渡邉格のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
職人に憧れるな。
昔は誰もが職人=生産者だったんだろうな。
何かを作ることができるという自信は、労働の搾取からの解放の安心感に繋がる。
手仕事を大切にしていきたいし、味噌、梅干し、ぬか漬けは私もしっかり受け継いでいきたいな~
・腐らないお金の不自然さが、僕たちを「小さくてもほんとうのこと」から解離させていく。
・自分の「労働力」を切り売りすることを避けようと思ったら、自前の「生産手段」をもてばいい。
・「職 」(労働力)を安くするために「食」(商品)を安くする。それが、マルクスが解き明かした資本主義の構造なのだ。
・「天然菌」は作物の生命力の強さを見極めている。リトマス試験紙のように、自分の力で逞しく生きているものだけを「発酵」させ、生きる力のないものを「腐敗」させる。
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Posted by ブクログ
以前、立ち止まって交通整理することが必要ではないか、+はわかりやすいけど-が評価されにくくて敬遠されるというようなブログを書いていたので非常に興味深い題材でした。
いろんな人が寄稿しているので中には読みにくいものがあったり、何を言ってるのか、何が言いたいのかがよくわからない人もいたけど、いろんな考え方があって面白く、中でも青木さんや想田監督、平川さんなどは近い考えで興味を持ちました。
障害とは、健常とは、健全とは?頭が悪い、コミュ障、ノンデリ、自我の喪失、倫理観の欠落などと障害の差は?ふだん考えていたことが青木さんによって明文化されていました。
常日頃、「誰が」という点に注目が置かれ、その中身に対しては二の次三の次だと感じることがあったが、政党名の威力がわかる調査結果はわかっていたとしてもやはり衝撃だった。
私はよく岩田さんに共感することがあるんだけど、冷淡な人だと思われがちだというのを見て、自分も「冷めてるね」って言われたことを思い出した。笑
ここでもうんざりするどころか、そうだよね~って思いながら読んでいましたよ…。
アジカンのゴッチまで寄稿している幅広さにびっくり。
みんながすべきことを人に求めるんじゃなくて、1人1人がわからないなりに自分にできることを考えるのが大事だと思います。
先に目指す方向性があって、そのために何をするかって話であるので、ゴッチの考え方にもとても共感しました。
終わり方や書き方の形式も独特で面白かったw -
Posted by ブクログ
ずっと気になっていた岡山のパン屋さん、タルマーリー。腐る経済という考え方も気になっていました。
なんでもお金で買う世界に苦しさを感じていたけど、それは、資本家が利潤を得ること、から派生してきたことだったんだ。渡邊さんが、不思議なパン屋として確立していく中で、体で体得してきたことだからなのか、資本主義の問題点がとても分かりやすく伝わってきました。
小さな商いをすること、日本は資源がたくさんあるのに活かしていない、活かせる人が減っていること、腐らないお金も使い方次第で活かせる(投票の意味がある)など。
パンに出会えて、打ち込めて、渡邊さんが羨ましい、と思うけれど、自分らしさは、自分で何かに打ち込むことからしか生まれない。私にできることごある、という気持ちをちゃんと抱かせてくれる本でした。
いつか、タルマーリーのパンを食べたいな。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ田舎のパン屋が見つけた「腐る経済」
「まちづくり」「地域活性化」「共生社会の実現」…。
そういうテーマを掲げて取り組まれている物事に、違和感を感じることがある。
それって、本当に「まちづくり」につながるのかな?
一過性の盛り上がりで、本当に「活性化」するのかな?
障害のある選手のパフォーマンスを観ること、パラスポーツを応援することと、
社会を変えることは、どうつながるんだろう?
