無料マンガ・ラノベなど、豊富なラインナップで201万冊以上配信中!
※アプリの閲覧環境は最新バージョンのものです。
Posted by ブクログ
そもそもなぜこの本に出会ったかは忘れてしまったが、この時代にアパレル企業、しかもニットの会社を立ち上げるって相当勇気があるなーと。それも気仙沼で。だが、セーターの写真を見て読もうと決めた。
手編みのニットは、いろいろな点で相当の高レベルでないと商品として売れるものにならない。気仙沼は、手編みのニットを商品として生産し会社として成立させられる諸条件がそろっていた・・・かもしれないけれど、復興もまだまだの環境で、多様な働き方を可能にした上で、きちんと会社になったのは、著者の頑張りなしにはできなかっただろうと思う。
昨今はユニクロや無印良品でそこそこのカシミアのニットが手に入るけれども、単色でデザインはないに等しいし、おしゃれを楽しめるとは言いがたい。だから?今シーズンは模様編みの入った、アランセーターもどきが出回ったけれど、やはり本物の手編みのアランセーターの立体感や質感、存在感にはかなわない。やっぱり、いいものはいい、のですよ。だから、今後もビジネスは続けられると思うけれど。。。ウールのニットだけでは秋冬にしか需要がないってのはどうなのかなぁ。毛糸を作るところからかかわっていくという点はこの会社の商品を作る上で重要ポイントだとは思うが、素材がコットンの糸であっても、売れるんじゃないですかね。それからこの著者で社長の御手洗さん、経歴から言って、社長を辞めても不思議ではないと思うのは私だけだろうか。
個人的なことながら、この会社のニットのデザインをしている三國万里子さんは、私の記憶にある唯一のニット作家。いつか作ってみたいセーターがあって、その編み図をコピーして手元に残したのが3年ぐらい前ですが、確認したら三國万里子さんの本に載っているガンジーセーターで、デザインはエチュードにそっくりでした。でも私が自分で編む日はやってこないかも。。。
Posted by ブクログ
東日本大震災の被災地気仙沼で、手編みのセーターを製造販売する会社、「気仙沼ニッティング」を経営する御手洗瑞子さんの著書。
材料である毛糸にもこだわり、オーダーメイドで作られるセーターの価格は決して手頃ではないが、非常に人気があって予約で一杯らしい。震災でたくさんのものを失ってしまった方々が、とっても明るくセーターを編んでいる姿、そして御手洗さんが実践した、地域経済の循環という考えにとても感銘を受けた。気仙沼ニッティングの本業は、セーターを通じて購入者や編み手、そして地域の人々を笑顔にする事なのだと思う。
災害からの復興と編み物という仕事は、地道で時間がかかるという点ではチョット似ているなと感じた。いつの日か気仙沼を訪れ、海が見えるお店でセーターを試着してみたいものだ、そして気仙沼ホルモンもぜひ食べてみたい。
Posted by ブクログ
本書は、今年読んだ本の中で皆さんに最もオススメしたい本です。
皆さんがもし、あの『ほぼ日刊イトイ新聞』の糸井重里さんから、
「気仙沼で編み物の会社をやりたいんだけどさ。やってみない?」って言われたら
どうしますか?
この物語は、そんな一言からスタートしました。
東北の震災から1年過ぎた2012年6月に、気仙沼ニッティングは
「ほぼ日」のプロジェクトとしてスタートした。
まずは何も無い状態からのスタートで、冬が始まる半年後には
商品を販売しなければなりません。
大慌てで作戦会議。
決めたのは3点。
①「世界で一番かっこいい」、王道のものを作る。
②最初のプロダクトは、白いフィッシャーマンズのカーディガン
③オーダーメイドで編み上げる。
なぜフィッシャーマンズのカーディガンかというと、
世界中で流行した手編みセーターの産地がアラン諸島で、その場所で生まれたのが
フィッシャーマンズのカーディガンだったからだそうです。
さあ、方向性は決まったが、編み手がまだいません。
編んでもらえる方と出会うために、「編み物のワークショップ」を始めました。
定員30名の会場が満員になりました。
手編みを教える方も自分で編むのはいいが、人に教えるのは初めてだから
てんてこ舞いの状態。
それでも会場は笑顔があふれて楽しい時間が過ぎていった。
さて、上手な編み手を探して声をかけました。
そして4名の初めての編み手が誕生しました。
最初のオーダーは4着。
その注文に大勢の方の注文依頼が入りました。
抽選で決めました。
その値段はビックリな価格なので、本書で確かめてくださいね。
2013年6月に法人化して、10ヶ月後の2014年3月に初年度を終えて、
15人の編み手が加わり、さらに2月に10名加わって合計30名。
そして、何と初年度に黒字決算です。
その結果、気仙沼市役所の公式ツイッターでこんなツイートが。
「気仙沼ニッティングさんから『初年度、黒字となり市に納税できます』と嬉しい
報告がありました。結果報告にあみ手の皆さんがすごく喜ばれたとのこと。
この取組みに心から感謝します」というサプライズツイートにビックリ。
