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LGBTに関する議論から取りこぼされてきたものがある。それが「アセクシュアル」「アロマンティック」などのセクシュアリティだ。アセクシュアルとは「他者に性的に惹かれない」という指向で、アロマンティックとは「他者に恋愛的に惹かれない」指向をいう。私たちは「誰しも他者を恋愛的な意味で『好き』になったり、性的な関係を持ちたいと思ったりするはずだ」という前提で日々を過ごしがちだが、そういった思い込みは彼らの存在を否定することになる。本書ではアセクシュアルやアロマンティックの人々の経験や置かれている状況、歴史、そして関連する用語や概念を詳細に解説し、性愛や恋愛の「常識」を再考する。
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Posted by ブクログ
昨冬のドラマ『冬のなんかさ、春のなんかね』でもアセクシュアルの人物が登場した。これがこの言葉との初めての出会いで、その後頭の片隅で気になっていたところ本書と巡り合うことができた。
前半はAro/Aceの歴史や定量的な調査の内容という具体的な話題が続く。ところが後半はいきなりフーコーの思想に接続し、「セクシャリティの装置」という用語に着眼することで、社会において抑圧されるAro/Aceの実態を照らし出していく。
後半で最重要となるキーワードは「強制的性愛」である。婚姻という社会制度として一般化されている仕組みは、性的な関係が前提とされている。恋愛と性愛の一体化によって、そこから逸脱する性愛を前提としない親密性が社会から見えにくくなり周縁化される。
さらに踏み込むと、性愛から距離がある立場に対しても社会の視線は冷たい。例えば、それは非モテや独身への風当たりの強さもその一つだろう。性に対してポジティブである立場が正常と認識される価値観が、知らないうちに内面化されている恐怖を感じる。
著者は、Aro/Aceは二項対立ではなく、スペクトラムであるという。年齢や環境で自認が変化する可能性を許容している。個人的に、20代のころと30代後半の現在で性に対する価値観や欲求は確かに変化しているという実感がある。この感覚を受け入れることも広い意味で「強制的性愛」に囚われない価値観の発芽であると思いたい。
本書が取り扱う内容は射程が広い。ジェンダーや人種、メディアとAro/Aceとの関連性まで論考は及ぶ。その根底にある「強制的性愛」を前提とした構造に対する問題意識に触れる体験は、ちょうど性愛との距離に違和感を覚えている今の自分の感覚を見つめなおす良い機会となった。私の視野を間違いなく広げてくれた一冊である。
Posted by ブクログ
この本は「アセクシャル・アロマンティック」を主に扱うとしながらも、その他のセクシュアリティなどについても言及されており、かなり充実感があったように思う。
クィアスタディーズでの重要な視点や論点についてかなり幅広く、かつ簡潔にまとめられているため、これからクィアスタディーズの入門書としても機能するのではないかと感じさせられた。
私は本書で紹介されていた「強制的性愛」や「異性愛規範」のレンズを通すことによって、さまざまな性的な言説に対して感じる違和感や不快感の原因を可視化することができるようになったと感じた。そもそもなぜ性的な関係が特別視されているのか、「男女間の友情が成立しない」という言説はなぜ生まれるのか、など、性に関しての疑問や違和感を感じているならば、この本はかなり有意義な視点を提供してくれるだろう。
Posted by ブクログ
女性に性的魅力を感じ、恋愛対象も女性という、いわゆる普通の私には体感としては
分からない世界。性的惹かれ、恋愛感情を持たない人たち。
でも、知っておかなければいけないと思う。
先日の参院選で躍進した政党は、男女しかありえん!と言い切る。
少数を切り捨てる。
そりゃ、そのほうが楽だ。いろんな人がいる、と思うと、複雑で、ややこしい。
でも、存在しているのだ。
流石に今は左利きの人を排除はしないだろう。1割存在する。
それと同じことなのだ。割合はもっと少ないかもしれないが、
性的に単純ではない人が相当数いるということは、知らなくてはいけない。
安易に、昔ながらの家族が一番、などといってはいけないのだ。
そんなものは実は存在しないのに。
選択的夫婦別姓を認めないのも根は同じ。
自分の古い、かつ、固定的な価値観を他人に押し付けるだけ。
何が、親の苗字が違うと子供がかわいそう、だ。
そういう形でよその子を気にするのであれば、学校給食がなくなると一日一食になる
家庭の子を心配しろ、ケアしろ、といいたい。
日本を愛する、などといって、実は自分の価値観しか認めていないのだ。
なので、難しい本だったが、私は学ぼうと思って、この新書を読んだ。
はじめに――「好きになる」とは
第1章 アセクシュアル/アロマンティックとは何か
第2章 Aro/Ace の歴史
第3章 Aro/Ace の実態調査
第4章 差別や悩み
第5章 強制的性愛とは何か
第6章 セクシュアリティの装置
第7章 結婚や親密性とセクシュアリティの結びつき
第8章 Aro/Ace の周縁化を捉えるために
第9章 Aro/Ace のレンズを通して見えてくるもの
おわりに
Posted by ブクログ
Aro/Aceについての説明だけでなく、Aro/Aceの視点から(異)性愛世界において当たり前とされている恋愛・性愛がらみの諸々に突っ込んでいく内容で、Aro/Aceというトピックに縁のなさそうな人ほど読んでほしい本。
自分自身恋愛的/性的関係性の実践に関心がないことで何か不快なことを言ってくる人々が周りに特にいなかったのであまり困ってないと思っていたが、実は今の社会構造の中で生きているだけで不利益を被ることがあるのだとわかった。
差別は排除(「恋愛感情が無いなんて普通じゃない」という非難)されたり存在を抹消(「まだいい人に出会ってないだけ」と言われカミングアウトを否定される)されたりというコミュニケーション上で起こる差別の他にストレートに金銭や生活が絡んでくるような法や社会経済の構造による差別もあるので、個々人が"寛容な"マインドを持ってそれで解決というわけではない。
同性婚に関しても単に可能にするだけでなく結婚に付いてくる様々な権利義務を外し、結婚を最小化する必要がある。そもそも婚姻関係単位の福祉システムそのものが(この国においては異性愛の)恋愛的指向や性的指向を持っていてそのような関係に至りやすい人々を特別扱いする不公平なもので、自立した大人二人の関係に特に保護は要らないのだから完全個人単位やケアする人―される人(親子など)単位にすべきだが、日本という極めて保守的な国でこんなコストのかかる大工事ができるのは何十年後になるのやら……と仄暗い気持ちになった。
Posted by ブクログ
LGBTや性的マイノリティの存在が知られるようになって(2015年に渋谷区と世田谷区にできたパートナーシップ制度で公的な書類にその存在がはじめて記載されたという意味)そろそろ10年になるが、セクシュアリティや恋愛について自分が常識だと思っていたことをぶん殴られたような本だった。
自分がどれほど自由にものごとを考えているつもりでも、自分が経験してきたこと以上の考えを何の刺激もない状態で自由に考えることは難しい。
読んで、自分が自由になれた気がしたし、恋愛や性愛の解像度が上がったように思う。
企業や自治体開催のLGBT研修を受けると全てわかったような気になってしまいがちだけど、これはその先を行くので、本当に多くの人に読んでほしい。
文体がとても読みやすいので、流れに乗るとするする読めるのもおススメ。
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