パン屋さんの本を読んで、違和感の謎が解けた気がします。
著者の渡邉格さんは、天然の菌でつくった酒種をつかって発酵をさせたパンをつくって売る「パン屋タルマーリー」の店主。
高校卒業後、紆余曲折して、25歳で大学に入学。
31歳からパンの修業をはじめて独立した人だ。
本書では、渡邉さんの人生の歩みを紹介しながら、
パンをつくることになった理由、
原材料、水、菌、働き方、暮らし方に関するこだわりなどが紹介されている。
効率的で利潤を追求するパンづくりではなく、
利潤を追求しないパンづくり(腐る経済)を大切にしている理由が解説されている。
渡邉さんは、次のように書いている。
田舎に暮らして5年あまり、「まちづくり」「地域活性化」の名のもとで、「腐る経済」とは正反対のことが行われている現実を何ども目にしてきた。
地域の「外」から引っ張ってきた補助金で、都会から有名人を呼んで、打ち上げ花火のようなまちおこしのイベントをやってみたり、地域の「外」から原材料を調達して、地域の特産物をつくったりする。
これでは地域には何も残らない。潤うのは、イベントを仕掛けた都会の人たちであり、販促やマーケティングが得意な都会の資本だ。
使われた補助金も、都会からやってきた連中のところへ流れていく。結局、「外」から肥料をつぎこんで、促成栽培で地域を無理やり大きくしようとしても、地域が豊かになることはない。むしろ肥料を投入すればするほど、地域はやせ細っていく。
ここで思ったのは、パラリンピックの関連イベントも「同じ」ということ。
「外」からのお金で開催されているし、
まさに「打ち上げ花火」みたいに思えるものもある気がするし、
大きな額のお金が動き、大規模な出来事が起こった結果として、何が残るのだろう、
たぶん、ほとんど残らないだろうなと思うからだ。
「パラリンピックを盛り上げよう」という時、
一体、何を「盛り上げる」のか。
パラリンピック開催で、「共生社会の実現を目指す」というけれど、
「盛り上げる」ことと、「共生社会」が、なんだか遠い。
「外」からでなく、「内」からのアプローチを考えないといけないし、
「内」からの小さなアプローチを実行して続けていくことしかない気がしている。
タルマーリーの渡邉さんは、発酵を通じてできる食(パンやビール)で「ほんもの」を目指すことで、
「外」からではなく、地域の「内」から「まちおこし」「地域活性化」にアプローチをしている。
ああ、ほんもののパン、食べにいきたい。
ほんものを目指す人たちに出会いたい。 -
Posted by ブクログ
少子高齢化社会でも経済成長を続けることは、お米が足りないのにおにぎりをもっと作れって言ってるようなものなのかな。無理よね。
まず、無理を認めること。
それから、資本主義社会の外の世界があることを知り、体験し、その世界の間でバランスをとっていくことが鍵だと思った。
・大切なことを持続させるために、我々はこれまでの手法からの撤退を学ぶべきなのである。
・社会の内と外、此岸と彼岸、文明と自然、常識と非常識などなど、二つの原理を行ったり来たりすることで、問題を「なんとなく」暫定的に解決する。これが地に足を着けることである。
・現代における下野とは、他社のニーズを全く気にせず、とにかく徹底的に主観を認めることだと言えます。
・僕らが生きている時間の中には、大きく分けて二つの相があります。ひとつは必ず前に進む「文明の時間」、もうひとつは循環し回帰する「自然の時間」です。猫には、循環する時間だけが流れているのです。彼らにら「進歩」の概念がない。
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Posted by ブクログ
撤退論 内田樹編 晶文社
歴史のパラダイム転換に向けて
題名に惹かれて手に取ってみたけれど
前書きを読んで学者の限界を感じた
まず仲間内で先生と呼び合うのをやめてからにしてほしい
少子化がいけないと決めつけてからの話では
答えが出ないだろう
問題は噂されている
権力を振りかざしている側の都合で
少子化を作り出して不安をばらまいていることの真偽を
確かめることが前提だろう
識者とされた多くの人が原稿を寄せた中で
唯一面白く読ませてもらったのは
『個人の選択肢を増やす「プランB」とは何か』
というタイトル始まるお話だ
広い目線で現代文明が陥っている
物質至上主義の問題の急所を捉えている
いやもう一つ
夫婦で語る「撤退女子奮闘記」と「撤退のマーチ」が面白い