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日本の相対的貧困率15%、資産5億円以上9万世帯。アダム・スミスからピケティまで格差と経済学の歴史を辿り、日本の道を考える。
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Posted by ブクログ
日本は貧困国家。そして自分もその中から抜け出したくもがいている。 その対策が書かれているが富裕層とのイタチごっこに終わりはないと感じる。
前回読んだ『ポピュリズムとは何か』において、課題意識として上がった社会的分断の下となる資本主義下での格差について、経済学的な見地からの示唆を得たいと思い、本書を手に取った。 まずは日本についての現状認識だが、所得格差を示すジニ係数は先進国においては、アメリカに次いで高く、日本は所得格差が小さい国では...続きを読むない、つまり格差社会と言うことができる。また、さらには相対的貧困率も高い(16.1%)。なお、相対的貧困率とは、所得の50%tile値の半分に満たない所得の人口の割合である。 本書は、日本の所得格差の現状についてみた上で、歴史的に経済学が厚生経済学をはじめとして、どのように再分配をテーマに格差について捉えてきたかを概観する。また、直近の研究結果としてピケティを引き、有名な[r(資本収益率)>g(経済成長率)]の不等式を用いて、歴史的に資本を持つ資本家における収益が労働所得の伸びを示す経済成長率を上回ることで、経済格差が進んでいることの説明もある。こうした格差に対して、累進課税を通じた再分配機能が期待されてしかるべきであるが、ピケティに続く研究としてズックマンらは、アメリカの実質的な税率は節税手法等により、所得の最上位400人では平均税率を下回っていることが示されている。これは、累進どころか逆進的な税率となっており、再分配はおろか格差の加速を促してしまっていることになる。累進課税に対する主な批判として、高所得者の労働意欲の減少がよく唱えられているが、筆者は様々な研究を引きながら、高所得者における税率と勤労意欲に因果関係がないことを示している。つまり、トップレベルの高所得者においては、(よほどの高税率ではない限り)税率による勤労意欲の阻害よりも、内的動機付けのモチベーションが高く、ほぼ意欲に影響がないのである。これは面白い事実であった。 また、こちらも累進性に対する批判としてよくあるのが、トリクルダウン論法であるが、筆者はこれも否定する。過去、高所得者による成長が、不況や下請けたたきなどにより、低所得者の厚生を向上させた実績がないとしている。もっと言えば、高所得層になればなるほど、所得に占めるストックの割合も増えるので、r>gの不等式が成り立つ限り、トリクルダウンは起こらないのではないかとも感じる。 上記の事実は、効率性と公平性という経済学における二律背反と考えられているものに対しての一定の示唆があると考えられる。公平性を高めることで、効率性が阻害されるというロジックが、少なくとも限定的であるということが本書では示されているのではなかろうか。(このテーマは同じタイミングで読んでいた清水洋氏の『イノベーションの科学』でも考察されている。) これらの事実をもって、日本の今後の方向性として、現在の低福祉・低負担の国家モデルではなく、北欧型の高福祉・高負担モデルへの転換へのアイデアが最終章では述べられている。そして、筆者は北欧型モデルでも経済成長ができるとしており、その理由として会社が一定の生産性をもとにした収益を上げられない場合には積極的に倒産し、従業員も会社間でのスムーズな移動やリスキリングを失業保険や国の学習支援制度による支援のもと、当たり前と受け止めていることを挙げている。日本が福祉国家となり、福祉の下となる経済成長を追うのであれば、こうした国民全体の生産性の向上が求めらるものであり、北欧型モデルにおける労働市場の在り方に対しても学ばなければならないと感じる。
