Posted by ブクログ
2014年08月28日
「何が欲しいかという人々の言葉に基づいて製品や広告を企画する物は、まったくの馬鹿者だ。」クラフト、ネスレ、ケロッグ、ゼネラル・ミルズ、ナビスコという食品大手企業や穀物メジャーのカーギル、ADM、コカコーラ対ペプシ、マクドナルドを始めとするファーストフードにコンビニのジャンクフード。彼らによって安くて...続きを読む高カロリーで手軽な食品は消費者に届けられる。健康的な食事が讃えられ、肥満や高血圧といった生活習慣病が問題になるというのにどうやって食品会社は売り上げを伸ばしていっているのか。
この本の原題はそのものずばりSALT,SUGAR,FAT。やめられない、止まらないこの魔力的な力に花を添えるのが色々な規制をかいくぐった広告や包装や商品イメージだ。合成着色料、保存料、異性化糖、精白糖に精白小麦、トランス脂肪酸と言った名前は身体に悪い食べ物として人によっては異常に気をつける。さらには上海の食品会社であった様な消費期限の問題や中国だと成長ホルモンなどもよく話題に上る。それらと同等以上に健康に対して被害があるのに思ったほどには敵視されていないのが「塩、糖分、脂肪」なのだ。
糖分を摂ると脳の報酬系、いわゆる快感回路を直撃する。最初は糖分により多幸感が得られるのだが依存症化すると糖分を摂取しないことに我慢ができなくなる。ニコチン中毒や薬物依存も同じ報酬系に働きかけているのだ。人間は糖分が多い味を好きだと感じるようにできているが、あるレベルを超えると魅力が減退する=飽きるようになる。この最適な「至福ポイント」を研究し尽くした食品業界の伝説的なコンサルタント、ハワード・モスコウィッツは炭酸飲料は飲まないし、健康に気をつけパンを食べる量も控えめにしている。
1800年代から1940年までの間朝食用シリアルにほとんど糖分は入っていなかった。コーンフレークを発明したケロッグ博士は砂糖に禁欲的だったのが1949年にポスト社(ゼネラルフーヅ)が砂糖でコーティングしたシリアルを発売すると瞬く間に他者にも拡がり、仕事を持つ母親にとってはシリアルは手間がかからない便利な朝食だった。1975年にアイラ・シャノンという消費者が立ち上がり78種のシリアルの成分を調べたところ1/3は糖分量が10〜25%で1/3は50%近く、最高で71%が糖分だった。このキャンペーンに打撃を受けた食品会社は品名からシュガーを外し、ある程度糖分を抑えはしたが「集中力が増す」「フルーツの香り」と言ったイメージ戦略に切り替え、ヘビーユーザーに狙いを定めて商品を届けている。有名なコカ対ペプシ戦争で一敗地にまみれたコカコーラはダメージを負ったのか?実は両者とも売り上げを伸ばしている。
脂肪も糖分同様に報酬系に働きかける。しかも糖分と違って脂肪にはこれ以上必要ないというポイントが存在しない。酪農業界が低脂肪乳のキャンペーンに使った手も見事で、元々3%程度の脂肪分を2%や低脂肪と表示していかにも身体にいいイメージを植え付けた。米国人は現在チーズの類いを1人あたり年間15KG食べているがこれは1970年代の3倍にあたり、炭酸飲料でさえこの間の増加は2倍どまりだ。
15KGのチーズのカロリーは成人一人の1ヶ月分の必要カロリーをまかない、飽和脂肪酸は推奨される年間上限の50%、3.1KGにもなる。チーズは単独の食品としてだけでなく、ピザ、サンドイッチやありとあらゆる加工食品に使われている。クラフトが開発した冷蔵せず何ヶ月も日持ちする工業的に処理(といっても暖めてかき混ぜることなのだが)したチーズは模造チーズやら何やらの食欲を失う名前を退け、「プロセスチーズ」としての地位を確立した。
脂肪分を減らそうとした消費者が牛乳の消費量を減らしたのに対し、連邦政府は買い取りによる価格維持政策を続け脂肪分を取り除いた牛乳を販売し続けるとともに、大量に余る脂肪分をチーズとして供給した。レーガン政権が牛乳への補助を打ち切ろうとした85年農務省はマーケティングが不得手な牛肉産業と酪農業者に変わり、牛乳100ポンドにつき15セント牛が売買されるたびに1ドルを天引きで徴収しマーケティング費用に充てるプログラムを用意した。牛肉のマーケティング費用は年間8千万ドルを超え、一方で農務省が健康的な食生活をプロモーションするための費用は年間650万ドルだった。しかもこの費用は脂肪だけでなく、塩分や糖分のカットも訴える勝ち目のない戦いだ。
牛肉の消費を推進するもう一つの武器が悪名高い「ピンクスライム」。元々ペットフードなどの製造に回されていた最大70%と脂肪分の多い肉を遠心分離機にかけ脂肪分を分離させる。そして食肉工場で他のクズ肉と混ぜ合わされ、殺菌のためアンモニア処理をすると出来上がるのがピンクスライムだ。脱脂牛肉の原料として使われるのは解体中に糞便が付着しやすく大腸菌汚染の怖れが他の部位よりも高い。ピンクスライムはさじ加減を間違えると強烈なアンモニア臭か大腸菌のいずれかが残るが1ポンドあたり3セント節約できるのだ。
塩分はドレッシング、ソース、スープといったありとあらゆる商品に大量に投入されており、低脂肪・低糖食品さえ例外でない。2012年の研究によると赤ちゃんは生まれた時から喜ぶが塩分はそうではなく、塩分を与え続けた子供は大きくなるとより塩分を好むようになる。塩味の好みは後天的に獲得する物なのだ。ハーブやスパイスを使えば塩分を控えめにしてもおいしい商品はできるが一番の違いはコストだ。
糖分や脂肪にも言えることだが低コストで高カロリーで消費者に好まれる味でしかも原料として安い。これを拒否するのは食品メーカーにとっては売り上げ減と利益減を意味するためそう言う決定はなかなかできない。だからこれまで何かが悪者になるとその成分を減らし、こっそり別の成分を増やしてきたのだ。スナック菓子に含まれる塩分量は増え続けここでもヘビーユーザーに狙いを付けている。不規則な食事習慣をスナックで補う人が増え手軽で高カロリーで塩分たっぷりのスナックやファーストフードが食事の代わりになって行く。
中国が安いエネルギーを必要としとうとう我慢できなりつつある大気汚染にも関わらず石炭を燃やし続けるようにアメリカの貧しい家庭では食事の手間を省くため安いカロリー源としてファストフードやスナックが食べられ続ける。ネスレのように同じだけの至福感を糖や脂肪や塩分を減らして得られる様な製品の開発を続ける企業もあるが、これまでのところはそう言う取り組みはあまり成功してこなかった。どうやらちゃんとした食事を食べられるということが贅沢なことになってしまっているらしい。