなしていたのは、「成長」下からなのか?それとも、自分でも気づかないうちに大事な何かを欠落させて、間違った方法で痛みをやり過ごしていただけなんだろうか…。

    「心の弱い人は精神病になる」と言う意見もある。果たしてそうだろうか。人間としての痛みをちゃんと真正面から感じているからこそ、病気になってしまうこともあるのではないだろうか。精神を病む人の心の友はとても敏感で、他の人たちが全然平気なレベルの微弱な刺激でも、荒れたりただれたりするのではないか。

    p.234 池谷孝司『死刑でいいです』

    p.282 大人になった今の僕が、もし10代の「どうして人を殺してはいけないのですか?」と問われたら、ただこうとしか言えない。

    「どうしていけないか分かりません。でも絶対に、絶対にしないでください。もしあったら、あなたが想像しているよりもずっと、あなた自身が苦しむことになるから」

    哲学的なひねりも何もない、こんな平易な言葉で、その少年は納得させられるとは到底思えない。でも、これが、少年院を出て以来、11年間、重い十字架を引きずりながらのたうち回っていき、やっと見つけた唯一の、僕の「答え」だった。どんな理由であろうと、一度、他人の命を奪えば、その記憶は自分の心と体の1番奥深くに焼印のように刻み込まれ、決して消える事は無い。表面的にいくら普通の生活を送っても、一生引きずり続ける。何より辛いのは、他人の優しさ、温かさに触れても、それを他の人たちと同じように、あるがままに「喜び」や「幸せ」として感受できないことだ。他人の真心が、時に鋭い刃となって、全身を斬り苛む。そうなって初めて気がつく。自分がかつて、己の全存在を賭けて唾棄したこの世界は、残酷なくらいに美しかったのだと。いちど捨て去った「人間の心」を再び取り戻すことが、これほどつらく苦しいとは思わなかった。まっとうに生きようとすればするほど、人間らしくなろうと努力すればするほど、計り知れない激痛が伴う。かといって、そういったことを何も感じず、人間であることをきれいさっぱり放棄するには、この世界にはあまりにも優しく、温かく、美しいもので溢れている。もはや痛みを伴ってしか、そういったものに触れられない自分を、激しく呪う。

    何度願ったかわからない。時間を巻き戻せたら。の罪を犯す前の子供の頃の記憶が、たまらなく懐かしく愛おしい。その頃に戻ってもう一度やり直したい。今度こそ、まともな人生を歩みたい。でも、どんなになっても、もう遅い。二度とそこに戻ることができない。だから、せめて、もう二度と人を傷つけたりする人の痛みをまっすぐ受け止め、被害者や、これまでに傷つけてしまった人たちの分まで、今、自分の周囲にいる人たちを大事にしながら、自分のしたことを死ぬまで目一杯、がむしゃらに「苦悩」し、それを自分の言葉で伝えることで、「なぜ人を殺してはいけないのですか?」と言うその問いに、僕は一生答え続けていこうと思う。

    p.291 事件、当時の僕は、自分や他人があって、生きていることも、死んでいくことも、「生きる」「死ぬ」と言う、匂いも感覚もない言葉として、記号として、どこかバーチャルなものとして認識していたように思います。しかし、人間が「生きる」と言う事は、決して無色無臭の「言葉」や「記号」のではなく、見ることも、嗅ぐことも、触ることができる、温かく、柔らかく、優しく、尊く、気高く、美しく、絶対に傷つけてはならない、かけがえのない、この上なく愛おしいものなのだと、実社会での生活で経験した様々な痛みを通して、肌に直接触れるように感じ取るようになりました。人と関わり、触れ合う中で「生きている」と言うのは、もうそれだけで、他の何物にも変えがたい奇跡であると実感するようになりました。

    自分は生きている。その日にただただ感謝する時、自分がかつて、淳くんや彩花さんから「生きる」ことを奪ってしまったと言う事実に、打ちのめされます。自分自身が「生きたい」と願うようになって、初めて、僕は、人が「生きる」ことの素晴らしさ、命の重みを皮膚感覚で理解し始めました。そして、淳くんや彩花さんが、どれほど「行きたい」と願っていた日、どれほど悔しい思いをされたのかを考えるようになりました。