これ分かりやすい。 新書の役割をよく果たしている良書といえるかも。 経済の効率性と格差の関係がよくわかる。そのうえで現在の日本が、経済優先の非福祉国家であるという残念な事実もよくわかる。 経済と福祉を両立させるための施策がきっとあると信じたいところだ。
格差と向き合って資本主義を深掘りした良書。 そう。格差。私の現状持つ問題認識と一致する。 データをもとに、現状の日本は格差が大きい国、と断言している。 私の漠然とした感覚を明らかにしてくれている。 高所得者の多くはオーナー経営者、というくだりがある。 これはまっとう。こうでなくては、と...続きを読む思う。 問題なのは、そうではないサラリーマン社長。 偏差値エリートかつ社内政治でのし上がり、コスト削減で利益を出し株主にいい顔 しているだけの無能経営者がのうのうと高い報酬を得ている。 これは公平感まるでなし。 末端の社員、いや、社員ですらない下請けが雀の涙、時給1000円程度の最低賃金 でいる中、サラリーマン経営者がその50倍くらいをもらってるとしたら、、 説明つかない。 何かのタイミングで日本の経営者の報酬が低い、アメリカをまねよう、 というところからこうなってしまった。オーナー以外は低くていいのだ。 学生時代勉強してきたから、社畜として働いてきたから、、、 そんなもんでそんな差がついてはいけない。と思う。 累進課税でもっと取って所得再分配すべきだ。 新自由主義で悪者にされているわれらがミルトン・フリードマン教授は 負の所得税という概念を打ち立てている。これぞ再分配。 同時に最低賃金を否定している。 これは教育期間はそれより低くしないと企業がその人を雇わない、と。 実際日本は最低賃金1,000円すら払えない零細企業が多数あるという。 だから留学生を低賃金で雇う、という悪手に出たわけで。 貧しい日本。欧米の半分。 そうなった要因の一つに、利益を得た大企業が内部留保ばかりしている、 というのがある。サラリーマン経営者が現業に投資しないから。 悪循環だ。 格差の根っこは日本の偏差値優遇教育にある、と見る。
この本は国内の格差について話題を取り上げている。日本は格差が先進国の中でも比較的大きいという話から始まる。 税金政策や格差対策について、歴史に沿ってどのように行われてきたかを序盤に説明している。 そして後半、税金等の仕組みによる対策で格差を是正でき、時折北欧をモデルケースとして話を挙げ、では日本では...続きを読むどうすればいいか、という話をしている。
次に日本を含めて先進諸国に注目してみよう。すべてのOECD諸国を列挙するのではないが、大別して三つのグループ(貧困率の高い国、中位の国、低い国)に分けられる。高い国とは、日本、アメリカ、韓国などが該当し、中位の国については、イギリス、ドイツ、フランスなどのヨーロッパの大国が該当し、低い国はデンマー...続きを読むク、アイスランドなどの北欧諸国である。北欧諸国の貧困率はほとんどが5~8%の低水準であり、これらの国は貧者と富者の間の所得格差の小さい国でもあることが特筆に値する。福祉国家の面目躍如である。 日本と経済状況が似ており、政治的な結びつきの強いG7の国々(日米伊英独仏加)での相対的貧困率を最新のデータ(2021年度)に即して示したのが図1-1である。 これによると日本はなんとG7の国々のなかで最悪の相対的貧困率である。これまでは少なくともアメリカよりは低かったが、最新の数字によると資本主義の盟主国であるアメリカよりも高いことがわかり、とても残念な現象を示している。 もう一つ日本の貧困の深刻さを示す指標として、金融資産をまったく保有しない家計の多さがある。日本銀行の2022年の統計によると、資産ゼロ(貯蓄なしと考えてよい)は二人以上世帯で23.1%、単身世帯で34.5%の高さになっている。何かの理由で収入がなくなったとき、蓄えがないのでたちまち生活苦に陥る人の割合は、2~3割に達していることを意味しており、貧困予備軍の多さを示している。 日本に関して結論を述べると、日本の貧困率は先進国のなかでもトップ級に属するほど高い国ということになる。日本を格差社会の国であると理解すれば、それは先進国のなかでも目立つ貧困率の高さによって象徴されるのである。 