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自分の心に正直に生きるのが,今よりずっと大変だった明治・大正・昭和時代.文学のことばは鋭く優しく壁をこわし,生きづらさを飛びこえました.与謝野晶子,森鴎外&茉莉,泉鏡花,永井荷風――手紙がSNSに変わっても,ことばで考え,思いを伝える私たちに,レトロで新しいことばの宝石が,きっとパワーを与えてくれます.
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Posted by ブクログ
キスの文化を日本に持ち込んだのは、森鴎外だったのか! 「はじめに」から抜粋。 「晶子は、恋にあこがれる乙女はみんな戦争は大嫌い、と叫びました。鴎外は、自由にものを言う人を逮捕する国は滅びる、と予言しました。鏡花は、愛のない結婚は牢獄にひとしい、と若者を無視する空しい結婚制度を刺しました。荷風は、生...続きを読むきる喜びを知る人は勝ち負け競争が空しくなる、と街の戦勝騒ぎにそっぽを向きました。茉莉は、戦争中だっていつだって、私は花とお菓子が永遠に好き、と世間に高まる同調圧力を無視しました」 毎日新聞の書評委員の持田叙子さんが、与謝野晶子、森鴎外、泉鏡花、永井荷風、森茉莉について、書いた本。名前はよく知っているが、あまりまともに読んだことがなかった文豪たち。それぞれの人間性やエピソードが書かれていて、とても身近に感じることが出来た。
持田叙子(のぶこ)さんは、私の推し文芸批評家。持ちネタは近代文学なんだけど、今回見事に5人の作家の新たな側面を浮き彫りにしました。今の中学生に、少しとっつきにくい近代作家を読んで貰おうと、持田さんが全力を尽くして書いているのがよくわかります。 この前行った大阪堺出身の歌人、にして(これは私だけの表...続きを読む現ですが)思想家、与謝野晶子の章が鮮烈です。 その子二十(はたち)櫛にながるる黒髪のおごりの春のうつくしきかな(第一歌集『みだれ髪』より) 「晶子は(低い地位の若い女性に)熱い血汐をあたえ、大胆になびく黒髪をあたえ、やわらかい肌をあたえ、自由の女神としたのです」(16p) 朝ドラ「風、薫る」で分かるように、明治時代、頭で「結ばない」髪は御法度でした。その髪型の解放は、女性史の中でも大きな意味がありました。 有名な「君(弟のこと)死にたまうことなかれ」の詩の発表は、日露戦争時、1904年でした。教育勅語体制が完成した1930年代ならば、おそらく牢獄行きだったかもしれませんが、晶子は出てきた「批判」を完膚無きまでに論駁します。彼女の論理は、現代にも通じます。 前回の旅で、私は晶子をつくったのは「堺の自由な精神」だろうと見当をつけました。読むと、決して「老舗菓子店のお嬢様」ではなく「父親からの抑圧厳しい」少女期を過ごしたこともわかりました。きっと少女期に決定的な出会いがあったはず。誰か、小説にしないかな。 あと私の推し作家2人について、発見したことを少し。 森鴎外。デビュー作「舞姫」について。ドイツ留学中に踊子と恋して、日本に帰って仕舞う国費留学生の話です。鴎外の経験を元にして書いているので、古くから「この主人公許せない。結局、女と自分を天秤にかけて、自分をとった自己中だ」という批判が絶えない。持田さんは、「当時の家父長制の頂点にいる鴎外は、自分ではなく、もっと重いものを選ばざる得なかった」と擁護します。女と自分ではなく、個人と国家の問題なのである。私も同意します。 鴎外は、制約の中で最大限女性の自立を支援し、自由を擁護した作家でした。大逆事件に際して、鴎外は「学問の自由研究と芸術の自由発展を妨げる国は栄えるはずがない」(『文芸の主義』)とハッキリ言い切ったそう。