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Posted by ブクログ
鬱という試練を経験した50代 この書き出しがすべてだと思う。
今は達観したかのように見える片岡鶴太郎氏であっても、
50代に差し掛かった際には苦しんでいたとは。更年期症状とも書いている。
しかも彼だけでなく、安倍元総理や黒岩知事も酒井ゆきえさんも、、
一緒に励まし合ったと。
これは我が意を得たりだ。
私も父や、一番大事な友人を50代で急病で失った。
亡くなったのは最近だが、50代から難病に苦しんだ同級生もいた。
思えば50代といえば信長の(敦盛の)「人間50年」。
ある意味終わりの時期といっていい。
ここから第二の人生を過ごせるかは、心持が大きいだろう。
私は幸い50手前で大いに悩み、そこからマラソンを始めたので、
心身ともに生まれ変わり、更年期を意識することはなかった。
でも、変化のエネルギーが友人たちだったことから、人のつながりをより大切に
するようになった。意識した。
そんなこともあって今はいろんなグループの幹事を積極的に努めている。
みななんだかんだ具合が悪かったりしてるし。
私もメンタルはおかげさまでいい状態だが、体はマラソンをするにはガタが来てる。
それでも挑戦するつもりだが。
鶴太郎さんはそうした新しいことに挑戦する気持ちをシード(種)と表現している。
ボクシングに、美術に、ヨガに、彼はやりたいと思ったことをやってきた。
たとえそれが売れっ子芸人の仕事を減らすことになっても、
最終的には自分のためになると、譲らなかった。
その姿勢は素晴らしい。
60過ぎて書類上の離婚までする徹底ぶり。ここはちょっとわからない次元だが。
タイトルには「老い」とあるが、鶴太郎さんにはそんなものはこれっぽっちもない。
やりたいことをやり切って死ぬだけ。
同意!
Posted by ブクログ
不易流行とは、いつまでも変わらない本質的な事を忘れず、新しく変化を重ねるものも取り入れる事を示した、松尾芭蕉の俳諧理念の一つ。 大袈裟に言うと「新しい生命体になるんだ」という気概で身体改造に取り組みました 自炊が益々捗ります 「真似から入る→反復する」という流れで、オリジナルを目指しました。 『異人たちとの夏』 『春に散る』 2つ以上の世界を知っていると、ある場所で覚えた感覚が別の場所でも使えるようになる。 今振り返っても、一人の男がジムに入り、世界のトップまで昇っていくところを目の当たりに出来た月日は私にとって素晴らしいものでした。 りみさんですら、『涙そうそう』のタイミングで三線の練習を始めたそうです。 おかげさまで今では自分の店「赤坂おぎ乃」を開いております 25歳の時に赤羽に「もつ焼きのんき」という名の店をオープン 草間彌生さんにシンパシーを受けたのか 冷たく聞こえるかもしれませんが、死は当然の事であるから、殊更悲しむ事ではないと思うのです。また、会者定離であるからこそ、生きている時間を大切にしなきゃいけないと、日々心に刻んでいます。 午睡の如く、他界する。これが私の理想の死に方です。 自分の中にシード(種)を見つけたら 一九五四年、東京・西日暮里生まれ。
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