抑制されてきた最低賃金 以上のように、高齢者(特に単身女性)と若者(特に母子家庭)に貧困者が特に多くなるのであるが、さらに次のような経済的要因と制度的背景が加わる。 ①失われた30年(あるいは20年)と称されるように、日本経済の低迷は顕著であり、失業者が増加し、かつ賃金の伸びはきわめて小さく、時にはマイナスになることもあった。 ②日本の社会保障制度(年金、医療、介護、失業など)はヨーロッパと比較すると不十分であり、経済的困窮に陥る確率は高くなる。これは支給額のみならず、制度の加入から排除される人(特に非正規労働者)がかなりいた。 ③戦後一貫して(特にここ20~30年において)家族の絆が弱くなり、家族間の経済支援の程度が弱まった。同時に人口構成において単身者の比率が高まった。 ④労働市場において年功序列制が強かったので、若者が低賃金に苦しんだ。ここで過去40年弱の期間、非正規労働者の割合がいかに推移してきたかを図1-2で見てみよう。1984年には15%程度であったが、その後比率が急上昇して、2019年には38・3%の高さにまで上昇した。労働者の4割弱が非正規労働という異様な姿になった。 急上昇の要因として、既婚女性が子育てと家事に従事したいため、短時間労働を希望したこともあるが、経営側が労働費用節減のため、その形態を欲したことが大きい。さらにここ20~30年の間にパート・派遣の期限付き雇用などの非正規労働者が増加した。 図にも示されているように非正規労働者の賃金・所得はかなり低い。企業にとっては不景気が深刻になればすぐに解雇できるメリットも重視された。なお2022年には比率が多少減少しているのは、社会で非正規労働者が多過ぎるとの批判が高まり、経営者もその数を減少させようとしたからである。 ⑤日本の最低賃金制度においては、最低賃金額が低く抑制されてきた。それを知るためにG7との比較で日本の最低賃金の数字を表1-5で示しておこう。日本はアメリカよりは多少高いが、基本的には他国と比較して低い水準にある。じつはここ数年、日本は最低賃金を高めてきたのであり、それ以前ではかなり低かったことを強調しておきたい。もう一つの特色として、日本では最低賃金以下で働いている人が相当数いるという事実を忘れてはならない。厚生労働省の『最低賃金に関する基礎調査』によると、最低賃金以下で働く人の労働者を未満者とみなして、その未満率を推計している。2022年ではそれが1・8%と推計されている。極端に高い割合ではないが、無視できない数字である。 ⑥日本の生活保護制度は不十分である。その典型例は、20%前後という低い捕捉率(生活保護支給を受けることのできる低い所得であり、実際に政府から支給されている人の割合)で示される。西欧諸国では50%を超えているし、国によっては80%にまでなっている。このことからも制度は十分に機能していないと結論づけられる。 年収1000万以上は5%――日本の高所得者 WID.worldでは日本の高所得・高資産保有者の記述がないので、やや付録的であるが、ここで日本に関する情報を記しておこう。 まず年収1000万円以上の高収入を得ている人の割合は、国税庁の『民間給与実態統計調査』によるとおよそ5%前後であり、2500万円以上となると0・3%である。これらの額は極端な高所得ではないし、勤労所得に関するものなので、それほど興味深いことではない。むしろ関心は極端に高い所得・資産の持主である。ところが日本ではこれらの人への関心は高くないのか、それほど多くの研究はない。 格差是正策 ①同一価値労働・同一賃金の徹底 日本は正規労働者と非正規労働者の間での賃金差が大きいので、それをなくすには、同じ仕事をしているなら時間あたり賃金を同一にすべきである。オランダのように昇進にも差をつけるな、の原則導入は、両者間で責任感、忠誠心が異なるので、まだ日本では無理だろう。だが、賃金の同一化は労使もその価値を認めているので、近い将来に可能であろう。 ②最低賃金額のアップ策 働きながらも貧困で苦しむ人の数を減らすには、この策がもっとも有効である。労働側は当然として、政府もこの策を積極的に導入したいとの政策を掲げているので、最低賃金額は今後もアップが続くであろう。