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目をつぶると、ほら、見えてくる。きこえてくる。
かおりのおとうさんは、目が見えません。でも、おとうさんは、においや音から、なんでもわかってしまいます。
目の見えないおとうさんが見せてくれる、あざやかな景色と、家族のたしかなつながり。
※小学1年生から
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Posted by ブクログ
前回読んだ「おかあさんの手」とは、また趣が異なりながらも、手からもたらされる素晴らしさを実感することで、改めて教えられることや感じられるものが親にはあるのだということを、強く認識させられた作品でした。
「かおり」のおとうさんは、車の事故で頭を打ったことにより、目が見えなくなったが、鍼師をしている彼にとって、特に不都合は感じていないようで、彼女が帰ってくれば「おかえり、かおり」と気付いてくれるし、雨が降りそうな気配を察することができたりと、目が見えない分、他の感覚が研ぎ澄まされている様子を物語から感じ取れたことには、まはら三桃さんの言葉にもあるように、『目を開けているときよりも、はっきり感じる』ものもあることを教えてくれます。
それはささやかな音であったり、匂いであったり、身体全体で感じる雰囲気であったりと、毎日をそのように暮らしている方ならではの感じ方ではあるものの、中でも、かおりが耳を見つけようと思って、おとうさんの指を探る微笑ましい光景や、空気が重たくなるってどんな感じなんだろうと試しに目をつぶることで、いろいろな音から派生する流れを想像していく展開には、見えなくなることによって見えてくるものもあるということを教えてくれて、そこで別の世界を見つけた喜びを実感した、かおりにとってのおとうさんとの関係性の清々しさが、とても印象に残りましたし、目の見えないことを特別視せずに、日常生活の中に自然と取り込んでいる、家族全体の温かい雰囲気も同様の思いでした。
また、そうした雰囲気を更に高めてくれた長谷川義史さんの絵も印象的で、それはとてもシンプルなのに、じんわりと伝わってくるものがあって、そこにも見えないものを感じ取れる素晴らしさがあるように思われた、それは海外絵本の訳にも表れた、彼自身の人間性なのだろうと思われました。
ただ、「小学1年生から」という対象年齢からも分かるように、物語は児童書ならではのものではありますが、この『どうわがいっぱい』シリーズの特徴である、一ページの文字数を減らした大きな文字と、数少ない漢字にも全てふってある振り仮名に、挿し絵もいっぱいあるといった、これらの読みやすさには、初めて一人読みしたい子どもも、気軽に手に取ることができそうな印象を抱かせてくれた、まさに対象年齢向けとして最適な児童書だと感じられました。
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小説・文芸
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