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壮絶な介護の末に母を送ったあの日から10年。いま、冬子は自ら終わりを見据えはじめる……正面から「人生」と向き合い問い続けた先に開ける、真の自由を描く著者20年ぶりの傑作長篇!
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Posted by ブクログ
何十年ぶりかで落合恵子さんの本を読んだ。 さすがに凄い人。 ほぼ自伝的ストーリー。 辛い時期の中に没頭している間は、 泣きたくても泣けない。 なすべきことが終わったとき、 止めどなく涙が溢れる。 すべての悲しみを癒やすように。
人としてきちんと生き続けて、誰にも心配をかけないような強い生き方をしているから、人間としての感情が溢れる表現の一つもできない。生きることの大変さ、美しさ、儚く健気な世界を魅せてくれました。とてもよかったです。
いつもながら潔い。 ほぼ自伝なんだろう。 濃密な母子の時。 落合さんの介護の話を書いた本はほとんど読んできたので、介護の話にはそれほどの新鮮味はなかったけれど、 彼女の子どもの頃の記憶と交互に語るので、ああ、子どもってこんなことを考えるんだなあと。 「母より先に死ぬのが何より怖かった」と。 自分がそ...続きを読むんなにも大切な愛された存在だと思えることはやはり幸せだ。
7年の介護を経て母を看取り、愛したひとや親しい友人たちもこの世を去った。自身にも病の影がさし、経営する絵本の書店も信頼できる部下に譲った。その時の72歳の主人公の境地が、強烈に羨ましい。 「いつでも死ねる。それは、なにより大きな安堵だった。~それは、大きな解放、自由だった。」 人間はいつ、何を納得す...続きを読むれば、死を了解し受け容れられるのだろう?
認知症の母親の介護をいかに娘として向き合って行くのかが、赤裸々に書かれている。 親を看取るための壮絶な毎日だが、冬子自身が倒れてはならないと、決意の重さが伝わった。 後半は、仕事を通じた友人などとの別れ。 72歳になるまでに、こんな経験をしたからこそ感じるものが、淡々と書かれていて、ラストは重いテー...続きを読むマでありながら、読後感はとても良かった。
子どもが小さかった頃、お世話になったクレヨンハウス。 最近またご縁が出来て、本を購入するようになった。 懐かしくて、若い頃夢中になって読んだ落合さんの本を 再び手に取ってみた。 この本は落合さんにとっても21年振りの小説らしい。 あの頃はわからなかったことが、20年以上たってようやくわかるようになっ...続きを読むてきた気がする。 ずっと子どもの頃から落合さんが社会に対して感じていた疑問や違和感は、 令和の世の中になっても、ちっとも解消していないんだろうなぁ。 体験者にしか書けないであろう認知症介護のリアルな姿や、人生の終い方について・・・ やっぱり私にとって落合さんの本は、いつも人生の先を行く素敵なお手本だと改めて感じた。
【母と娘の血縁と解放】 語りての冬子が認知症になった母を介護しているシーンから始まり、 半ば、7年にわたる介護を終えますが、 自身の人生の終わりを意識した終わりにいたるまで、 母の生き様が冬子の生き方の土台にあるような、 そんなお話でした。 フィクションですが、著者の体験記的小説となっているようです...続きを読む。 ・・・ シングルマザーとして冬子を育ててきた母。 神経症を患いながらも、一人娘を育て上げる。 冬子は10代から、母とは一定の距離を置き生きてきていた。 22歳で新卒で入った出版社を31歳まで勤めたのち、独立し、絵本書店「ひろば」を始める。 そして今は自分が母の世話をする。 子どものような無垢な母。 すぐ、「あっち側」に行ってしまう母。 母に育てられた日々を思い返さずにはいられない。 母はどんな思いで生きてきたのか。 __子どもという存在が、大人を「こっち側」に引き留めておくのだ。(本文より) 神経症の症状がなくなったのは、祖母(母の母)が他界したとき、冬子の実の父が他界したとき、だったか。 それは母にとっての何かしらの解放だったのか。 そしてふと訪れた7年の介護への終止符。 いつしか自分も老いていく。 __いくつかの死を体験して、子どるの頃の重圧であり、母の介護が始まってから再びの重圧となった死への恐怖は、すでにいまのわたしにはなかった。 わたしが子どもを迎えたいと思わなかったのも、子であることの重さに耐えられないと思ったからかもしれない。この母のために死んではならないという思い詰めた日々。なんという重さだったろうか。わたしという子どもを迎えた母も、同質の重さをずっと抱えていたに違いない。血縁という鎖を先に解くことができたのは、認知症になった母のほうだったが。(本文より) 72歳になった冬子が、41年間続けてきた「ひろば」の経営を、信頼する同僚に譲り渡すところで、ストーリーは終わる。 ・・・ かけがえのない親との関係、 それを分かっていてもどうにもならない何かがある。 解放でもあり、未練でもあり、常に両面が合わさっているような経験。 どんなに考えても知ることはできないお互いへの思いが二人をつなぎ、突っ放し、引き戻し、その存在を受け入れるときに、緩まるような。 私たちもそれぞれに避けては通れない、関係の変化をもたらす出来事を経て、この奇妙なつながりを思い返し、付き合い方を学んでいくのだろうと思いました。
読み終わってまず、著者の体調が心配になった。 だって冬子は体の異変を感じ、精密検査の結果を待つとこで終わるんだもの。 いつも若々しい落合さんも73歳なんだものね。 お母さんを自宅で10年以上介護して著者が幼い頃から強迫神経症と闘ってきていたおかあさんと一緒に落合さんも闘っていたんだね。
小学校高学年から落合さんのエッセイが好きだった。彼女が介護の後、お母様を見送ってからの初めての小説。期待したけど、ちょっもあまりにも私小説過ぎて、生々しくて、引いた。「次」を書く気力精力はなかなか出てこないのかな。
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落合恵子
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