当然のことながら慎重な姿勢をなかなか崩さない経営者も少なくないであろうが、労働者の賃金が上がると、国民の消費額が増加することによって、企業の生産額と売上額の増加につながるメリットを評価して、最低賃金のアップ策に賛成してほしいものである。 ③所得税率の累進度の強化 日本の所得税における累進度の低下の進行はすでに述べたが、高額所得者への所得税率を高くして、その財源を貧困者の所得支持政策や社会保障制度の充実に用いるようにしたい。例えば最高所得階級への限界税率を60%前後に高めて、それに伴ってそれ以下の所得階級の税率も上げるのが望ましい。日本やアメリカの過去のように、最高税率を80~30%にまで戻せとまでは主張しない。 ④消費税における軽減税制のさらなる強化 消費税率10%の今日において、食料品などへの軽減税率8%が導入されている。低所得者にとっての所得支持政策、あるいは消費促進策として、食料品や生活必需品の軽減税率をもっと下げる必要がある。例えばイギリスでは食料品の税率はゼロに抑えられているほどである。将来の日本の消費税率は15~20%に上げざるをえないと予想されるので、食料品や生活必需品の軽減税率のますますの強化策が期待される。 ⑤格差、特に貧富の格差是正には、企業における管理職と平社員の間の賃金差、もっと象徴的には社長と平社員の間の収入差がどうあるべきか、に踏み込む必要がある。しかし経済学では性、年齢、人種、教育、職業などが賃金に与える効果の実証研究は山ほどあるが、地位そのものの効果にはさほどコミットしておらず、経済学としてはさほど書くことはできない。もっとも性、年齢、人種、教育、職業などの差によって生じる賃金格差の現状にも言及すべきであるが、これを行うには一冊の本を準備せねばならないほどの研究の蓄積があるので、それに関してはこれ以上述べない。 ⑥失業者の数をゼロ近くにする 失業者の数を減少させる政策については本書でかなり議論したので、ここでは再述しない。 ⑦高齢者の雇用数を高める 現代の高齢者は元気であるし、勤労意欲も高いので、定年延長策や、働きながらも年金を受給できるようにする。年功序列制の下では高齢者の賃金は高いので、低下策はあってよい。逆に低所得にいる若年層の賃金は上げるべきである。 福祉国家になるためには 日本は福祉国家になるべし、あるいはならざるをえないと主張するが、その理由としてもっとも重要なものを挙げれば次の二つである。 第一に、年金、医療、介護、失業、生活苦などの分野で政府が保障してくれるので、生活における安心感を確実に抱けるし、人生においての不安を排除してくれる。第二に、政府がこれらの分野で最低保障をしてくれるので、貧困者になる恐れはない。日本の格差社会を特徴づけるのは多数の貧困者の存在にあるので、その数を非常に少なくできるメリットがある。すなわち、格差社会の是正につながる。 一方で、大きな政府にならざるをえない福祉国家になればマイナス点も指摘しうる。第一に、国民に多額の税と社会保険料の拠出を求めるので、経済にとってマイナスになる可能性がある。これはこれまで何度も述べてきた、経済効率性(経済成長)と公平性(平等性)のトレードオフである。第二に、もし政府の仕事に非効率性が目立つなら、年金、医療などの福祉の供給が非効率になり、国民は負担すれどもサービスの享受の程度が低くなって、福祉国家が機能しなくなる可能性がある。 これらのメリットとデメリットを考慮しながら、福祉国家に日本がなるならどういうことを国民、政府はしなければならないか、そして留意せねばならないかを検討するのがここでの目的である。 第一に、福祉国家の運営には国民に高い税と社会保険料の拠出を求めるが、これが労働供給と勤労意欲に阻害効果があるとされて、経済効率にとってマイナスになる可能性が指摘された。さらに国民は高い負担に不満を述べるが、現実に労働供給や勤労意欲の阻害効果は観測されないことは、第7章で述べた。 第二に、利子や配当への課税がこれらの金融資産の収益率を低下させるので、高利子課税や高配当課税は貯蓄(すなわち資本の調達)にとって好ましくないとする主張に、むしろ耳を傾ける必要がある。