須田和博のレビュー一覧
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広告に対してまさに思ってるモヤモヤが一気に晴れた感じ!
個人的に、
好きなドラマを録画しながらあえておっかけ再生してCM飛ばして見るし、
ネット広告バナーじゃまだなぁ〜、
Youtubeの広告動画早くスキップさせたいなぁ〜
そんなことずっと思ってたのですが、そうなんです。ネット社会では自分に関係あるものしか目にとまらない!
だから、使える・サービス的観点で広告をつくる。なるほど!です。
話題性だけで人を引き込むのには限界がある。
正直考えてみれば当たり前のことだと思います。でも、行動理由を自分では解き明かせないもどかしさがあって。それをこんな風に仮説立てて、人を引き込む技をつくるのが広告マンのかっこいいところだなぁと思いながら読んでました。 -
Posted by ブクログ
今さらですいませんシリーズpart2。
タイトルから、だいたいこんな内容なんだろうな~
と類推してわかった気になっていましたが、
本当そんな風に思ってた自分が恥ずかしすぎて土下座したいです。
予想していた内容はだいたいはずれてはなかったんですが、
なんていうか現状を上から分析して賢くまとめてる本なのかなーと思いきや、
優秀な広告クリエイターである須田さん自らの経験から得た気づきで構成されており、
現場感のある文章は説得力があり、魅力的で、引きこまれました。
この人かっこいい!こんな人になりたい!とワクワクしちゃう感じというか。
やっぱ、実際つくれる人が、いちばん強い。 -
Posted by ブクログ
mixi年賀状だとか、ファイブミニの体内怪人だとか話題のコミュニケーションを開発してきた人の著書。
コミュニケーションの中心がメディアからコンテンツへ移っていっている。
なんて論調が顕著だった2、3年前。
コンテンツの次はユーティリティ(道具)だと。
生活者の役に立つ道具を作って、それを使ってもらってコミュニケーションする。それが「使ってもらえる広告」。
それは何も新しいことじゃなくてビール会社の栓抜きみたいなもんなんです、と。
でも、コンテンツもユーティリティもどうやってそれを多くの人に知ってもらうのか?といつも考えるのですが、一つはPRで本当に多くの人にしってもらう場合と、ある興味層にはおもろければ必ず届くというニ方向の告知があるんだろーなということ。後者の場合に、自分が情報感度があまり高くない&ターゲットではないせいで、結構あとから業界誌で知るんですが、きっとウチワのりみたいな世界がむちゃくちゃたくさんある。そんな時代なんでしょうね
そろそろ、ほんとにみんな手間ひまを惜しまず徹底して顧客本意にやっていかないと終わってしまうんではなかろうか・・・。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ【UNIQLOCK】
ユーザーの役に立つ機能
ブランデッドユーザビリティ p39
Cf. Nike+
「表現としての広告」から「サービスとしての広告」へ p46
いまのコミュニケーションのツボをトータルにおさえていたオバマの選挙キャンペーン p60
大衆から分衆、そしてユーザーへ p81
「タグ化する個人」
「メディアは変わる、人間は変わらない」p91
CGM(コンシューマージェネレーテッドメディア)=生活者がウェブ上に情報発信することによってつくられるメディア p100
逆にテレビの時代だからこそ、テレビが”効く”と思っている。p108
クロスメディアの活用:いきなりCMだけを流すのではなく、ウェブを使って情報に奥行きをつくり、番組やニュースで口コミの下地をつくっておけば、人々はより広告キャンペーンの世界に興味を持って入って行きやすくなる。メディアを組み合わせることで広告メッセージが「訴求」ではなく「話題」になりやすくなる。p110
いまの広告=(ウェブ+PR)× テレビ p117
ウェブに最適なのは「サービスのようなコミュニケーション」p150
「モノが売れない時代なんだから、"モノを動かす仕組み(サービス)”そのものを広告的な発想で開発すればいいんじゃない」p154
ex. goo「脳内検索メーカー」、トリンプの「おねだり機能」
【ユーザーに愛される5つの極意】
①つっこまれクリエイティブ
②ルールクリエイティブ
シンプルさが重要「カンタンな一つのルール」
③コンテンツ消費からコンテクスト消費へ
④仮説検証から仮説探索へ
Cf. 「永遠のβ版」
⑤全員シロートの時代
ガンダム富野監督「あらゆるストーリーの核には、必ずストーリーがあります。ストーリーの働きとは、人を集めてコミュニティを形成することです。そしてストーリーはすべて、その時代の要請に応えて現れるのです」p207
【ヒトのパラダイムシフト論】
