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戦前日本を代表する自由主義者、言論人だった石橋は、戦後、活動の場を政界に移す。大蔵大臣、通産大臣などを歴任し、1956年には自民党総裁に当選、首相になるも、病気のため、65日で辞任した。石橋は、自らの政治理念を現実政治の中で実現できたのか。没後50年、その真価を問う。
目次より
第一章 政治家・石橋湛山の誕生
第二章 運命の七票――一九五六年の自民党総裁選
第三章 明暗を分けた閣僚人事
第四章 「私の政治的良心に従います」――65日間の内閣
第五章 日中国交正常化への努力
第六章 理想主義者から現実主義者への転回
終 章 晩年の石橋湛山
Posted by ブクログ 2024年01月31日
戦前は著名な言論人として東洋経済新報の社長を務めた石橋湛山氏。戦後、1956年の自民党総裁選にて決選投票での2位・3位連合による勝利で本命1位の岸信介を破り首相の座に就いたが、その劇的な勝利よりも病のため在職65日で退陣したことの方が有名である。そんな不運な首相の自由主義者、インフレ財政論者、日中...続きを読む
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