これに関しては、まず日本は低金利と低配当の時代にいることに問題があり、課税の効果は低いと考えられる。低貯蓄率が問題になるなら利子率を上げる政策、低株式投資が問題になるなら国民の危険回避度の高さから生じる株式投資への無関心さを排除する政策が必要である。 第三に、低資本に対処する政策としてはアメリカや北欧諸国が参考になる。まずアメリカは低貯蓄率に起因する低資本に対しては、外国から資本を導入して、低資本問題を解決した。北欧諸国は社会保障が充実しているので国民の安心感は強く、したがって人びとは貯蓄に励まない。そこで低資本を補うためにこちらも外資を導入して対処している。現世界はグローバル経済なので、もし日本が国内での低資本で悩むところがあるなら、外資導入によって資本不足を補う手段が残されている。 北欧の経済成長率 第四に、もっとも深刻な問題かもしれない経済効率性と公平性(平等性)のトレードオフについて考察したい。福祉国家になれば経済は弱くなるかもしれないというのが、このトレードオフの意味するところであるが、ここではスウェーデン、デンマークなどの福祉国家の例を用いて、心配は無用ということを述べておきたい。 じつは北欧諸国は福祉国家ながら経済は強いし、国民の幸福度も高い。まず経済成長率を見てみよう。2013年から2022年までの10年間の3国の平均成長率は次の通りである。スウェーデン:2・37%、デンマーク:2・16%、ノルウェー:1・64%、格別に高い成長率ではないが、日本の平均成長率0.5%前後よりはかなり高いので、北欧諸国の経済はかなり堅調である。 もっと重要な指標は国民の幸福度である。国連の統計によると、2023年度における世界で1位の幸福度を誇る国はフィンランド、2位はデンマーク、3位はアイスランドという北欧諸国である。ちなみに日本は137ヵ国中の14位であり、高くない幸福度である。北欧諸国は福祉国家なので税金や社会保険料の負担はきわめて高くとも、国民が高い安心感を持てるので、高い幸福度を感じているのは、これらの国が好ましい姿にあると判断してよい。なぜ好ましいかを翁・西沢・山田・湯元『北欧モデル』(2012年)と拙著『安心の社会保障改革』(2010年)を参考にしていくつかの理由を示す。 まずは、日本では生産性が低くて経営不振の企業をなんとか支援して、企業倒産を防ごうとする文化がある。これは経営者、社員、政府に共通の思いであり、失敗を恥とする文化に起因していると考えられる。 ところがスウェーデンやデンマークでは、弱い企業はむしろ倒産させて市場から退場してもらい、強くて元気な企業に新しく登場してもらう方が、一国の経済を強くするのに役立つ、との信念がある。筆者がスウェーデンの企業をまわったとき、経営者は「自分の企業で社員に出す給料で食べていけないのなら、経営を続けるよりも倒産した方が好ましい」とヒアリングで述べていた。これは企業の新陳体謝が良い方が望ましいと述べているのに等しい。 北欧諸国の労働者もこれと似た感情を持っていて、もし企業が倒産したなら、次の企業に移ることにためらいがない。 ここで登場するのが政府である。まず政府は新しい企業の創設にさまざまな支援を施して、生産性の高い企業が市場に参入できるようにしている。企業を移らねばならない労働者に対しては、政府が技能訓練のための制度を積極的に用意して、新しい企業でも有能な労働者として働けるようにしている。 もう一つは、もし労働者が企業を移るときに一時的に失業するなら、その間は失業保険制度によって生活に困らない体制が充実しているので、労働者は安心して企業を移ることができる。政府、企業、労働者が一体となって、労働移動がスムーズに行われるように、職業訓練の提供と失業保険によって体制が整っているのである。これら二つは、福祉国家のメリットが生きていると解釈できる。 日本では終身雇用の伝統があったので、企業を移るということにかなりのためらいのある文化にある。したがって、いきなり北欧諸国のように労働者が企業を移るという文化に変わるのは困難かもしれないが、いつまでも弱い企業で働くよりも強い企業で働く方が、本人の生産性も上昇して賃金は上がるし、国全体の経済も強くなるというメリットに気づいてほしい。