    2人の人間の命を奪っておきながら、「生きたい」などと口にすること自体、言語道断だと思います。頭では、それを理解していても、自分には生きる資格などないと自覚すればするほど、自分が死に値する人間であると実感すればするほど、どうしようもなく、もうどうしようもなく、自分でも嫌になる位、「生きたい」「生きさせてほしい」と願ってしまうのです。みっともなく、いやってたらしく、ただ生きて、呼吸していたいと願う自分がいるのです。僕は今頃になって、「生きる」ことを愛してしまいました。どうして事件を起こす前に、こういった感覚を持つことができなかったのか、それが自分自身で情けなくて、歯痒くて、悔しくて悔しくてたまりません。淳くんや彩花さん、ご家族の皆様に、とても合わせる顔がありません。本当に申し訳ございません。

    生きる事は尊い。生命は無条件に尊い。そんな大切なことに、多くの人が普通に感じられていることに、なぜ自分は、もっと早くに気をつけなかったのか。それに気づいていれば、このような事件を起こさずに済んだはずです。取り返しのつかない、最悪の事態を引き起こしてしまうので、どうして自分は、気付けなかったのだろうか。事件を起こすずっと前から、自分が見ないふりをしてきたことの中に、それをに気づくこともできるチャンスがたくさんあったのではないだろうか。自分にそれを気づかせてくれようとした人も、大勢いたのではないだろうか。そのことを、考え続けました。今さら何を言っても、何を考えても、どんなに後悔しても、反省して、遅すぎると思います。僕はほんとに取り返しのつかない、決して許されないことをしてしまいました。その上、さらに、このような本を書くなど、皆様からしてみれば、怒り心頭であると思います。

    この11年間、沈黙が僕の言葉であり、虚像が僕の実態でした。僕はひたすら声を押し殺して生きてきました。それは全て自業自得であり、それに対して「辛い」「苦しい」などと口にする事は、僕には許されないと思います。でも僕は、とうとうそれに耐えられなくなってしまいました。自分の言葉で、自分の思いを語りたい。自分の生の軌跡を形にして残したい。朝から晩まで、何をしている時でも、もうそれしか考えられなくなりました。そうしないことには、精神が崩壊しそうでした。自分の過去と対峙し、切り結び、それを書くことが、僕に残された唯一の自己救済であり、たった1つの「生きる道」でした。僕には、この本を書く以外に、もう自分の声を掴み取る手段がありませんでした。本を書けば、皆様をさらに傷つけ、苦しめることになってしまう。それをわかっていながら、どうしても、どうしても書かずにはいられませんでした。あまりにも身勝手すぎると思います。本当に申し訳ありません。すべて、この本の中に、皆様の「なぜ」にお答えできている部分が、たとえほんの1行であってもあってくれればと願ってやみません。

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    2022年11月08日
  • 絶歌

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    感想を書くと批難がありそうだから
    悩んだけど伝えたいと思ったので書きます

    第三者だから読めたのですが
    正直私はこんなにも当事者の言葉で伝えられる日が来るとはおもってなかったので生々しい言葉がすごく刺さりました。

    心の感じとり方って制御出来ないししょうがないし
    する必要性はあまりないと思う私にとって

    とても難しい話でした。

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    2022年08月01日
  • 絶歌

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    酸素のないニュータウン、息苦しさがありありと伝わる文章。
    特に前半の漢字の多さに、この人がどれだけの言葉を持てば自分の世界を表現できるのか悶えながら語彙を獲得した過程がみれる。そうした「小難しい熟語」の羅列は、主に風景描写のみだ。対して彼の内面は、分かりやすいほど純真な語句で完結している。

    事件に至るまでの心情や行動が詳細に書かれていて、いつも通り感情移入してしまって手足が冷えきって痺れてしまった。生々しい描写は苦手だ。
    pp.64 「自分には手も足も出せない領域にあった死を、自分の力でこちら側に引き寄せた。死をこの手で作り出せた。さんざんに自分を振りまわし、弄んだ死を、完璧にコントロールした。この潰れた猫の顔は、死に対する自分の "勝利" だ。」

    pp.124 「僕は、自分が、自分の罪もろとも受け容れられ、赦されてしまうことが、何よりも怖かった。…(中略)…僕は罪悪感の中毒者だった。」
    筆者にとって自分を許容されることとは、自分を全否定されることだった。
    自分の"生"を実感するために、蔑まれたり全否定されたりすることを望む。私が、痛みを感じることで生きていることを実感することとなんら変わらない。ただその方法が、この社会にはあまりに不適切すぎたんだろう。

