山竹伸二のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
日本人は宗教的観念も他国と比べて低いため、周囲の人たちの承認により、自分の必要性を感じようとする。あまり好きではない人との飲み会も、嫌われたくない、嫌な噂を立てられたくない、そう思っていたら断れず、だからといってそこで自分の承認価値が高まるわけでもなく、不服な気持ちを抱く悪循環。しかも交際費が重なるだけ。無意識に思ってしまう「しなければならない」という感情を(自己ルール)=過剰な自意識に気づいて自分を理解する。言い換えて、自己了解していくことで空虚な承認ゲームから脱出できるひとつの方法である。snsなどの発達によって親しい人からの本物の承認を得られにくくなっていく現代において、刺さる一冊!!ゆあてゃに憧れる人たち。まさに空虚な承認ゲーム
共依存の本質は「人に必要とされることの必要です。自分にとって大切な人から「あなたがいないとわたしは生きられない」と言われることで、自分の存在がはじめて「承認」されたように感じることから、共依存者的な生き方が始まります。(p.120)
なぜ知的な人々ほど神経症に苦しんでいたのか。
しかし、知識人層のように、自由の意識が芽生えた人間、伝統的価値観に違和感を抱いた人間においては、たとえ承認を得るために伝統的価値観に準じて行動しても、そこに納得感は乏しく、どこか無理をしている感触が付きまとう。 p.144
本当の自分が抑圧される原因は、周囲の人間の評価に対する過剰な自意識なのである。p.163
空虚な承認ゲーム=同調行動が、功を奏して、承認が維持されているうちは、承認の不安を一時的に遠ざけることはできる。だがそこには、価値ある行為や知識、技能を承認される場合に生じるような充足感はない。p.165
日本人の承認基準は、周囲の人々。
欧米人の自我は神に支えられているから、対人恐怖にはならない。 -
Posted by ブクログ
タイトルほど衒学的な内容ではなく、哲学的な考察の仕方を採用しているだけで案外に実践的な子育て本。
幸せな子育てとは何かという問いに対し、
育児の目的は「子供の自由な生の実現」であると置く。
そのためには、子供には自分の感情に気付く力(「感情の主体」)、自分の欲望に気付く力(「欲望の主体」)、そのうえで、理性的に行動を選び取る力(「理性の主体」)を育む必要があると整理する。
この感情の自覚、欲望の自覚、理性の獲得は、通常子供の発達段階に沿っているため、親は各段階で適切にこれを伸ばすよう手助けしていくことが望ましいと説く。
そのためには何より、子供の心に寄り添い、子供の行動の奥に潜む心理を感じ取り、自分の言動を選んでいくことが大事であるようだ。
具体的なエピソードや、子供の行動の「なぜ?」も豊富に書いてあり、色々と気づきやためになることが多く書いてある。
きわめて真っ当な主張でもあるし、一読して損はないかも。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ2014年の68冊目です。
私には、顕在化、潜在化した承認欲求があります。
ここ数年来の自分のテーマでした。そんな時、リサイクルBookストアーの新書コーナで見つけた本です。
本の前半では、人間の承認欲求について解説されていますが、「これは、ほとんど自分の事を分析して書かれている」と思うほど、合点のいくものでした。
第1章「認められたい」の暴走の中に次の一節があります。「他者の承認は自分の存在価値に関わる、最も人間的な欲望であり、長期にわたってそれなしに生きていける人間はほとんどいないだろう」 それって私のことですと言いたくなるような文章ですね。ところで、承認を与える他者とは誰か?本書では、他者を自分との関係性から3つに分けています。「親和的他者」「集団的他者」「一般的他者」だそうです。「親和的他者」とは、家族・恋人・親しい友人など、愛情と信頼の関係にある他者のこと。ありのままの自分を受け入れてくれる他者でもあります。「集団的他者」とは、所属する組織・会社などで、共有するルールや価値観に見合う行動をすることで認めてくれる他者です。「一般的他者」とは。あったことも無いネット上の知り合いやほとんど知らない人達であり世間とか社会一般といえる。自らの行動が、社会全般に渡って認められる価値に見合うかどうかが認められるかどうかということになる。
現代は、誰もが「認められたい」という欲望を抱く以上、そこには大勢の人間が共通して了解し得る意味(本質)があるはずだというのが、著者の論の中核に置かれています。すなわち自己了解と「一般的他者の視点」による内省ができれば、親和的承認や集団的他者承認に執着せず、「見知らぬ他者」の承認(存在承認の本質)を確信することで、また自分の意志で行為を選択することで、自由と承認の両方を切り開くことができると述べている。
私の場合、「親和的承認」を、「集団的他者」の中にも得たいという部分があるように思える。また、現代において、「集団」に共通する価値観自体が不明確になりつつあるため、どういった行為に価値があるのかを見定めることも難しくなっている。人事考課とか賃金などがその行為の価値を測り評価を反映したものだったが、昨今の私の所属する組織ではそのような傾向は極めて希薄になっている。ここでの承認を得ずして、一般的他者の承認へシフトしていくことには、同意しづらい。価値観やルールが変動する中で「集団的他者の承認」を確実に得ていくかという課題について改めて考えて見たいと感じました。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ承認不安からの脱出について著書は、場当たり的なコミュニケーション力の向上ではなく根本的な解決策を提示している。
自己了解と一般的他者の視点だ。
自己了解によって自分自身の欲望に気づくことが出来れば、その欲望からかけ離れた行動をやめるにせよ、欲望を抑えて行動するにせよ、自分なりに吟味したうえで納得のできる判断(自己判断)をすることができる。自己決定による納得感は自由の最も重要な本質契機。
一般的他者の視点はアダム・スミスの言う公平な胸中の観察者にほぼ相当する。
これは経験により培われる。他の考え方を持った人々にも耳を傾け、ネットや書籍を通じて様々な価値観を理解し、何故そう考えるようになるのかその理由、動機を考えること。その繰り返しが、一般的他者の視点による判断力を培う。