ブックライブでは、JavaScriptがOFFになっているとご利用いただけない機能があります。JavaScriptを有効にしてご利用ください。
無料マンガ・ラノベなど、豊富なラインナップで100万冊以上配信中!
来店pt
閲覧履歴
My本棚
カート
フォロー
クーポン
Myページ
8pt
いつもの風景が、その姿を変える 単なる偶然、でも、それは意味ある偶然かもしれない。 世界各地へ出かけ、また漱石『夢十夜』や三島『豊饒の海』、芭蕉など文学の世界を逍遥し、死者と生者が交わる地平、場所に隠された意味を探し求める。 能楽師・安田登が時空を超える精神の旅へといざなう。 私たちには、「見えないもの」を見る力が備わっています。 「目」を使わないでものを見る力です。(まえがきより)
アプリ試し読みはこちら
※アプリの閲覧環境は最新バージョンのものです。
Posted by ブクログ
日常と非日常に見る能的精神を綴ったエッセイ。 日本語、日本人の精神、日本関係ないけど能に通ずるところのある何か。 ワイには難しかったけど面白い。あわい…あちらとこちらが重なって存在するところ。ええですね
感覚として分かる 言葉にして感想書くのは難しい やっぱりストンとくる感じ しばらく安田登さんの本を追っかけて 自分なりの答え(感覚?)を つかみたい HUTBOOK STORにて購入
下掛宝生流の能楽師、異才、安田登さんの雑誌連載を基にしたエッセイ集。能のワキとは「分く」から来た言葉で、あの世とこの世を分かつ存在、境界線に立つ存在だという。そのワキ方の安田さんが、能と旅と古典について記したエッセイは、まるで夢幻能のように、過去と現在、現実と幻の境界が曖昧になっていく。 一ノ谷で...続きを読む肩に止まった赤トンボから平家を視る。旅先で会った古老から疱丁の包丁さばきを幻視する。ほうきや麻雀牌から隠れた意味を見出し、松尾芭蕉の歌を脳内ARに再生させる。 こうしたことは誰にでも起きていると安田さんは言う。ただ、それに気づくか気づかないかだけだ、と。古典芸能や古典文学に触れることは、早回しのようになっている日々の時間軸を、ゆったりと、さらには引き伸ばしていくことにつながるのかも知れない。
能を観たくなった むしょうに歩きたくなった 漂泊の旅人であるシテに共感 P.161 能の物語の多くは、漂白の旅人が異界と出会うというパターンを持つ。ふつうの人には出会えない異界も、漂白の旅人だけは出会うことができる。そして、漂白の旅人は異界と出会うことによって、新たな生を生き直すことができるのであ...続きを読むる。能を観るということは、その地平に観客も巻き込まれるということだ。それによって、能を観終わったあと、心身ともに新たな自分に変化して、新たな生の可能性を感じることができるのではないだろうか。
レビューをもっと見る
新刊やセール情報をお知らせします。
見えないものを探す旅――旅と能と古典
新刊情報をお知らせします。
安田登
フォロー機能について
「エッセイ・紀行」無料一覧へ
「エッセイ・紀行」ランキングの一覧へ
古典を読んだら、悩みが消えた。~ 世の中になじめない人に贈るあたらしい古典案内
使える儒教
Transforming our world : 世界を変える ―エコシステム資本主義を目指して
日本人の身体
能―650年続いた仕掛けとは―(新潮新書)
話はたまにとびますが 「うた」で読む日本のすごい古典
変調「日本の古典」講義――身体で読む伝統・教養・知性
別冊NHK100分de名著 読書の学校 安田登 特別授業『史記』
「安田登」のこれもおすすめ一覧へ
一覧 >>
▲見えないものを探す旅――旅と能と古典 ページトップヘ