ミシェル・フーコーのレビュー一覧

  • 性の歴史I 知への意志

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    そういえばフーコーを読んでいなかったということに(今更)気づき、慌てて読んでみた次第。

    権力というのは最近の関心ごとの一つなのだけど、それを描写する際に性に着目したのはかなり慧眼だったのではないのかという印象を読んでいてもった。性と現代の宗教を権力という観点から比較してみたい。

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    2013年01月07日
  • 性の歴史I 知への意志

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    【2011年_11冊目】

    生きることって,性に関することなのか.よりよく生きたい=よりよく性活動をしたい.自由じゃない性活動とともによりよく生きることは本当に不可能なのか.児童買春を人権侵害だと言ってるのも,作られた見方?当たり前だと思ってたけど,そういうこと?フーコーさん.もう頭ボヤボヤ.

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    2011年11月17日
  • 性の歴史IV 肉の告白

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    ここまで、ナメクジが這うように膨大な時間をかけて、断続的に『性の歴史』全四巻を読んできたが、残念ながら僕にはフーコーが何を言いたいのかピンと来なかった。というか、はっきり言ってつまらなかった。
    ということで、以下の感想はほとんどの人にとって何の参考にもならないだろう。/


    フーコーが何を言いたいのか分かっていないのだから、批判などできようはずもないが、それでも若干の不満が心に残った。
    フーコーは、本書で「欲望の解釈学」を展開するにあたって、2〜5世紀のキリスト教教父たちの文献を分析しているが、それは何故なのだろう?
    世界にはたくさんの宗教が存在し、その構成は次のとおりだ。

    1. キリスト教:約24億人 (世界人口の約32%)
    2. イスラム教:約18億人 (世界人口の約25%)
    3. ヒンドゥー教:約11億人 (世界人口の約15%)
    4. 仏教:約5億人 (世界人口の約7%)
    5. 無宗教:約12億人 (世界人口の約16%)

    もちろん、フランスではキリスト教が一番多いだろうが、世界的に見れば、イスラム教、ヒンドゥー教、仏教などの歴史の分析も必要だったのではないか?
    あるいは、旧ソ連や現代中国の社会主義や共産主義国家における状況だっておさえておくべきだったのではないか?
    フーコーは、次のように書いている。

    【真理の義務は、信仰として、そして告白として、キリスト教の中心にあるということだ。「コンフェッション」という語の伝統的な二つの意味〔罪の告白と信仰の宣言〕は、そうした二つの側面をカバーしている。(略)
    もちろん私は、キリスト教において信仰として理解された真理の義務の問題は脇に置いたままにして、告白として理解され、過ちと救済のエコノミーにおいてその効果を得る真理の義務のみを考察するつもりである。しかし、それら二つの側面のあいだの関係は、絶えず思い起こされねばならないだろう。そしてそれはまさしく、過ちについて「真を語る」ことが、キリスト教において、罪の告白を求める宗教(略)の大多数に比べておそらくはるかに重要な位置を占め、いずれにせよはるかに複雑な役割を果たしているということを、常に強調する必要が生じるであろうからだ。少なくとも、ギリシアおよびローマの宗教と比べて、キリスト教は、その信者たちに対し、自分自身について「真を語る」という義務を、その形式においてはるかに高圧的なものとして、その内容においてはるかに多くを要求するものとして課したのである。
    そうした「真理陳述」の新たな諸規則を通じてこそ、キリスト教において肉に関して語られたことを理解しようと試みなければならないのだ。】/


    フーコーはギリシア、ローマとは比較したと言うが、それならイスラム教やヒンドゥー教はどうなのか?
    キリスト教だって数多の宗派があるだろうし、それらの教義は千差万別なのではないか?
    世界の戦争や地域紛争の多くが宗教に起因している中で、たかがヨーロッパだけの宗教の歴史を分析して、これが(世界の)『性の歴史』ですなどと、フーコーにだけは言ってほしくなかった。
    同じくフーコーの『狂気の歴史』は「古典主義時代における」との限定がつけてある。
    今回も同様に、「初期キリスト教における」という限定をつけるべきではなかっただろうか?


    ほらほら、おじいちゃん、解説読むのまた忘れてるよ。
    「キタ――(゚∀゚)――!!」
    だから、そこじゃないって!

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    2025年06月16日
  • 言説の領界

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    この本に限っては、上記星三つの評価は本の評価では全くなく、当方の能力を超えていて理解が進まなかったため、5分の3理解できていればいいなあ、という個人の希望的評価。分かる人が読めばおそらく6つ、7つ星なのだろうと思う。コレージュ・ド・フランスの講義だから当然だが、読み手である私の能力不足がこれでもかと明らかになる読書だった。加えてやはり、ダイレクトに日本語にならない語彙が多いように見え、たとえば主題になっているdiscoursと「言説」という日本語から受ける印象と範囲が、個人的には異なっていたりして、文章を多少離れた位置から眺めつつ読み進めたという印象。
    本筋ではないが面白いと思ったのは、「算術は等しさの関係を教えるから、民主的な都市のために役立ちうる。一方で寡頭制においては、不平等の中での釣り合いを明示する幾何学だけが教えられるべきだ」というギリシアの古い原則。なるほど。
    もう一つは、前人未到の外部の空間において真なることを語ること、について。科学の世界で真なることを語っても(ここではメンデルの例が挙がっている)、当時の生物学的言説が従っていたのは、メンデルが従っていた規則ではなかった。メンデルの命題が正しいものとして現れるためには、、生物学において尺度が完全に変化し、対象のまったく新しい見取り図が展開されるようになる必要があった、という点。同時代にまったく新しい概念が理解されるためには、その時代の人びとが持ち、従う旧来の尺度の変化が必要だということだ。
    次元はまったく違うけれど、フーコーの他のディスクールをしっかり理解し、その中に身を置かねば、この本に収められたディスクールもきちんと理解するのは難しい。勉強しよう。

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    2024年02月11日
  • 性の歴史II 快楽の活用

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    フーコーの他の著作をかじったときはもっと切れ味鋭いイメージだったけれど、率直に本作は古代ギリシャの性について精緻にまとめた歴史書以上に感じられなかった。ただ、第五章でプラトンのエロス論を分析する際は鮮やかさを感じられた。
    これを先に読んでいれば『饗宴』など古代ギリシャ時代の本を読んだときにもっと先に理解を深められたろうなと思った。

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    2023年03月15日
  • 性の歴史I 知への意志

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    いや知恵熱しか出なかった。
    最後の一文でさらに「う〜ん」となってしまった。
    フーコーの入門書読んで再読します。

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    2022年02月10日
  • 言説の領界

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    フーコーの講義録。言いたいことはなんとなくわかる。印象としてはアドルノを読んだ時に、想起する課題に似ている。アドルノは原理的な話に徹しているので、実際の話しに適応してみせない。今ある権威を、解体的に検討する素地の例示という感じ。具体と抽象の中間的な概念で話しているが、地雷を踏まずに、宗教ドグマの再検討を促すような感じ。具体的な疑問を持つきっかけとしては面白いと思う。

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    2017年12月18日
  • 性の歴史I 知への意志

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    大学の授業テキスト。今後フーコー以上の思想家が出てくることはない、という点で読むべきだと思うけど、難しいです。

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    2009年10月04日