中島健志のレビュー一覧
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勝海舟は、同じ原作者が関わった作品の中でも特に人間的な魅力を感じる人物だった。幕末の人々は皆、それぞれ守るべきもののために命懸けで行動していたが、旧習や仕来りに縛られ、考え方や行動の幅が狭くなっていたように思う。その中で勝海舟は、そうした価値観にとらわれず、日本の未来のために何が必要かを考え、敵国と見られていた諸外国からも積極的に良い部分を学び取ろうとしていた姿勢がとても印象的だった。
特に、自分の立場や世間の常識だけに固執せず、広い視野で物事を見て行動していたところに大きな魅力を感じた。時代の変化を恐れず、日本のために柔軟な考えを持ち続けた勝海舟の姿を通して、自分自身も固定観念にとらわれず、良いと思ったものを素直に学べる人でありたいと思った。 -
購入済み
やや重いトーンの作品が多い
巻頭の佐藤秀峰「描クえもん」は、漫画業界の裏側をユーモアと風刺で鋭く描き、読者を惹きつける。牧鉄兵「ヒトカギリ」は緊迫感ある展開と深い心理描写で魅了し、大坪商介「エクゾジャケット」はSFと人間ドラマが融合した独特の世界観が際立つ。バズ「やれたかも委員会」は日常の微妙な感情を巧みに捉え、共感を誘う。郷田マモラ「東京D」は都市の闇をリアルに切り取り、吉田浩「カレーは辛え」はスパイシーな物語で強い印象を残す。多様なジャンルと作家の個性が交錯し、読み応え十分。電子版の鮮やかなビジュアルも魅力だが、やや重いトーンの作品が多く、好みが分かれる可能性も。
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購入済み
読み応え十分
巻頭の佐藤秀峰「描クえもん」は、漫画業界の裏側をユーモラスかつ辛辣に描いている。牧鉄兵「ヒトカギリ」は緊迫感ある展開と深い心理描写で魅了。大坪商介「エクゾジャケット」はSFと人間ドラマが融合した独特の世界観が光る。バズ「やれたかも委員会」は日常の微妙な感情を巧みに表現し、共感を呼ぶ。郷田マモラ「東京D」は都市の闇をリアルに切り取り、吉田浩「カレーは辛え」はスパイシーな物語で印象深い。多彩なジャンルと作家の個性が交錯し、読み応え十分。
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ネタバレ鎖国体制が揺らぎ始めた幕末。外国の脅威から日本の未来を守るため、新たな時代を切り開いた勝海舟の生涯をまんがで徹底紹介!!
江戸幕府の幕引き役を務めた勝安房守の生涯を描いた漫画。
海舟が幕府の貧乏御家人の長男として生を受けたのは11代将軍・徳川家斉の御世。
子供が50人を超えたという家斉の世は8代将軍・吉宗の時代の質素倹約・引き締め政策も薄れ、華美華奢な風情が勢いを取り戻していた。
なので幕府の権威も徐々に失墜しており、また海外から盛んに異国の船が日本に通商を求めて来航していたときだった。
海舟は剣術も免許皆伝、勉学も向上心が並ではなく、家が貧乏故にロクに本も買って勉強できなかったが、
オランダ語を学ぶ課程で幕府に意見書を提出するなどして上役に徐々に認められていくようになる。
やがてペリーが来航して日本は攘夷か開国かで騒然となる中、米国に幕府の使節団を派遣することになる。
海舟がその船・咸臨丸の艦長となったことが後の彼の人生を開かせた。
先進国の米国で様々なものを学び帰国した勝に14代将軍・徳川家茂は海軍操練所を作ることを命じる。
日本の未来を背負う多くの若者が集まり学んだ。土佐の坂本竜馬もその一人だった。
だが、時代は急変。御所に攻め込んだ長州の処分を巡って幕府内は二転三転紛糾する。
足並みの揃わない幕府に見切りを付けた海舟だが、謹慎中に起こった鳥羽・伏見の戦いで幕府軍が敗北。
官軍が江戸に攻め上ってくる中で、とうとう幕府の幕引き役として舞台に担ぎ出される。
官軍の参謀は面識のある西郷隆盛。海舟一世一代の直談判が始まる・・・・・・・・・・。 -
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ネタバレ武田信玄は跡目を弟と争ったうえ、父を追放して跡を継いでいる、
上杉謙信も、兄を追い出したうえで、跡をついでいる。
山国の甲斐国の国主となった信玄は隣国の信濃国を攻め、これを領土とすることで自国を富ませようとした。
