「漢方講義の実況中継」
著者は漢方を専門とする開業医「細野史郎氏(明治32年ー平成元年)」です。
本書は同氏が京都の薬剤師に行っていた漢方講義をまとめたものです。
細野氏は、京都府綾部市で生まれました。
京大を卒業し、内科医としてキャリアをスタートさせます。
嚥下困難だった自身の患者を、京都市の漢方医師が鮮やかに治癒したことで漢方薬に興味を抱きます。
その漢方家は洛北で開業する浅田宗伯の塾頭「新妻荘五郎氏(二代目)」で、処方は半夏厚朴湯でした。
細野氏は三顧の礼を尽くして新妻氏に師事し、昭和13年には漢方専門の「聖光園 細野診療所」を開設しました。
以来、平成元年に亡くなるまで、臨床と研究を続けました。
本書は細野氏が昭和30年から行っていた、京都の薬剤師向けの漢方勉強会をまとめたものです。
会は10年も続き、その講義記録に注解を加えて整理し、昭和53年に出版に至りました。
構成は薬剤師が自身の症例を挙げ、それについて細野氏が解説を加えるという対話形式です。
症例は、消化器疾患、耳鼻咽喉科、呼吸器、循環器、神経系、泌尿器、代謝・内分泌、運動器、産婦人科、外科、皮膚科、膠原病など各科ごとに整理されていました。
対話の内容は教訓に満ちたものでした。
奇抜な処方より基本方剤、
証を掴めずフラフラするより自信を持つこと
慣れない脈診より問診の徹底
などが生き生きと語られ、臨場感を感じさせるものでした。
本書はこのように細野氏の漢方講義がまとめられていました。
氏は様々な古書を自在に引用し、加味のアイデアを次々と披露し、その上で最後にはシンプルな処方を勧めていました。
熟練の技量と風格を感じさせつつも、謙虚でおしけがましさのない指導の様子が描かれていました。
薬剤師は脈診や腹診などの切診は制限され、望診と問診で診断を下さなければなりません。
切診を含む全ての診断法を使える医師が、薬剤師に講義を行うことには難しさがあったようです。
しかしその挑戦は自身の訓練にもなり、有意義な時間となったことが伺えました。
熱のこもった対話の様子は体温を感じさせ、読み応えがありました。
再読を繰り返しながら、理解を深めたいと思います。
なお京都の細野診療所は、史郎氏亡き後も長男の「八郎氏」が引き継ぎ、大阪、東京、広島などで展開していました。
しかし八郎氏亡き後の京都院は2021年に閉院となり、子息靖之(やすし)氏は薬剤師として「細野薬堂」を開業しました。
次男である「義郎氏」は、新たに「漢方内科細野医院」を開設して道統を継いでいます。