神様は僕に勉強のために難病を与えた。でもそれだけだと可哀想なので野球でいい思いをさせてもらった、、って。
この箇所を、泣きながら読んだ(;ᵕ;)
PL学園春夏連覇をキャッチャーとして経験。大学野球、社会人野球、仕事、結婚、娘の誕生。
野球のケガや 厳しい父親との関わりなどもありつつも、
華々しい成果もあり、着実に歩み、順調な人生に思われた人生。
なんとなく体調の悪さが続いて、
いよいよおかしいぞ、と病院にかかる。
再検査するなどして、難病(ALS)と診断。
「なぜ俺が難病、、?あんなに野球も出来るほどの強いフィジカルなのに??」
という絶望や、葛藤、肉体の痛み。思い通りにならない苛立ち。
ペンを握ることもできなくなり、家族との会話も、この本の執筆も 文字ボードで1文字ずつ相手に伝えるという手間のかかる作業。
動かない身体、寝たきりで 核家族での自宅介護(吸引などもあるため24時間体制)を受ける中での 妻、娘、 代わる代わる訪問してくれる親、兄弟、義両親への負担。生じる摩擦や問題。申し訳なさや負い目。続く苦悩。
読売巨人のスカウトであり実父である伊藤菊雄氏との確執。
福祉があまり充実してなくてサポートを受けづらい現実への落胆も。
そんな中で、PL時代の同級生が自宅を訪ねてきてくれることの喜びなど。
(伊藤さんの同級生は四人もプロにいっている(PL史上最多の学年なのかな?高卒プロ・大卒プロ含む)。立浪和義さん、片岡篤史さん、野村弘樹さん、橋本清さん。一学年下には宮本慎也さん(大卒社会人経由プロ)。)
ただただ、この動けないまま生きることしかできないという諦観。でも死ぬわけにいかん。だから生きる(しかない)という希望。
長引く闘病生活の心境が綴られている。
辛いこと・弱さの受け入れ・楽しかった思い出、プラスなこともマイナスなことも、相反する色んなことが自分の中に両立・乱立している。抱えながら今日(執筆当時)もベッドの中で毎日生きている。
本人の葛藤がスラスラと分かりやすく読みやすく言語化され、記されているが、文字盤で意思疎通しながら代筆者(ライター)が居ての執筆。このライターさんの力も絶大なものなのだと思う。
キャッチャー経験者である伊藤氏の 思考がこの面を見たり、あの面を見たり。妻の言葉から、様子から、推察して、妻の苦労を想像したり、じゃあ自分はこうしようと判断したり、色んな可能性というか、
事象を内包して、 在る、というのがキャッチャーらしいなと個人的には思ったり。
キャッチャーらしい、よく考える、というのも、難病、闘病という環境に置かれたら 嫌でも人はしうなるものなのか。
同じALS患者さん(女性)がインタビューで話していた一文が紹介されている。
内容は↓
「他の家族ではなく、私がこの病気でよかった」と。
それ聞いて著者・伊藤敬司氏も 自分もそう思うと。
家族にこの苦しみを味わってほしくない、自分で良かったと。
本の最後のほうにあるのは、関わって助けてくれた人たちへ、一人ずつに宛てた感謝の言葉。
KKコンビがPL学園在学中にドラフトにかかる場面についても。
巨人に入るつもりの清原さん(3年)。でもドラフト当日(当時は昼にやってたっぽい)蓋をあけると巨人に行くのは桑田さん(3年)。
そのことを知るやいなや、怒り心頭に達した清原さんが「どないなっとんねん!!!」と
1年生である著者の伊藤さん(巨人スカウト伊藤菊雄氏の息子なので)が授業を受けている教室にやってきたんだという。
怒鳴り声に縮み上がる著者、、、。
これは、とんだとばっちりだ(泣)
著者には関係ないよ〜〜。
チームメイト(後のプロ5人含む当時のPL学生)との練習や寮のエピソードなどもあり、面白かった。