享徳の乱 中世東国の「三十年戦争」

享徳の乱 中世東国の「三十年戦争」

ビジネス・実用
1,705円 (税込)

8pt

戦国時代は「応仁・文明の乱」より13年早く、関東から始まった――。 享徳3年(1454)、古河公方と上杉氏の対立に始まる仁義なき抗争。以降30年近くにわたる戦乱を著者は、「享徳の乱」と称すべきと学界に提唱した。本書はこの用語をメインタイトルとし、「戦国時代の開始=応仁の乱」という根強い「国民的常識」を正さんとする著者年来の宿願である。

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享徳の乱 中世東国の「三十年戦争」 のユーザーレビュー

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感情タグBEST3

    Posted by ブクログ

     応仁の乱と時を同じくして、鎌倉公方と関東管領が対立。関東を二分する大乱が繰り広げられた。それが享徳の乱。さて、その実態はいかに??

     私の高校時代にはまったく習わなかったこの享徳の乱、当時の関東の事情も含めて、発生した背景も分かりやすく書いてくれている。鎌倉公方と関東管領という支配層だけでなく、新田岩松氏という国人衆も取り上げて当時の関東事情も合わせて説明している。

     享徳の乱自体は出てくる人物像がよく見えないことや、乱が終わっても既存の価値は大きく変わらなかったことから、何というか、地味。しかし、鎌倉公方がこののち関東の一部の実効支配を果たし、戦国大名の奔りとなったことが本書でよくわかった。研究が進めば、もっと魅力ある分野になるかもしれない。

    0
    2020年03月02日

    Posted by ブクログ

    “あの”東国武者が、都の戦乱の余波が来るまで黙っている訳ねえってのw
    と、言うわけで、応仁の乱は享徳の乱の余波である(享徳の乱が本心)という説に説得力を感じる。
    そういえば、「古河公方」って聞いた覚えあったなあ、とか。
    それにしても、想像以上に近所の地名が出てきて驚いた。
    まあ、東国だからね。そこもここも古戦場でおかしくないよね。

    それにしても、享徳の乱の段階で殺し合いすぎて、戦国時代には関東から大物が出てこなかったという点に、戦のむなしさを感じざるを得ない。

    0
    2018年10月14日

    Posted by ブクログ

    2025.3.14完了
    ハマっている中世関東の歴史。物語ではなく資料要素は強いが興味深かった。事実?もあり、主観もあり、よくまとまっている。

    0
    2025年03月14日

    Posted by ブクログ

    自分が関東の人間でありながら
    応仁の乱に先立ち
    かつ30年近くに渡る戦乱があったとは
    知らなかった。最近関東の史跡を訪ねているが
    あちこちに享徳の乱の関連する場所があったようだ。
    この戦乱がその後の戦国時代に
    どのような影響を与えたのか
    もう少し探ってみたい。

    0
    2020年07月19日

    Posted by ブクログ

    「享徳の乱」の名付け親だという著者の一般向け概説書。関東で発生した「享徳の乱」こそ戦国時代の幕開けだとする著者の主張を、享徳の乱の過程を通じていろいろな角度から照射する内容になっている。

    著者の最も本書で訴えたいポイントは次の二つとのこと。
    ◎戦国時代は応仁・文明の乱より十三年早く、関東からはじまった
    ◎応仁・文明の乱は「関東の大乱」が波及して起きたものである

    しかし、読み進めていっていろいろと疑問点が湧いてきた。
    まず第一に巻末の年表をみての通り、関東に限ってみてもかなり短い間隔で乱が起きているのが分かる。
    上杉禅秀の乱(1416年)、永享の乱(1438年)、結城合戦(1440年)、享徳の乱(1454年)、長尾景春の乱(1477年)、長享の乱(1486年)・・・。
    このうち、直接的には結城合戦は永享の乱の結果を受けて、また長尾景春の乱は27年続く享徳の乱の過程において発生している。
    さらに京においては1441年に嘉吉の乱、1467年には応仁・文明の乱が発生しており、これらの乱は当然のことながら水平的・歴史的にお互いに何らかの関連があるものであり、乱によっては10年・20年のスパンで続いているので、どの乱が戦国時代の始まりかなどそう簡単に区切り良く言えるものではないのではないか。

    次に著者は享徳の乱が中世の「職の体系」を根幹とする守護領国体制(鎌倉府体制)を破壊し、それを契機に一円の領国支配を指向する戦国領主が誕生したとしているが、本書の「むすびに」で書かれてある通り、そうした動きが出るのはむしろ永享の乱終結後の結果として進行していったのではないかと思える。
    享徳の乱の過程とその発端となった鎌倉公方と関東管領の対立が、従来の支配秩序を破壊し「職の体系」を無視した所領獲得が横行したことはもちろん首肯できるのだが、「領主」としての一円支配をこの時点で指向できたかと言えば、古河周辺と五十子陣に諸将が集結・対峙している現状、乱を生き抜くために階層的な家臣団の形成と他領への侵入(強入部)は行われるものの、まだそうしたところまでは至ることができずようやく萌芽し胎動し始めたというのが実情なのではないだろうか。

