中村滋のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
「スマートメディア」という考え方は、
一周して情報の在り方の根源に回帰しているものだと感じた。
技術や流通が整備される前はマスは存在せず、書物は手で書いた部数しか存在しなかった。後にマスメディアを通じて多くの人が知り得た著名な作家であっても当時はごく一部のコミュニティの中の存在。
人々は身近なところから知り得る情報から取捨選択すれば良かったし、余計な情報は入って来なかった。
もちろん当時と環境は違うものの、マスを拒めば、自分の必要な情報をある特定のコミュニティの範囲内で取り込むことになる。
それは、ある意味、技術や流通が整う前の状態に近いのではと感じる。
ただ決定的な違いはそれがローカルなコミュニティではなく、
ジャンルがニッチであってもグローバルなコミュニティであることだ。
メディアが統合されていくという視点に共感した。
従来のマスメディアが落ち込んできたのは、多様化、細分化。
その辺りは世に言われていることだ。
以下のようにうまく整理されている。
<人々の嗜好>
* 雑から単へ
* 面白くなければ、趣味に合わなければいらない。
* 欲しい時に欲しい分だけ。
インターネットの弱点として、
膨大な情報から欲しい情報に出会うのは至難の技となっている。
という指摘は正しい。
ただ、P140あたりからのくだりについては残念だ。
コンピューターのログに関する記述には勘違いというか、
恐らく知らないが故の意見がある。
行動履歴からのレコメンデーション機能をご存知ないようだ。
個人の嗜好に合わせたレコメンデーションについては、
ネットで全て出来るとは思わないが、近いことは出来るだろう。
物理的な場所の移動を必要としないので、時間の節約が最大のメリットだ。ただ、五感で感じることが出来ないので、それは最大のデメリットとなる。
雑誌の目次やテレビ番組表はなくとも良いが、ナビゲーションが必要。
ユーザビリティは結局そこに行き着く。
スマートフォンのくだりは諸手を挙げて賛成とはいかない。
都市部と地方では情報の必要度に違いがある。
スマートフォンは都市部では便利だが、
地方(車社会)では特に必要としない。
電話機能があれば十分。
リビングにおけるスマートパッドは全国共通の捉え方が出来るだろう。
総じて、的が得られている本。 -
Posted by ブクログ
近世編はヨーロッパを中心として進んでいく。中世において三角関数が登場したにも関わらず、ルネサンスを迎えるまではただ金勘定のための技術でしかなく、しかも卑しい物として扱われていたためむしろ衰退してしまっていたというのには驚かされる。その一方で17,18世紀には負数、虚数、複素数、無限級数などが一度に開花したのも驚きである。残念ながらなぜこのように急激な発展をしたのかについては直接触れられていないが、一つには数学という学問が広く学ばれるようになったことが原因だろうこと思う。近代教育の祖であるペスタロッチの名が度々登場し、教育制度についての考察にかなりのページを割いていることから著者もそのように考えていることが伺える。
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Posted by ブクログ
数の数え方から始まるこの本。最終章では三角関数が登場している。ここまで紀元前1600年頃から1300年頃と3000年ほどかかっている。しかもまだ割り算のやり方が定式化されていないだけでなく、ヨーロッパではようやく位取りが使われる、つまりやっと0が用いられるようになったという状況である。この先、微積分が発明されるまでまだ数世紀かかることを考えると、非常にゆっくりと発展してきたことがわかる。また、いずれの地域においても、古い時代では定理に対する証明がほとんどされておらず、問題と結果のみが記されているというのはおもしろい。古代の社会のあり方からすると、数学が宗教的な側面を持っていたのではないかと思う。書物として残すのは真理を記すという意味合いがあり、正しいのだから経過を残す必要がないということだったのかもしれない。後の時代からすればその正しさを確認するのが大変であるし、当時はどのような方法でそれを確認していたのか分からないため重大な発見が埋もれてしまっているかもしれないことを考えると迷惑な話である。