持たざる者の音楽、ストリートから生まれた言葉をリズムに乗せて刻む。15人の日本語ラッパーの物語。
紹介順に田我流、NORIKIYO、鬼、ZONE THE DARKNESS、小林勝行、B.I.G. JOE、レイト、チプルソ、ERA、志人、RUMI、ANARCHY、Twigy、TOKONA-X、ILL-BOSSTINO/THA BLUE HERB。全然知りません(笑)
日本語のラップで言えば知っているのは古くは咲坂と桃内のスネークマンショーの「噂のカム・トゥ・ハワイ」が82年、吉幾三の「おら東京さ行ぐだ」が85年、しかしこれはヒップホップの文化とは違う流れの様だ。ヒップホップの要素の一つブレイクダンスが日本で知られたのが83年の映画「フラッシュダンス」そしてRUN-DMCのWALK THIS WAYがヒットしたのが86年で日本にヒップホップが伝わりだしたのがこのころからのようだ。TwigyやILL-BOSSTINOは1971年生まれでちょうどこのころヒップホップに出会った日本のヒップホップ第一世代だ。90年代のラップブームは94年のEAST END & YURIの「DA.YO.NE.」(ちなみにB面の「素直に」の方が好きだ)やスチャダラパー&小沢健二の「今夜はブギーバック」などコミカルな要素が強い。スネークマンショーも吉幾三もそうか。
それにしても悪い奴が多い。暴走族ていどではなく日本で3例目の決闘罪の適用やカード詐欺、麻薬の密輸や高校時代のオレオレ詐欺などこの辺りは全く共感できない。しかし例えばZONE THE DARKNESSは少年院で考え続けた時の話をこう語る。「少年院に入ってくるやつって、抱えてる問題がみんな一緒で、なんていうんだろうな、結局、辛いこととか現実と向き合えないっていうことがひとつと、あとは見栄っ張りっていうか、自分を強く見せようとするっていうか、そのふたつだけなんですよ。」そして今では「けっきょく、普通に働くのが一番大変だし、普通に暮らすことが一番大変だし、でもそれが一番幸せな気がします。前は、普通のサラリーマンのひととか、だっせーなって思ってたけど、いまはいやいやちがうって。何十年も満員電車で通勤して、マイホーム買えるって、立派ですよね。ストリートよりよっぽどサバイブしてるっていうか(笑)。ー中略ーただ普通なだけじゃそれはそれでつまらないし、悪いことを経験した上でっていうのはもちろんあるんですけど。普通の生活をして、普通の人の目線で、普通の人の気持ちじゃないと、普通の人に届かないって思うんですよね。」・・・普通だ。