    被害者遺族の出した2冊の手記を読み、精神が壊れていく筆者が「苦しみから逃れたい一心」で部屋中の掃除や課題学習や筋トレに励む姿を「成長」と呼び評価する少年院スタッフへの違和感を、筆者は「間違った方法で痛みをやりすごしていただけなのだろうか」と自分への疑問視でまとめている。私は、これは筆者が自分にベクトルを向けざるを得ない環境だったからこう書かざるを得なかっただけではないかと感じ、シンプルにこの社会の規範に不気味さを覚える。
    黙々と一心不乱に脳みそを使わない行動で時間を消費することを、どうして「成長」と呼べるのだろうか。それは真に「更生」なんだろうか。そもそも「更生」ってなんなんだろうか。

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    自分のことを「昔から異常だった」と語っている部分と、あんな顔(当時マスコミで出回った顔写真)だけど実は普通の純真な子どもの時期もあったんだ、みたいな部分とが文が進むにつれて交錯する。筆者の中でも、何かを守りたくて理論や難しい言葉で固めているけど、どうしようもない、なんの理由もない好奇心や衝動性に留まらない剥き出しの「なにか」が見え隠れする。

    僕は最低だった、というような、自分を卑下する言葉が至る所にある。欠陥人間、どうしようもない人間など。
    それは、ある意味で、筆者のアイデンティティなのかもしれない。他者とのちがいやズレを、「個性」といった美しい言葉で語ることが許されないような気がして、自分自身に貼り付けていったラベルがそうなのかも。

    とまぁ、ここまで書いておいてなんだが、筆者の自分を守る言葉を集める書籍だったのかなというのが総括。
    冒頭の方で、筆者は自分を教室の端にいる、いてもいなくても気づかれないような座敷わらしのような人に例えている。どんなクラスにもいただろう、とも。確かにそういう人はいた。だけど、そういう人は突然誰かに手を上げたり攻撃的になったりすることはなかったように思う。ただただうっすらと、影を潜めて生きていたあの人たちのことを思い浮かべて読み始めたのに、進むにつれていくつもの「突発的な暴力行為」に筆者が及んでいることが分かる。小学生あるいは中学生の頃の男子はそんなもん?いやそんなことなかったなぁと思う。少なくともそういう人は「普段大人しめだけどやばいやつ」で通っていたから、「思い出せないような人」ではなかったのではないか、と。だからこうした表現は、筆者なりの自己アイデンティティというか、自分はこういう人だと信じていた理想形だったりするのはないか。

    既存の言葉で表すと「衝動性」だとか「こだわりが強い」だとか、あるいは「劣等感が大きい」だとか「機微を読み取るのが難しい」だとか、そういう人だろうか。筆者自身の感性や特性は制御不能な「なにか」であり、筆者という「生き物」であったのに、事件と逮捕と更生によって何重にも塗装され、人間の形を模して社会に排出されてしまい、それこそこの社会によくいる「人間」のフリをして生きようとするもやはり塗装でしかなく、出てくる言葉は謝罪や後悔ではあるがそれは筆者自身が自分を見失う行為に等しく、生きていることが苦しくなったための吐露がこの作品の気がする。

    #読書 #読書記録 #読書ノート #絶歌

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    2022年01月19日
  • 絶歌

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    絶対に読まないであろう本を敢えて読むと脳が活性化されると聞いたので砂を食べるような心持ちでこの本を読んだ。
    結論から言うと面白かった、と言うよりすごく印象に残った。印象に残ったと言う意味では今年読んだ本の中では一番かも知れない。
    少年Aの家庭がとても暖かだったのは意外。
    うちの両親や兄弟よりよっぽどまともだと思った。
    いまはどこで何をしているのか。
    潜在的に危険な人物である疑いは結局拭えなかった。

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    2021年12月14日
  • 絶歌

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    最後まで読んで、少年Aがこの事件を起こさないためには、どうしていたら良かったのか、わかりません。全ての物事がすべて悪い結果につながってしまったのだと思いました。逆に言うと、環境や出来事が、どこか、一つでも、違っていたら、こんなことにはならなかったかもしれません。だけど、その一つが、全てが少年Aがなんとかできたことではなかったように思います。これはもう神様を恨むべき出来事だったのだと思わざるを得ない気がしてしまう自分も恐ろしいです。