「ヒトは国籍から文化籍へ、民族から興味族へ移行しつつある」インターネットが普及した結果、ヒトは地理的条件にとらわれなくなり、興味の対象だけがヒトをセグメントするようになった。 -
Posted by ブクログ
博報堂クリエイティブディレクターの須田和博さんの著書。「広告」というものの在り方が高度経済成長期とは大きく変化し、ただの「マス広告」をいくら素晴らしい表現を追求して制作しても、見ない人は見ない。そもそも「大衆」が「分衆」になり、「お茶の間」がなくなり、人々がタグ化されたウェブの時代では、使ってもらえる広告でなければ、「見て」もらえない、という主張。現代の広告というものの在り方を著者自身の定義で示されていて、とても面白かった。ただ、ウェブ至上主義の主張ではなく、一時代を牽引したテレビという巨大マスメディアと網目状に張り巡らされたウェブをうまくかけ合わせて相乗効果を生み出すという考え方はとても共感した。また、広告というものはCMなどをつくって終わりという単純なものでもなく、「これが広告なの?」というようなものまで含むという解釈は新鮮だった。オバマ大統領の選挙キャンペーンなどの連続したプロセスをデザインすることこそ、広義的な広報活動として、これからの潮流になるのだなと思った。
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Posted by ブクログ
シンプルでわかりやすく、「なるほど」という一冊。ユーザーの能動的なかかわりを生む仕掛けが重要になってきていることと、WEBの特性がそんな時代にマッチしていることとが、自分の中でつながった。そしてどんな時代でもユーザーに向き合うことなんだと改めて思った。
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【読書メモ】
●「使ってもらえる広告」とは、ようするに人々が商品を買ってくれやすくなるような、便利なサービスや仕組みのことだ。それを広告会社で開発して提供するのである。・・・ポイントは、自分をぐんと低くして、相手の都合をじっと思いやることにある。そして、そっと身近な位置に寄り添って、喜んでもらえるように行動していくのだ。
●広告がいま生活に溶け込みきれていないのは、接触したいターゲット、すなわちユーザーのお役に立てていないからではないだろうか?だったら広告は、もっとユーザーの役に立つサービスになることを考えればいい。たとえば、電車の乗り換え案内のように。
●「未来のテレビはYouTubeとTwitterが合体したようなものになるだろう」・・・未来のテレビ像には大きく三つのチャンネルがある
・公式チャンネル(いままでと同じ)
・フレンドチャンネル(自分の友達がみている番組)
・リコメンドチャンネル(視聴履歴から推測されたオススメ番組)
●いまや人々はどこかの"族"に属するというよりも、自分の中に"属"する複数の嗜好(属性)をフラットな状態で同居させながら、日々を過ごしているのだ。こうした個人が所有する多様な"属性"のことを、ウェブ世界の言葉にヒントを得て「タグ」と呼んでいる。・・・ようするにウェブユーザー(いまの人々)は、検索によって自分が興味を持てそうなタグにアクセスしながら、それらと「ユルく広くつながっていたい」のではる。
●「ミクシィ年賀状」がその典型だが、バラバラになった人々が、バラバラな嗜好を持ったまま参加できる=ユルくつながれる仕組みをつくること。ウェブのコミュニケーションでは、それが肝要だ。
●広告論を語るとき、私はいつも「メディアは変わる、人間は変わらない」というひと言から話し始める。大衆から分衆へ、そして個々のユーザーへと生活者像は変わりつつあるが、人間そのものの本質が変わったわけじゃないのだ。
●いまの広告=(ウェブ+PR)×テレビ
●gooでの検索数を伸ばしてほしいという依頼に対して、「gooで検索してくださーい」という表現での訴求をしていない。それよりも、gooで検索すると楽しめるようなサービスを開発し、そのことが話題になって、多くの人がgooで検索したくなれば、広告課題を解決できるのではないか。そう考えたのである。
●多くのCMは企画の段階で、ユーザーに商品のことを「どう伝えるか」を考える前に、条件反射的に「どう表現するか」を考えてしまっているのではないか。別の言い方をすれば、本来「手段」であるはずのクリエイティブが、「目的」になってしまっているような気がするのである。
●ユーザーの反応に真摯に向き合わないどころか、ユーザーの反応も気にしないクリエイターなんて、そもそも広告クリエイター失格だと思う。これは、時代が変わろうと、人々がどうなろうとも、永遠不変の正論だ。
●モノが売れない時代なんだから、"モノを動かす仕組み(サービス)"そのものを広告的な発想で開発すればいいんじゃない?