要は企業経営者、労働者、政府の三者において、日本では強い経済をつくるための発想の転換が必要である。 日本の選別主義 第五に、福祉の提供方法として、普遍主義と選別主義があると述べたが、日本の選別主義には特殊な問題がある。それは労働者が社会保険制度に加入する際に、労働時間で選別していることである。すなわち、週労働時間が20時間以上の人には社会保険への加入の資格を与えているが、それに満たない非正規労働者には参加の資格がない。 後者の資格のない労働者は社会保険料を支払わないので、当然のことながら年金、医療、失業などの給付はない。ただし、年金の場合には高齢の専業主婦が夫を失った時に寡婦年金が一部支払われたり、医療の場合にも妻(ないし夫)が扶養家族として給付を受けられるような制度にはなっている。 ここでの主張は、社会保険制度への参加資格として労働時間の制約を撤廃すべし、というものである。それが困難なら、労働時間の制約の週20時間を、例えばしばらくは週10時間に短縮して、後に撤廃するのが望ましい。当然のことながら、労働時間の短い人は保険料拠出額が少ないので、給付額が減額されるのはやむをえない。 似た問題は、労働時間の把握が困難な自営業者にも発生している。日本は選別主義なので、被雇用者と自営業者は別の年金制度、医療保険制度に加入しているが、将来的には徐々に職業による区別を外して、普遍主義に変換するのが望ましい。そのためには財政負担を保険料方式から税方式に変換するのが望ましい。これらを詳細に議論するにはいろいろなことを考慮せねばならないので、これ以上の言及を避ける。詳しく知りたい方は、拙著『安心の社会保障改革』(2010年)を参照されたい。 政治家・役人への不信感 第六に、福祉国家になるには政治と官僚の世界が、国民の信頼を得るような態度を見せないかぎり、無理な希望であると言わざるをえない。国民から多額の税金と社会保険料を徴収するのであるから、その見返りが完全になされないかぎり、国民は福祉国家になることをあきらめると思われる。 それには政治家と役人の意識改革と仕事のやり方に関しての改革が必要である。 まず政治家に関しては、与野党が一体となって10年ほど前に「社会保障と税の一体改革」が合意に至ったことがあった。国民は負担増を受け入れるかわりに、国会議員は定数を減らして自分たちも身を切る改革を行うと国民に約束をした。しかし政治家はこの約束を反故にした。 最近では自民党の派閥において、国会議員がパーティで得た政治資金を裏金として利用したし、政治資金報告書に記載していないという行為が明らかになった。政治家への不信感は一気に高まったのである。 国会議員の数を減らしても、財政規律が回復する程度は限られているが、これさえ実行できないのであれば、国民の信頼は得られない。しかも政治資金の扱いは不正に満ちている。エリート意識だけ強くて、「政治家は口先だけ」という信念が国民に強いので、政治家は国民のためにあるとの意識を持って行動してほしい。しかも今は政治家は世襲が横行しており、国民のためよりも家業の繁栄のみに関心のある職業になっている。なかには有能な二世・三世の政治家が少数いるのを否定はしないが、意識の高い政治家が必要である。 次は役人の世界である。年金、医療、介護、失業、生活保護の諸制度の企画と実行は、 国家と地方の公務員の仕事である。国民が負担に見合うサービスをこれらの分野で得られていると感じるには、公務員の人びとの献身的な仕事ぶりが必要である。時には非効率な仕事をしているとか、自分の出世ばかりを気にして仕事をしているとか、公務員に対する国民の眼には厳しいものがある。筆者は、公務員が国民のために効率的な仕事をしてくれるなら、今以上に給料を上げてもよいとすら思っている。 まとめると、国民が、政治家と役人が公僕意識を強く持って、国民のためになる仕事をしてくれると信じるようになるなら、高い税金と社会保険料を拠出するようになると確信している。現に北欧諸国では政府と国民の間に強い信頼関係があるからこそ、福祉国家は成立しているのである。 第七に、日本は福祉国家になるべきだ、と主張すると、必ず発せられる批判は、北欧諸国は小国なので国民の間での連帯感が強いが、日本は人口が1億人を超す大国なので無理だ、との反論である。筆者の回答は、それならドイツのように連邦制の国家、すなわち道州制にすればよい、というものである。道州制であれば、小国の連立なので、北欧型のようになれる。日本でも道州制にすべき、との声はあるので、国民の意識次第である。
