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Posted by ブクログ
最初から最後まで号泣。
心に残った部分を以下に覚え書きとして記す。
…サン・テグジュペリが書いている。大切なものは、いつだって、目には見えない。人はとかく、目に見えるものだけで判断しようとするけれど、目に見えているものは、いずれは消えてなくなる。いつまでも残るものは、目には見えないものなのだよ。…
著者が残した詩
『あたりまえ』
井村和清
あたりまえ
こんなすばらしいことを、みんなはなぜよろこばないのでしょう
あたりまえであることを
お父さんがいる
お母さんがいる
手が二本あって、足が二本ある
行きたいところへ自分で歩いてゆける
手をのぼせばなんでもとれる
音がきこえて声が出る
こんなしあわせはあるでしょうか
しかし、だれもそれをよろこばない
あたりまえだ、と笑ってすます
食事が食べられる
夜になるとちゃんと眠れ、そして又朝が来る
空気をむねいっぱいにすえる
笑える、泣ける、叫ぶこともできる
走りまわれる
みんなあたりまえのこと
こんなすばらしいことを、みんなは決してよろこばない
そのありがたさを知っているのは、それを失くした人たちだけ
なぜでしょう
あたりまえ
Posted by ブクログ
筆者の井村和清氏については、本書の中の著者紹介が上手にまとめてくれているので、それを引用したい。
【引用】
1947年、富山県生まれ。日大医学部卒業後、沖縄県立中部病院を経て、岸和田徳洲会病院に内科医として勤務。1977年11月、右膝に悪性腫瘍が発見され、右脚を切断。半年後の職場に復帰したが、まもなく肺への転移が見つかる。自ら「余命6ヶ月」と診断し、懸命の闘病生活を送りつつ、死の1ヶ月前まで医療活動に従事。周囲の願いもむなしく、1979年1月、長女・飛鳥を遺し、次女・清子の誕生を目にすることなく逝去。
【引用終わり】
本書はもともとは、自家版として発行されたものであるようだ。その後、出版社から出版されベストセラーにもなったが、平成17(2005)年に「新装版」として発行された。その新装版には、すっかり綺麗なお嬢さんとなった、飛鳥さんと清子さんの写真も掲載されている。また、次女の清子さんの結婚式の時の写真とメッセージも掲載されている。筆者が亡くなったのが1979年のことなので、それから26年が経過し、「まだ見ぬ子」は、立派に育ったのだ。
本書は、筆者の手記や日記などを中心に構成されている。
ご本人が医師であるだけに、右膝の悪性腫瘍を見つけた際には、切断が必要であるとすぐに理解をし、また、再発した肺の写真を見た際には、自分自身の寿命をすぐに悟っている。手記や日記には、医師としての冷静な記述もあれば、この若さで亡くなることへの悔しさや、何とかあと5年生かして欲しいという希望等が綴られている。また、筆者は人柄的にも立派な方だったようで、家族ばかりではなく、友人・知人からも多くの想いを寄せられている。
筆者の生前の手記・日記にも、もちろん、心を動かされるが、2人のお嬢さんの写真には、もっと大きく心を動かされた。
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