●CGMにアプローチする時に一番マズイのは「CGMを使ってやろう」といったエラそうな考え方だ。あくまでも、「CGMの仲間にいれてもらう」という謙虚さが絶対に必要だ。なぜならCGMのユーザーたちは「プロの参入」も「資本の投下」も、基本的には歓迎しないからだ。
●ユーザーに愛される五つの極意
1.つっこまれクリエイティブ
→ユーザーが"つっこみ"を入れられる余地を残す
2.ルールクリエイティブ
→「簡単なひとつのルール」によってユーザーの創造力を刺激する
3.コンテンツ消費からコンテクスト消費へ
4.仮説検証から仮説探索へ
→市場に投げてみて、ユーザーの反応を見ながら正解を探しつづける
5.全員シロートの時代
●スポーツ新聞の一面に記事が載るような広告を考えろ!
●広告制作の五大ハードル「新しいか?」「見たことないか?」「わかるか?」「企業や商品のシズルがあるか?」「荷(商品)が動くか?」
●広告クリエイターは、商品の一ユーザーとしての視点を忘れてはならない・・・「ユーザーを見ろ、クリエイティブを見るな」
●富野監督が、ウェブ界のトップクリエイター中村勇吾さんと対談したとき、中村さんから「ストーリーの機能とは何か?」と訊ねられて、次のように答えていたのが印象的だった。
「あらゆるコミュニティの核には、必ずストーリーがあります。ストーリーの働きとは、人を集めてコミュニティを形成することです。そしてストーリーはすべて、その時代の要請に応えて現われるのです」。
それを聞いて私は思った。「使ってもらえる広告」がユーザーコミュニティで実施されるものだと考えたとき、そこになんらかの形で"ストーリー"を付加することができれば、より多くの人が集まり、その場所に愛着を持ってもらえる。 -
Posted by ブクログ
広告なんか見てもらえないと言われる昨今、使ってもらえる広告へのシフトをすべきだと述べている。
全体のロジックはわかるのだが、少し近視眼的になっている気がした。
Twitterやら新しいメディアのツールの話があり、今後の広告の方向性を確認するのに適している
以下メモ
Twitter
「グッバイ・プライバシー、ハロー・パブリシティ」
今後のコミュニケーションにおいて「すべてのユーザーがネットワークのノード(結節点)となる」
タグ化する個人
(自分ごと参照)
今の広告=(ウェブ+PR) × テレビ
WebコミュニケーションをPRの力でパワーアップさせ(ウェブ+PR)、さらにテレビで話題爆発
めんどくさいのにウェブを使うのに、ウェブの中にまためんどくさいコンテンツがあっては意味がない
広告はその時代にもっとも影響力があるメディアの似姿
モノが売れない時代だから、モノを動かす仕組み、サービスを広告的発想で開発
←うーん -
Posted by ブクログ
P115より引用
いまの広告=(ウェブ+PR)×テレビ
誤解していただくと困るのだが、ファイブミニの“体内怪人コミュ”でおこなっていたような施策が、これからの広告のメインストリームになる!と言いたいわけではない。
SNSを舞台にしたキャンペーンでは、個々のユーザーと直接やりとりをすることで、まさに相手の顔が見えるような濃いコミュニケーションができる。そういうメリットはたしかにあるのだが、手間がかかるわりに成功させるのがきわめて難しく、かつ「広告」と呼ぶにしては、巻きこめる人びとの数が限定されている。
実際、“体内怪人コミュ”と“美人大学コミュ”の参加者は、それぞれ約二千五百人だった当時のmixi公認コミュニティの中では、かなりの大人数だったが、テレビCMが対象とする視聴者が、何百万人あるいは何千万人であることを考えると、数字の上では少ないと言わざるをえない。
お察しのとおり、ウェブキャンペーンというものは、企画が斬新だったり、試みがユニークだったりするため、“ソッチ系”の広告業界スジではよく知られているのだが(ウェブ経由だと情報が伝わるのも早い)、世の中一般にはなかなか広がっていきにくいところがある。“世界を獲った”UNIQLOCKですら、知らない人はまだザラにいる。
ファイブミニのキャンペーンも、とくに一年目に痛感したのは、頑張ったわりに意外と世の中に知られないということだった。どんなに素晴しいウェブサイトをつくろうとも、それが世の中に知られなければ、広告として機能しているとは言いがたい。