資本主義の成り立ちと並走する経済学の歴史から、データに基づく資本主義の宿命を喝破し、格差問題の本質に迫っている。格差の問題については、焦点を貧困者にあてるか、富裕層と貧困層の差にあてるか、高額資産者を分析するかで論が分かれる。'21世紀の資本'を著したピケティの分析データ以降、高...続きを読む額資産者への視点の重要性が増している。経済の成長とともに、共産主義体制の下で資本主義化を始めた中国でさえ、格差が拡大していくという構図を明らかにしている。この資本主義の宿命ともいえる潮流に対して、富裕層に視点をあて掘り下げることで、格差の真因を浮き彫りにしている。本書の中盤は注目に値するデータが、次々に紹介され、核心が感得できる内容になっているが、後半の著者のまとめ論は駆け足かつ表皮的な指摘に終わっているのが残念である。
格差研究の歴史、ピケティとピケティ以降、経済成長と公平性、日本は福祉国家を目指すべき 【目次】 第1章 格差の現実 第2章 資本主義社会へ 第3章 資本主義の矛盾に向き合う経済学 第4章 福祉国家と格差社会 第5章 ピケティの登場 第6章 ピケティ以降の格差論 第7章 経済成長か、公平性か 第8章...続きを読む 日本は格差を是正できるのか 【内容紹介】 社長と社員の給与格差、どれくらいならOKですか? 日本では、資産5億円以上の超富裕層は9万世帯。単身世帯の34・5%は資産ゼローー。 富裕者をより富ませ、貧困者をより貧しくさせる今日の資本主義。 アダム・スミスやマルクス、ケインズ、そしてピケティは、「富と貧困」の問題をいかに論じてきたか。 経済学の歴史に学びながら、経済成長か格差是正か、資本主義のジレンマについて考え、今後の進むべき道を提示する。 ●先進国のなかでも所得格差の大きい日本 ●日本の相対的貧困率は15.4% ●なぜ若者と高齢者の貧困率が高いのか ●最低賃金以下で働く人の割合は1.8% ●日本の生活保護の捕捉率は20%前後 ●自由な経済活動がもたらす勝者と敗者――ヒューム ●アダム・スミスは経済学者か道徳哲学者か ●空想的社会主義者たちの格差是正策 ●マルクスへの橋渡しをしたJ・S・ミル ●失業者の発生を明らかにしたケインズ ●福祉国家の先駆けはビスマルクのプロシャ ●ウェッブ夫妻のナショナル・ミニマム論 ●税収を財源とするデンマークの福祉制度 ●高所得者の動向を分析したピケティの衝撃 ●逆進性が強いアメリカの所得税制 ●所得格差の大きい共産主義国・中国 ●日本の年収1000万円以上は5% ●アメリカ超富裕者たちの脱税率 ●日本の所得税の最高税率はどう変わったか ●家族の変化と福祉国家への道
この国の貧困差は拡がっていくような気がします。 普段あまり読まない分野だったので、大変勉強になりました。
本書は経済学の歴史から、格差問題にどのように向き合っていたかを分析・解説し、現代の資本主義社会における格差の実態と課題を分析している。 富裕層と貧困層の格差が拡大している背景として、富裕層に有利な制度が多く、一度貧困層になってしまうと抜け出しづらい状況であると指摘している。国家として格差を是正する施...続きを読む策を打っていく必要があると説かれている。 国の施策はすぐには変わらないだろうし、個人的には現状の状況を把握し、自分にとって有利になる政策や補助の情報にアンテナを張り、うまく活用できるようにしたいと思った。 本書の意図とは外れてしまうが、格差があろうがなかろうが、個人の考え方、工夫次第で幸福にはなれると信じている。 現に貧困層である自分は、特に金銭的に困っていないし、毎日充実して幸福である(白目)
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