まさか市役所から感謝の言葉が聞けるとは思わなかった。
この本には、その他、楽しい仲間とのふれあいが書かれていて、
読んでいて、気持がよくなる。
Posted by ブクログ
被災地で起業、初年度から黒字、社長は東大卒マッキンゼー出身の女性。。。これだけでも話題性は十分なのだが、自分自身、気仙沼に何度も訪れ、より身近な存在として、この「物語」に触れてみたい、という想いでこの本を楽しみにしていた。
気仙沼の人々の気質、街の独自性など思い当たるところが多々あり、その”身近さ”を改めて確認できたような気がする。
読んでみて感じたことは、間違いなく、現在に至るまでに困難な局面は色々とあったと思うのだが、とても”自然”なスタンスでビジネスを成功させているということ。
当然、成功の方程式が最初からあったわけではないのだが、今振り返ると、それにヒットしている数々のファクターを押さえている。まさに新しいビジネスモデルを構築したということなのだろう。
被災地の復興の中で、様々な新しい取り組みが出てきているが、気仙沼ニッティングからも、地方の活性化におけるヒントを多く見出すことができる。
〇そこに住む人も含めた街の特徴、独自性を活かす。
〇やはり人が大切で、それにはこじんまりとした街で威力を発揮する。
〇インターネットにより物理的な場所は今まで以上に制約にならなくなっている。
〇当社でも活用しているインターシップも一例だが、ヒューマンの部分で都市と地方を繋ぐモチベーションが高まっている。
御手洗社長が思う「企業文化」は、至ってベーシックなもの。それは本著でも採り上げられている老舗企業にも通じること。
読者を惹きつける文章、流石にコンサルティング会社出身者。
ただ、ビジネスライクではなく、とても温かい文章でもある。
最後に自分の会社を気仙沼の「つづじの山」に例える部分等、温かい文章の中にも確りとした芯や軸を感じることができ、読んでいて「ひっかかるモノ」がある。
「ひっかかるモノ」とは、巷のビジネス書とは違った何か。
御手洗社長が目指す、100年続く会社、そして気仙沼という街が編み物でグローバルに認知されるようになり若い人も含めて編み物文化が浸透すること、全てが、とても素晴らしいことだと思う。
それはそれとして、早くセーターを買いにメモリーズに伺いたい!
以下引用~
・「千住博さんが語った好きなエピソードがあるのです。人が絵画を見て本当に感動するのは、絵そのものというより、美しい絵を描こうとして作家が闘った痕跡を感じるから、というものです」
これはもしかしたら、編み物にも通ずるのかもしれないなぁと思いました。
・エルメスは毎年20万点もの種類の商品を提案しているのだそうですが、「売れ筋」はやたらとつくらないときめているのだそうです。「売れそうなもの」では無く「こういうものがあったらいいな」と思うものに挑戦するのだそうです。
・本当に考え抜き、妥協なくつくった「いいもの」は、時を経ても価値が続き、文化を越えて国境を越えて人に通ずるのだということも伝わってきました。
気仙沼ニッティングも「いいのものをつくる会社」として頑張っていきましょう!
・(エルメスについて)短期的な売上だけを考えれば、バーキン専業の職人を雇い、バーキンを増産することもできる。
でも長期的に考えれば、それではいつか職人を解雇することになりかねず、そういう職場になってしまえば、ものづくりを支える職人の心意気は保てない。
世界でこれだけ圧倒的なブランドを築いていてもなお、ここまで誠実に職人に向き合い、いいものをつくることを目指している姿勢にただただ頭が下がり、また、気仙沼ニッティングもそうありたいと共感しました。
・気仙沼ニッティングに人が集まった最大のポイントは「家で自分のペースでできる仕事だったから」であろうと思います。
(気仙沼で働く場合、働く場が限られてしまうことから、このようなニーズに応える人が存在する)
Posted by ブクログ
東日本大震災後に、甚大な被害があった気仙沼市で編み物の会社を始めた御手洗氏のお話。読みやすく、文才を感じた。
株式会社気仙沼ニッティングを、どのように始めて、どのように広げていったのか、という話だが、なるほどなと思ったのは、生業がいかに大切かというくだり。
衣食住が揃っても、仕事にでかけて給料をもらってそのお金で食材を買ってごはんを作る、といった生活のサイクルがないと復興とはいえない。そしてそこは行政だけではどうしようもないところで、こうした新しい動きが重要になってくるのだろう。
気仙沼という地方において、手編みの高級商品を売るというのは、筆者記載のとおりメリットもあったし、地域特性にもマッチしたものだったのだろうが、やはり被災地だったことやそもそもの動きとしてコアなファンがいる「ほぼ日」ブランドがあったということは大前提としてある話。ただ、そうしたインセンティブをうまく生かして軌道に乗せたのはすばらしい。百年続く老舗になってほしいと心から願う。
※アプリの閲覧環境は最新バージョンのものです。