    また永享の乱が応仁・文明の乱へ波及したという主張だが、堀越公方・足利政知に帯同し積極的に外交攻勢を仕掛けていた渋川義鏡の息子が斯波義廉ということを大きな論拠にしているようだが、しかし、関東の上杉氏を後押しし古河公方・足利成氏を潰そうとしていた将軍・足利義政と管領・細川勝元に対し、両者の和睦を進めようとしていたとする斯波義廉・畠山義就・山名宗全の路線の対立という論理構成からするとむしろ真逆の立場であると言え、そもそもそうした対立構造が大戦にまで結び付くかと言うとそこはようようと納得できるものではない。(この手の論述はたまに歴史書でも見かけるが、そのようなことだけで普通は戦争にはならないと思うが如何?)
    そもそも堀越公方・政知は結果として伊豆以東へ進出するのを最後まで味方であるはずの上杉方に阻まれており、渋川義鏡がそこまで力を持ったのかという疑問もある。
    応仁・文明の乱の発生はやはり、それぞれの家内部の矛盾構造がそれぞれの利害関係に結びついたということが応仁・文明の乱の原因であり、享徳の乱との連動が一因であるとは思うがあたかもそれだけのように「波及」したとまでは言い過ぎのように思える。

    逆に本書で良かったと思える点は、新田岩松家純や太田道灌、長尾景春といった乱で活躍した武将らにスポットライトを浴びせたことだろう。
    特に太田道灌や私利私欲に走る長尾景春の動向などはとても面白かった。新田岩松家純の私利私欲ぶりも面白かったのだが、著者が狂言回し役と位置付けていた割にはそこまでの働きはなかったようにも思う。(笑)(近年の呉座勇一の『応仁の乱 - 戦国時代を生んだ大乱』もそうであったが、最近狂言回し役を立てるのが流行っているのかな?)
    ただ、自分としてはより乱に直接的な立場であった古河公方・足利成氏とか、対する上杉方の要の関東管領・上杉房顕、越後守護・上杉房定と子息の顕定などの動向がもっと知りたかったので、乱の経過の記述としては少し物足りなさも感じたところである。
    乱そのものについては、室町時代に関東で発生した有数の大乱であったにもかかわらず、われわれ後世の人々にはあまり知られておらず、こうしたところを掘り起こし世に知らしめた点においては高く評価できる。

    0
    2018年09月30日

    Posted by ブクログ

    15世紀の関東で起きた内乱を描く。筆者は教科書にも載るようになったというが、正直記憶にない。少し後に起きた応仁の乱に比べれば扱いは小さいのが実情だろう。
    だが、この書を読んで、享徳の乱はもちろん鎌倉幕府滅亡以降の関東の歴史を知っていなければ、戦国時代に繋がる流れを理解できないと感じた。北条早雲は享徳の乱の戦後処理の間隙からのし上がったし、上杉謙信は上杉家の名前と関東管領の役職を移譲され関東武士の調停者として振舞っていた。
    本書は複雑な関東の動きを分かりやすく描き、その重要性を認識させてくれる。
    筆者はかなり高齢な人で、冒頭マルクス主義的な視点を覗かせることもあったが、それが全体を通して結論を歪めている印象はなかった。

    0
    2018年05月02日

    Posted by ブクログ

    『戦国時代は関東から始まった』
    と言う主張は、まぁそう言っても良いのかなと思った。
    ただ、『応仁・文明の乱は関東の大乱が波及して起きた』
    の方は、そう言い切るほどの説得力があったとはいえない。

    ちょいちょい地図も出てきて理解を助けてくれた。
    ただやっぱり登場人物が多くてこんがらがる。

    ちなみに再読。

    0
    2023年12月16日

    Posted by ブクログ

    応仁の乱より前に関東で勃発した大乱を「享徳の乱」として、応仁の乱勃発の要因、そして戦国時代の到来の起源という説を提唱する著者の渾身の一冊。
    応仁の乱もそうだけど、鎌倉時代の源頼朝や源義経、建武の新政から室町幕府スタート期の足利尊氏や楠木正成、そして戦国時代の織田信長や豊臣秀吉などの、軸となるスター武将が不在なたため、人物相関も含めて中々複雑で、またそれにより新たな時代の幕開けになった訳でもなく、より混沌とした戦国時代に突入し、登場人物の多くがその混沌の中で没落していった事から、カオスで興味深いはずなのにイマイチ地味だった時代だが、改めて読んでみると面白い。
    けど理解を深めるには、もっと頭を整理しないと。

    0
    2023年05月04日

    Posted by ブクログ

     1454年、鎌倉公方足利成氏による関東管領上杉憲忠の謀殺を機に、以後28年にわたり続いた関東の内戦=享徳の乱の全容を明らかにしている。応仁・文明の乱をもって戦国時代のはじまりと見做す通説に対し、先行する享徳の乱こそ中世の守護領国体制・荘園制の変質・崩壊をもたらした画期であったことを明快に示している。応仁の乱の原因についても、享徳の乱への介入をめぐる幕政の路線対立を主因とし、むしろ関東の内戦が畿内に飛び火したと解釈しているが、この点についてはより精緻な検証が必要だと思われる。

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    2018年09月11日

    Posted by ブクログ

    戦国時代のはじまりは応仁の乱ではなく関東で争われた享徳の乱であるとする峰岸純夫先生のご高説。
    歴史学の大家にふさわしく、こまごまとした史料を集めて当時の戦国領主化へと動き出した国衆の様子を明らかにしていますが、その重箱の隅をつつくような作業からでは歴史のダイナミズムを把握できないのは、仕方のないことですが残念です。

    0
    2018年02月13日

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