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    2026年09月26日
  • 絶歌

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    最初は自分に陶酔しているように感じて嫌悪感しか抱かなかった。猫の描写のところは途中で読むのをやめようかと思ったが一気読みしてしまった。最後まで読んで少年Aは罪と向き合っていく努力はしようとしているのだと信じたい。それをずっと背負って生きていかなければならないと自分で思っている点には救いがあり、彼なりに一生懸命ではないのかと思った。逃げずにこれからも向き合っていってほしい。

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    2026年05月17日
  • 絶歌

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    ネタバレ

    「生きる」ことを愛してしまいました。

    人の命を奪い、どれだけ後悔しても
    それは取り返しのつかない事であり
    決して許されることではない。

    本書では、社会復帰後に公園で見かけた
    夫婦と幼児の何でもない光景を見て
    「自分が奪ったものはこれなんだ」と回想しているが
    少年Aが犯行当時に同じ事を想像出来ずに
    時を経て思い至れる感情が言語化され印象的であった。

    人が生涯行ってしまう過ちの中で
    最大級に誤ってはいけない行動であり
    本書内で、幾度となく反省と後悔の文章があったが
    何をしても、絶対に取り戻す事のできないもどかしさは
    読んでいて胸が苦しくなりました。

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    2025年09月25日
  • 絶歌

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    本書に描かれるAの姿は、単なる少年犯罪の枠を超えた恐怖を読者に与える。猫への残虐な殺害シーンは、その後に行われたであろう淳君や幼い女児への犯行を想起させ、戦慄を禁じ得ない。彼が殺人に及んだ動機は「己の性的欲求の充足」という身勝手なものであり、これはまさに日本版ダーマーと評しても過言ではない。

    Aの家庭環境を読み解くと、両親との関係が希薄であったことが浮かび上がる。記述上は仲の良い家庭のように描かれているが、実際には祖母との関係ばかりが強調されている点に不自然さがある。健全な親子関係が育まれていれば、こうした歪んだ人格が形成されなかったのではないかと考えられる。

    さらに注目すべきは、彼が「殺害する喜び」に取り憑かれている点である。一度覚えた快感に再び手を伸ばす可能性は、麻薬中毒者の再犯率にも似て極めて高い。更生したように見えても、社会が油断した頃に同じ過ちを繰り返す危険性は否定できない。この意味で、Aは社会にとって持続的な脅威であり、警察による監視体制が不可欠である。

    本事例は、単なる個人の逸脱行為ではなく、社会全体への警鐘である。人間の中にはごく少数ながら、生来の性質や環境の歪みから「怪物」と呼ぶべき存在が生まれてしまう可能性がある。もしそうであれば、社会は早期発見と強制的な矯正の仕組みを整え、第二のAやダーマーを生まない努力をすべきである。

    結論として、Aは社会復帰させるにあたり極めて厳格な監視下に置かれるべきであり、さもなければ死刑を含む厳罰が妥当であると考える。本書を通じて示されたのは、異常犯罪者の恐怖そのものよりも、そうした存在を生み出し放置してきた社会の脆弱さにほかならない。

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    2025年09月13日
  • 絶歌

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    第一章の少年時代の異常性と、10年ほどの少年院での暮らしを経て価値観が変わった少年Aの構成の第二章のギャップに驚いた。

    どんなに悪いことをしても、更生を信じ支えてくれる人もいるものなのかと素直に感じた。

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    2025年09月05日
  • 絶歌

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    今度は、加害者本人の手記だ。
    一貫して言えるのは、加害者は、何か自分が何故このような犯行を犯してしまったのか、色々と理由を付けようとしているように思った。理由は一つや二つであるはずもなく、また、本人も気付かない理由もあるだろうし、なんだか第三者的になりすぎている気がした。淳くんとの関係、淳くんへの想いも、全く理解ができなかった。なぜ、自分のことを無垢に認めてくれている淳くんを殴りたい気持ちになったのか、殺害したいと思ったのか。わからない。自分がインテリであるかのように、言葉をいろいろと使い分け、客観視したような言葉に、ものすごく違和感を感じざるを得ない。

