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Posted by ブクログ
関東大震災後の3日間を、代々木付近の自宅で被災した著者の目を通して描いたノンフィクション。朝鮮人が暴動を起こしているという流言飛語がどのように市井の人々の間に広がり、自警団なるものが形成され、虐殺がそこら中で起きたかがリアルに伝わってくる。震災の翌年から発表された作品だけあって、人々の反応や心境の移り変わりが生々しく描かれている。著者が実際見聞きした範囲の描写に限られていること、声高に衆愚を批判するのではなく、眉を顰めながらも保身もあって心の中でひそかに唾棄しているのも著者が身近な人物に感じられ素晴らしい作品だった。「(震災は)不可抗な自然力の作用によって起こったことで、もとより仕方がない。(略)しかし朝鮮人に関することは全然我々の無知と偏見から生じたことで、人道の上から言ったら、震災などよりもこの方が遥かに大事件であり、大問題であると言わなくてはならない」という言葉に大きく頷いた。
今年も9月1日の虐殺された朝鮮人追悼式に小池都知事は追悼文を出さず、虐殺などなかったとする歴史修正主義がますます跋扈している。こうした著作がもっと読まれて欲しい。
これだけ筆力も洞察力も優れた江馬修があまり知られていないのが残念。私自身初めて読んだが、他の作品も読んでみたい。「血の九月」等の復刻を望む。
Posted by ブクログ
関東大震災発生から数日間の、朝鮮人虐殺について著者が経験したことを記録した本、原著は1925年に書かれているとのこと。小説と言ってるからフィクションも含まれるはずだが、フィクション=事実を捻じ曲げてるわけではない(と思う)
明らかに起こったと思われる事件を、綿密な調査と、それに裏付けされた想像力により、この物語が生まれた
この物語を読んだ時に、何に想いをはせるのかは読んだ人の自由(と、この本は教えてくれる)
こういう本を教科書に載せてほしい
先日かなり前に見た映画の「福田村事件」で発せられた「朝鮮人ならええのか!」の一言を、改めて噛みしめることになった
Posted by ブクログ
江馬修『羊の怒る時 関東大震災の三日間』ちくま文庫。
今年2023年は関東大震災から100年目を迎える。1925年に刊行された100年前の関東大震災を追体験する記録文学の金字塔が待望の文庫化。
巻末には、2編の解説とエッセイを収録。
『解説──「あとがき」にかえて』天児照月
『解説 江馬修『羊の怒る時』の意味』西崎雅夫
『存在の根底を照らす月明り』石牟礼道子
関東大震災の発生から三日間とその後の混乱の様子が描かれているが、余りにもリアリティのある描写に東日本大震災の時を思い出した。しかし、本作は震災と描写だけには留まらず、流言蜚語がもたらした悲劇の様子をも克明に描いている。
過酷な状況の中で、露わになる人間の本性。人びとの不安が、さらなる不安を生み出すという異常な人間の心理。関東大震災では10万人以上が命を落としたようだが、虐殺された朝鮮人は7千人近くだったと言う。何とも残酷で痛ましい史実だろう。
1923年9月1日11時58分、関東一体が大きな揺れに襲われ、代々木初台に居を構えていた作家の江馬修も家族と共に被災する。マグニチュード7.9と言われる大地震、関東大震災である。
多くの住宅は倒壊し、東京は火の海に包まれる。生き残った住人が不安に怯える中、再び激震が襲うという貼り紙を皮切りに、300人の朝鮮人が暴徒化し、日本人を襲おうとしている、朝鮮人が火を放っている、朝鮮人が井戸に毒を投げ込んでいるなどの流言蜚語が飛び交い、多くの朝鮮人が虐殺される。
本日、夏の全国高校野球大会の決勝戦が行われ、連覇を賭けて臨んだ仙台育英を破り、圧倒的な声援を受けて、慶応が107年ぶりに優勝した。107年前というと関東大震災が起きる前ということなのかと驚くと共に、長い歴史を感じた。
本体価格840円
★★★★★
Posted by ブクログ
柔和なる羊を怒らすことなかれ。羊の怒る時がきたら、その時は天もまた一緒に怒るであろう。
関東大震災の折、無智、敵愾心が引き起こした朝鮮大虐殺。表面的には、人種差別はダメと言いつつ、いざ混乱が生じた際は、大衆迎合の現象が生じる。こうなっては、誰も止められない。彼らの目的は、朝鮮人を敵とするとことで心を埋め、安心を得る、団結感から安心を得るためだからである。実に恐ろしい現象だが、革命的な出来ごとというのは起こるべきして起こる。いかに教養が大切か、冷静になることが大切か、相手の尊厳を考えることが大切か。混乱時ほど、そういうことができる人、できない人で、人間としての差がでるのではないか。
歴史は繰り返さながいが韻を踏む。皆が苦しい時ほど、リスクは高まる。冷静になり、見極める、正しく理解し判断する。これが大事である。
Posted by ブクログ
昨年の9月1日のとある新聞のコラムで本書のことを知り、いつかは読まねば、と思いつつ、8ヶ月遅れで漸く読んだ。
関東大震災発生直後からの三日間(とちょっと)の記録。朝鮮人虐殺の場面の露骨な描写は控えめなものの、集団ヒステリーがエスカレートしていく様子が克明に記述されていて、恐ろしくなる。
作者のご近所の鄭さんと李さんが、倒壊した家屋からある日本人家庭の奥さんと赤ちゃんを助け出し、夫にものすごく感謝される場面が先にあるだけに、その後の展開はショッキングだ。
一人称で記述される作者の視点は至って冷静で、朝鮮人に対しても至極同情的なのだが、「下手に庇うと自分が逆にやられる」という恐怖心から、奔流には全く逆らえない。
虐殺者(名もなき一般市民)の心理を想像すると、まず、巨大地震下の強烈な不安が、社会的「弱者」へ捌け口を求めるのだろう。また、朝鮮人に対して普段悪いこと(皇民化政策等)をしている、という罪悪感がまがりなりにもあるから、「震災下という異常事態で反撃を喰らうかもしれない」という恐怖心を生み、「やられる前にやらないと」というヒステリー行動に繋がるのだろう。
極限状態で同じことが起きない保証はどこにもない。避けようと思えば、「全てのひとが、その人の人生の主人公で、ひとそれぞれ大事なひとがいる」、という当たり前のことを想像出来る、ほんの僅かな想像力があれはいい気がするのだが、極限状態ではそんな余裕は吹っ飛んでしまうのだろうか。
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