関東には北条家が南の駿河には今川家がおり、南進は強敵と干戈を交えねばならないため苦肉の北進であっただろう。
問題は信濃国の村上義清・小笠原長時といった信玄に領土を奪われた旧領主たちが越後の上杉謙信を頼ったこと。
自らを毘沙門天の化身と信じる謙信に領土拡張の欲はなく、義のために関東管領職であった上杉家を継ぎ信玄・そして相模の北条氏康と干戈を交えた。
中国地方の毛利元就が一代で十か国を支配下に治めたのに比して、信玄は生涯を通しても甲斐・信濃・駿河の3国。
上杉・今川・北条という強国に挟まれた立地では、いずれかの国が勢力を衰えさせない限り、いずれは膠着状態の手詰まりになるのは時間の問題だった。
この辺りは大内氏・尼子氏の弱体化に上手く乗じた元就との差か。
謙信と空しい消耗戦を川中島に繰り返しているうちに尾張の織田信長が将軍・義昭を奉じて上洛を果たした。
その信長と義昭が不仲になると、信玄も謙信も反信長包囲網の中核と期待される。
駿河の今川家の弱体に乗じて南進が可能になり、ようやく上洛への道が開けたと思われた信玄も、
能登・越中の一向一揆に手を焼かされていた謙信も信長との決戦を前にして寿命が尽きてしまった。 -
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ネタバレ理想の世を目指し、鎌倉幕府
打倒に挑み続けた不屈の天皇!!
武士の世に即位した後醍醐天皇は、
天皇中心の政治体制を築こうと、
鎌倉幕府に戦いを挑む。
何度失敗してもあきらめず、
信念を貫いた後醍醐天皇の人生を描く!
南北朝の騒乱の大元になったともいえる人物「後醍醐天皇」の伝記漫画。
鎌倉時代末期。元寇以降幕府は弱体化し、世の中は乱れていた。
武士の世の中からかつてのような天皇親政の世の中にすることを願う後醍醐天皇は側近たちと謀議を重ねる。
けれど公家に武力はなく、また衰えたとはいえ未だ幕府の力は侮り難く討幕は容易ではなかった。
側近を各地に派遣して徐々に仲間を増やしていく天皇方だが・・その多くは「幕府に不満を持つ武士たち」である。
天皇親政の時代に戻すために武家政権を打倒そうとしているのに「同じ武士たちの力を借りる」。
ここにそもそもの矛盾があり、それが後々の建武親政の崩壊に繋がったのである。
討幕は叶ったものの、恩賞は公家や僧侶など何の手柄もないものたちに厚く、武家に薄かった。
これでは味方した武士たちの心が離れてしまうのも当然である。さらに御所造営費用などの名目で民の税金も上がった。
「天皇親政」は既に過去の時代の遺物と化しており、それを復活させるということは時代の流れに逆行する行為であった。
そこには「革新」はなく、旧例に復するのみであった。
尊氏たちによる武士政権の存続という折衷案を認められなかったことが、結局のところ「さらなる戦乱」を呼んでしまう。
「争い無き世を作る」ことが天皇親政の目的ではなかったのか?
それなら、既に目的は逸脱していた。天皇親政でなくとも「争い無き世は作れる」とは考えられなかったのか?
結局は天皇の我儘に過ぎず、その我儘のために天皇の子供や楠木正成・新田義貞等の多くの有能な武士たちが命を落とした。
「痛みを乗り越えてこそ新たな世が生まれる」と信じたであろう後醍醐天皇。
そこに「痛みを生まないようにするにはどうすればいいのか?」という視点は欠落していた。 -
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ネタバレ人気の歴史人物シリーズ。
歴史で毛利元就、その名は知っていたけど、馴染みが薄かったので、登場人物や地名が 頭に入りにくいっ!(年か・・・)
すごい人だったのは わかった。
毛利氏は弱小地方豪族のだったため、元就の父が早くに隠居するのに付き添い、辛い幼少期をすごすも、知恵が闇を照らす明かりとなって、すすむべき道が見えてくると信じ、また、先祖が大江広元(源頼朝の下で守護地頭などの設置を実現させた人物)だという誇りをもって、孫子の兵法などを学んだ。
後に、権謀術数のかぎりをつくし、中国十カ国(九州の豊前までも)の太守として西国に覇をとなえるほどまでとなる・・・
有名な三本の矢のエピソードもですが、
家臣も含め、一族が一丸となって結束する力のすごさと、
その輪に入らなかったものへの 切り捨て・・・。
戦国の世だしね。
それでも、信長のように、全国統一とかを目標にしていたのではなく、だた、それは毛利家が存続するための闘いだったのだから すごいなあ〜