    加害者は言う。
    淳君の無垢な瞳が愛おしかった。でも同時に、その綺麗な瞳に映り込む醜く汚らわしい自分が、殺したいほど憎かった。淳君の姿に反射する自分自身への憎しみと恐怖。僕は、淳君に映る自分を殺したかったのではないかと思う。真っ白な淳君の中に、僕は”黒い自分”を投影していた。
    「抱きしめたい気持ち」の白い縦糸。
    「無茶苦茶にしたい気持ち」の黒い横糸。
    その白黒の糸を通した二本の針が、僕の心を交互に突き刺し、隙間なくぎっちりと縫い塞いだ。
    淳君の瞳が映し出す醜い自分を消し去り、綺麗な淳君を自分のそばに引き留めたい。
    この二年後、僕は淳君と自分自身を、タンク山で同時に絞め殺してしまった。と。

    ただ、途中、加害者の叔母の話が出た時、何か論調が変わった。何か、加害者の心に普通の人間の心が現れたというか、何か違う感じがした。加害者をきちんと更生するにはこの叔母の力が必要なのではないかと思った。

    また、本書では母親のことを好きだと言っているが、額面通りにそう理解していいかは少し疑問に思った。

    また、加害者は言う
    現代はコミュニケーション至上主義社会だ。なんでもかんでもコミュニケーション、1にコミュニケーション2にコミュニケーション、3。4がなくて5にコミュニケーション、猫も杓子もコミュニケーション。まさに「コミュニケーション戦争の時代」である。これは大袈裟な話ではなく、今この日本社会でコミュニケーション能力のない人間に生きる権利は認められない。人と繋がることができない人間は、人間”とは見做されない。コミュニケーション能力を持たずに社会に出て行くことは、銃弾が飛び交う戦場に丸腰の素っ裸で放り出されるようなものだ。誰もがこのコミュニケーションの戦場で、自分の生存圏を獲得することに躍起になっている。「障害」や「能力のなさ」など考慮する者はいない。

    これは、正鵠を得ていると思う。コミュニケーション障害とか言うが、そういうことが苦手な人もおり、また、病気ということもある。それを知らずに、コミュニケーションを取れ!と声高に言うことは、暴力とも言える。気をつけなければならない

    本書の前半と後半は別の人が書いたのだろうかと思うぐらい、その文章の表現が違って見えた。前半は、すごく第三者的で、評論家的で、なんとも言えない内容だ。後半にいくに従い、文章は心から出ているかと思うような内容になっていく。それが、本当かどうかは本人以外は分からない。だって、そう自分を隠すことが上手な加害者だったのだろうから。鵜呑みにすることはできないものの、なんとなくいままで生きてきた心情はわかった。ただ、やはり、本書では、自分のことをわかってほしい、苦しんでいます、といっているようで、また、なぜ、人を殺すことがダメなのかと言う問いに、自分自身も苦しみますよと、被害者のことを考えていないセリフが出るので、自分本位なのだなと思ってしまう。だから、今後は、もっと自分のことではなく、被害に遭われた方のことを、もっともっと考えていくことが必要だと思った。

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    2024年12月05日
  • 絶歌

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    あの猟奇的殺人酒鬼薔薇聖人を名乗った少年Aの手記。少年Aの両親の書いた手記を以前読んだことがあるが親が思っている息子「少年A」と犯罪者少年A本人との乖離の大きさに驚いた。
    ひとつ驚いたのは文章力。本を読むのが好きらしく文章力が高い、ただ全体を通して滲み出る自己陶酔感に不快感を覚えた。
    自分には到底理解不能な性癖が赤裸々に語られており衝撃的であった。少年A自身も歪んだ性癖に苦しんでいると語っており、自分が普通の感性を持って生まれてこれた事にありがたみを感じた。あの事件での動機、殺し方、死体の処理法など詳細に書かれていた事にも驚いた。被害者側のことを思い終始胸糞悪い気持ちだったが、自分の知らない世界という意味では好奇心も満たされ複雑な気持ちで読んだ一冊であった。
    また、以前読んだ本で凶悪犯罪者は脳に気質的な違いがあると読んだが少年Aはどうなのか気になる。

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    2024年11月01日
  • 絶歌

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    ネタバレ

    事件後の少年院を仮退院してからの話。

    装飾や言い回しが華美で厨二病っぽい。
    自己陶酔しているように思える。
    自分の家族に対しての罪悪感はたっぷり書き込んでいるのに、被害者に対しての謝罪は薄っぺらく感じる。

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    2023年02月23日
  • 絶歌

    ネタバレ 購入済み

    軽い気持ちで読めない内容

    他でレビューを見ましたが、読んで後悔する猫への虐殺…
    辛口レビューが多いのも納得な内容です。
    ただ、どうして猫へ憎しみが向かったのか。
    家族同然のペットを飼われた経験がある人なら、感情は解るとこはあるのでは無いでしょうか?