これは私も知りませんでした。 永井荷風。 「近代日本でいちばん遊んだ文学者は誰でしょう? ピンポーン、答えはだんぜん荷風です。 よく学び、よく遊ぶ。これを実行しつづけた人生でした。遊ぶって、知力はもちろん体力・気合いが必要です。昭和34(1959)年、79歳で死ぬほぼ直前まで、愛する浅草へ遊びにゆきました。年とってから猛然と好きになったかつ丼を食し、大好きな森鴎外の評伝小説「渋江抽斎」を読んで、ひとり家で絶命したのです。お見事! 自分のスキをつらぬいた荷風に敬意を表します。今とちがって個人が自由に生きることが困難な時代に、彼は「心の自由」(荷風の日記のことば)を絶対に明け渡しませんでした。面白い楽しいことに夢中になる人は、人にいじわるしたり人とけんかしたりしない、とよくわかっていたのです。」(133p) 「自分のスキをつらぬいた人」と持田さんは喝破します。荷風本を何冊も書いている彼女の筆はすらすらと滑ります。 荷風とは「ハスの花を吹く風」という意味のペンネームだそうです。 パリ入りは1908年(29歳)。仕事や留学のためではなく、無位無職、私費でパリへ遊学した人は近代日本で荷風がほぼ初めてだと言われています。 大正レストラン評『洋食論』(1917)東京倶楽部、風月堂、芝口有楽軒、神田宝亭、麹町富士見軒、日本橋鴻の巣。『洋服論』(1916)も面白い。 読んだことはないけど、日本でもっとも早く本格ボーイズラブ小説を書いたのは、森茉莉『恋人たちの森』(1961)だそう。「本格」以外では、もっと早くからありそう。誰か読んで判断して欲しい。 目次 第一章 恋歌パワーで女子を解き放つ-与謝野晶子 コラム1 元祖肉食女子・晶子/コラム2 学校の掃除はだれがすべき? 第二章 恋愛とキスを輸入した軍医総監-森鷗外 コラム3 絶対おふろに入らなかった鷗外/コラム4 鷗外のソウルフードはた・ま・ご 第三章 愛の血刀で格差社会を斬る-泉鏡花 コラム5 鏡花の三十三個の指輪/コラム6 妖怪党、あつまれ! 第四章 平和と自由とシングルライフ-永井荷風 コラム7 レストランと喫茶店が好きすぎる/コラム8 明治生まれの国際人、洋装のマナーをおおいに語る 第五章 永遠の少女で何が悪い?-森茉莉 コラム9 ドイツから来た夢の箱/コラム10 お菓子は人生のお友だち 引用・参考文献一覧
女子中学生のために書かれたスタイルなので、大人読者にはやや慣れない文体ながら、なかなか良い本だった。 とにかく、作者がこの文が素敵だ!と強く感じ、全身でオススメしてくれているのを感じた。 荷風のところは、とくにオススメが強かったので、かつて多少読んだ荷風をまた読みたいと思った。 (私が覚えてることは...続きを読む、荷風がストリッパーと写真をとったり、わか◯酒とかやってたような酷い逸話だけでしたが…) 鴎外も、自分が年を取るに従ってだんだん良さがわかってきたかも。 鴎外のじいさんばあさん、私も面白く読んだ気がします。 本書は、与謝野晶子から始まる5人の文士の紹介だが、与謝野晶子の次が森鴎外、そして泉鏡花、永井荷風、森茉莉。 基本的に生まれた順の紹介なのに、与謝野晶子と森鴎外だけは生まれ順が逆。 この不統一はなんだろうと気になった。 あと、荷風の家は織田信長の子孫だとあって驚いた。 坂本龍馬は明智光秀の子孫(たぶん)だし、三島由紀夫は永井荷風の親戚ってきいた気がしますが。
昔も今もことばは自分を守る刃にもなれば、相手を傷つける刃にもなる。短文コミュニケーションが全盛の今だからこそ、日本語の美しさに目を向けるのもいいのかもしれない。
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