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地震・津波・火山・台風・雪・土砂災害……地球上最も災害の多い島国でいつ襲いくるともしれぬ過酷な自然と向き合い、そして被災した我々の祖先はその土地土地に「ここは危ない」というメッセージを地名として付けてきた。現在もその古い地名の分析が次の災害の予想・対策につながる。だが、いま市町村合併や観光開発など目先の利益優先の安易な地名変更政策のせいで古い地名が次々に消えている。いまこそ先人の知恵の結晶に学べ! 半世紀以上、地名のことばかり考え続けてきた著者による「災害地名学」のすすめ。
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Posted by ブクログ
昔からある地名には、さまざまな意味が込められている。 中には、地震や津波など、過去の自然災害の影響を反映した地名もあるので、むやみやたらに変えるべきではない。 といった主張をしています。 推論もたくさんあるので、すべてが正しいわけではないですが、著者の論には、参考にすべきところがたくさんあり...続きを読むます。 ちなみに、著者は、僕と同じく岡山県出身。 岡山県の地名のネタもたくさんあったので、興味をもって読み進めることができました。 地名に関する本を読んだのは、これが初めてですが、たまにはこういう本を読むのもいいですね。
地名には土地の記憶が刻まれている。「田代」は水田の端、「蛇ノ口」は洪水の流れ口。先人は自然の脅威を名に託し後の世へ警告した。しかし開発が地形を変え由来を忘れた町は看板だけを残す。津波の到達点も土砂崩れの常襲地も字名をたどれば見えてくる。古い地図と地名に耳を澄ませば未来を守る知恵がそこにある。地名が防...続きを読む災になり得る。
○日本の地名とその由来となっている地形や災害リスクを紹介(推察)したもの。 ○結構強引な推論もあるが、総じて面白かった。
内地に住むようになってから「~台」と付く地名は高台にあるなど意味があるんだなと思うようになってきたので題名につられて読んでみた。「桜島」は「裂く」から、「灘」は「な(土地)がたれる(崩れる)」からという意味からとは知らなかった。最初のうちは「へぇ~そうなんだ~」と思いながら読んでいたのだが、あまりに...続きを読むも色々なところがとりあげられているのを読むうちにだんだんこじつけも多いんじゃ?と思うようになってしまった。これはわたしが地理、地形がよくわかってないせいかな?
昨日(2012年3月17日)東武伊勢崎線の業平橋駅が「スカイツリー駅」になりました。地名が変わったわけではありませんが、由緒ある名前が一つ消えていくのは寂しい気持です。平成の市町村合併で名称が変わった町等も多いと思いますが、数百年にもわたって使われてきた名前には多くの歴史が刻みこまれていることでしょ...続きを読むう。 特に何度も地震や津波、台風などの被害に遭ってきた地域には、それを示す名称がつけられていて、近くに住んでいる人たちはそれを認識して(覚悟して)住んでいたのではないでしょうか。ところが最近の宅地開発の影響で、その地名が変更されている箇所があり、昨年の大震災時に思いがけない(と思われていた)場所で液状化現象が起きたのも、その土地の昔の状態に起因していたと思います。 先日見たTV番組では、今後調査することで「ハザードマップ」を作成するとのことでしたが、昔の地図を地名入りで公開するだけでも、その目的には合うのではないでしょうか。それによって不都合を感じる人や企業もあると思いますが。この本を読んで以上のようなことを考えさせられました。 この本を読んで気づいた事実ですが、東京湾央で何度も地震が起きている事実で、関東大震災の後にもM7程度の地震が起きていることでした(p246)、道理で昨年の震災以降に何度も小規模ながら東京湾央で地震が起きていたのですね。 以下は気になったポイントです。 ・陸前・陸中・陸奥を総称した三陸と呼んだのは、明治29年(1896)6/5の、岩手県沖でM8.25で発生した地震において発生した津波が「三陸地震津波」と採用されたことに始まる(p26) ・関東大震災時には、横浜市はじめ東京湾岸から相模湾岸にかけて津波が来襲、津波の高さは熱海で12メートルを記録(p30) ・今回津波の被害を受けた浪江町一帯はかつて津波が作った潮入りの湖沼の跡だったと思われる(p44) ・蔵や倉は、動詞クルが名詞化した語で「地面がえぐられたような地形」に使われたケースが殆ど福島第二原発の立地している地籍:波倉は危険な地名(p45) ・鎌倉という地名は倉庫にも蔵屋敷にも関係ない、関東大震災の津波に何度も襲わて続けて作られた釜状の穴倉である(p48) ・鎌倉大仏は初めは木造仏として高徳院境内に建立されたが、のち大風のため破損して、1252から金銅仏として改鋳、室町時代の1498に大地震で大仏殿が倒壊、津波で流されたため今日に至る(p51) ・日本の河川名は、一級(国土交通省)、二級(都道府県)、準用(市町村)、の他に河川法適用外の普通河川に四分される(p57) ・台帳記載以外の田を「余田」という、これが公認されると加納あるいは、加納余田、加納田と呼ばれる(p66) ・宮城県女川、福島県いわき市小名浜のオナ(ヲナ)は、雄(男)波のヲ・ナミを下略して津波を「ヲナ」と呼んだ名残と思われる(p79) ・幕藩時代には市街地を守るため農村部を犠牲にする施策はいくつもある、小名木川東端の西葛西領、東葛西領等、江戸では浅草の北西、山谷堀の南西側の日本堤など(p89) ・関東大震災でも、「品川湾に海嘯、隅田川は逆流」という新聞報道あり、東京湾内でもM6.5-7クラスの地震及び津波が発生している(p91) ・寛政3年旧暦8月の地震では江戸深川一帯が津波に襲われ、洲崎弁天社周辺が水浸しになり、幕府は付近の家屋建築を禁止して、両脇に津波警告の石碑を建てた、これは関東大震災・東京大空襲で損傷したので、現在は洲崎神社内に建てられている(p93) ・芋は古くは「ウモ」と発音された、そのウモとは「地中に埋もれた」という意味に他ならない(p128) ・昭和55年(1980)8月14日、富士山近くの久須志ヶ岳から大岩が二度にわたり剥離・落下して夏富士登山で賑わう吉田口砂走り下山道を直撃して、死者12名、負傷者32名という大惨事が起きた(p162) ・江戸前期から酒造業で盛んになった「灘五郷」は、東から、今津郷・西宮郷・東郷・中郷・西郷である(p170) ・関東大震災の被害は都市の規模に比例してではなく、神奈川県下一円のほうがはるかに大きかったということが調査でわかった(p211,213) ・関東大震災の本震が起きたすぐ後に、神奈川県横須賀市沖でM6.6、東京湾央でM7の地震が起きていたことは殆ど知られていない(p246) 2012年3月18日作成
あまりにもひどい
根拠のない持論の展開が多い。最初から結論ありきで、強引なこじつけで災害と結び付けているとしか思えない。 結局、著者も書いている通り、『地震はいつでもどこでも起きる可能性があるということだ』に尽きる。
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この地名が危ない 大地震・大津波があなたの町を襲う
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楠原佑介
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