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「労働」の神格化をあざけり倒し、「1日最長3時間労働」を提唱。120年以上も前にマルクスの娘婿が発した批判の矢が、〈今〉を深々と射抜く。「売られた食欲」等収録。プレカリアートも必読!
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Posted by ブクログ
プロレタリアート諸君。金のために働くのは奴隷になるということだ。労働は一日3時間で十分。怠ける権利を主張しよう。
「働かざるもの食うべからず」というフレーズは現代でも当たり前のこととして受け入れられている。著者のラファルグは、その常識を真っ向から否定する。労働は最悪の奴隷的束縛だと。
最初は、何を言い出すのか、と思った。
働き口が無くて生活に困っている人からすれば、腹が立つことですらあるだろう。しかし、色々考えてみると、確かに今の社会がおかしいのかも知れないと思うところもある。テクノロジーは着実に発展しているはずなのに、どうして人間は未だにあくせく働いているのだろうか。ましてや、働き過ぎで死んでしまう人が出てくるとは、どういうことだろう。少なくとも僕が夢描いていた21世紀は、こんなものでは無かった。
労働を素晴らしいものとする価値観の裏で、過剰な労働が人を疲弊させ、時には死に追いやっている現実がある。擦り減っていく労働者の陰で、資本家は富を増大させていく。これは、構造として見た場合、違うとは言えないだろう。
仕事が趣味という人もいる。確かに仕事にはおもしろい面があることも間違いない。一方で、生きていくために、仕方なく過酷な(残酷な)労働条件を受け入れてしまう人々もいることを忘れるわけにはいかない。ひたすら労働を美徳とし奨励することは、場合によっては悪魔の所業となり得るのだ。
『怠ける権利』の初版原文が発表されたのは1880年ごろのことだ。この100年以上も前の文章が、今なお過激であり続けることは、反省に値することではないだろうか。いかに実現が難しかろうと、働かなければ生きられない世界より、働かなくても生きられる世界の方が、より望ましいだろう。だとしたら、とっくの昔にそれが理想に掲げられ、労働は人類が克服すべき忌まわしいものである、と考えられていても良かったはずだ。
みんなが怠惰を第一として行動しだしたら、それはそれで困る事も出てくるだろう。しかし、度を越した勤勉さが、時として死者を生むことに問題があることも確かだ。僕たちは労働や資本とうまく付き合ってきたと言えるのか、今一度反省してみる必要があるのではないだろうか。
Posted by ブクログ
過剰労働のために生産物が余る。労働者は怠けるべきだ。
生産力を高めるには労働時間を短縮し祭日を増やすこと。
アテナイで公民とは、防衛と行政管理を行う貴族のこと。そのために全時間の自由をもたねばならぬので、一切の労働を奴隷に担わせた。スパルタでは、女でも紡ぎも織りもしてはならなかった。ローマ人は国庫のまかないで暮らした。
キケロ「金のために労働をくれてやるものはだれでも自分自身を売って奴隷の位置に身を落とす」
古代は戦争が常態であった。自由人はそのための備えが必要。奴隷が生産をしなければ、自由人はその務めを果たせなかった。
資本教という教義。資本は商品が売れる値段で評価を定める。職業の中で、性の商売以上に金になる肉体労働や知識労働はない。
売られた食欲。他人を利用することが進んでも、懐妊能力と消化能力だけは、商品化できない。
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