    今の感情が抑えられず、絶歌を出版したA。
    被害者への謝罪を読んで、感情がぐちゃぐちゃになり泣きました。
    被害者家族からしたら、許せる内容では無いと思います。

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    2022年08月28日
  • 絶歌

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    面白いと言ったら不謹慎だが、心情が事細かく書いてあり学問的な面白さを感じた。
    高校も行ってない人が書いたのかと思うと表現力の高さに驚く

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    2022年06月28日
  • 絶歌

    Posted by ブクログ

    評価の難しい書籍。少年Aのメディア報道からはみられない一端を垣間見える一方で、ここで書かれてることがどこまで本音の部分なのかつくられたことなのかがわからないところはある。文章が上手がゆえに、本音がみえづらい内容になってしまうところもあると思う。一般的な感覚からすると、書籍で書かれてる反省と苦悩と、遺族に無許可で書籍を出してしまうことのギャップが甚だ理解に苦しむのだけども、この感覚のズレが本質な気がするし、この感覚のズレこそが事件が起きてしまったことの背景にあるように思った。このズレはこのあとなくなっていくものなのか、先天的に厳しいものなのか、いずれしても、まだまだ、少年Aの苦悩が続きそうなところに人間としてふつうに生きることの難しさを感じた。

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    2022年02月12日
  • 絶歌

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    評価は難しいですね。
    読み物としては文章力もあるので読みやすいです。
    そして、犯罪心理学や青年心理学を学んでる方などは一読するのもありだと思います。

    遺族の許可を得ず、出版した事はとても残念に思います。
    彼は遺族へこの本を出さなければ生きていけなかったからと言っていますが、恐らく吐き出す場所が欲しかったのだと思う。
    世間に身を隠して生きている中で、自分の過去を偽り誰も知らない生活の中で『自分はここで生きている』と吐き出す場所が必要になったのだと思う。

    しかし、その状況もすべてひっくるめて彼は耐え忍んで生きていくべきだったのでは。

    犯罪者が世間でどう生きて行くのかが第二部から書かれているのですが、そこはとても興味深かったです。

    優しく受け入れてくれる人達もいるけど、やはり孤独で苦労も並大抵ではなく、私としてはホッとしました。
    それだけでも読む価値はあったかな。




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    2021年09月21日
  • 絶歌

    Posted by ブクログ

    発売当初からずっと読んでみたいと思っていた本。
    一気に読み進めたが、なんとも言えない読後感は終始私の思考回路をグルグルと回転させ続けた。

    第一章と第二章それぞれから受けるAの印象は全く違ったように感じた。
    第一章は、事件当時の描写がメイン。
    自分の話であるのにどこか自分を俯瞰して見ているような書き方で、小説のような美しい言葉でスルスルと話が進んでいく。
    本書の中に「自分が自分でなかった」旨の記載が多々あるが、まさにそれを自然と表しているかのようだった。

    第二章は社会で過ごす描写がメイン。
    一章とは真逆で、泥臭い人間らしさが溢れていた。

    様々な人との関わりや経験を通して、人として生きていくことの意味理解し、罪の重さに自分を苦しめながらも一生懸命生きて行きたい強い想いを感じた。

    とにかくこの本は一言では言い表せない。

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    2020年08月13日
  • 絶歌

    匿名

    購入済み

    この本を書かずにはいられませんでしたって…どこまでも自分勝手だなと思いました。結局は自分の気持ちが耐えられなくなったからってご遺族の方たちにだまって本を出したりして…そういう苦しさも全部背負って生きていかなければいけなかったはずなのに。文章も自分に酔っているようなところがあってなんだかなって思います。もし自分が被害者の子どもたちの親だったら…この本を出されたことで、子どもの苦しい最期がさらされることで二度殺された気分になります。すみませんでしたと謝るのならこんな自分勝手な本を書くべきじゃないと思います。とことん苦しんで生きていくべきです。

    #怖い

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    2024年08月10日