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Posted by ブクログ
本を頭の中で音読するように読むようになって気付くのだけれど、句読点や改行などの息遣いがピタリと読む速度に合う文章とそうでない文章とがある。もちろん、音読すると言っても実際声に出す訳ではないが、読む速度は自ずと呼吸のリズムに合わせたものとなる。だから、自分の呼吸に合う心地よい拍の文章と息苦しい拍子の文章がある、と言い換えた方が感じるものに近いかも知れない。とは言え、読み進める内に拍子が合って来る人も居るので、必ずしもこちらの息遣いは固定された感覚ではない。ただし、音楽でいうところの速度記号の表示がある訳でもないので、適切なテンポが判らないままの文章もある。逆に読み慣れた作家などの文章はその作家の(場合によっては想像上の)声で再生されるので、自然に聞き入ることができる。七十人分の随筆を読み進めていると、そんなことが気になってくる。
そして、当たり前のことだけれど、文章には個性が出るものだなと、改めて強く思う。三崎亜紀の随筆は三崎亜紀の小説を読んでいるようだし、蜂飼耳の随筆は蜂飼耳の詩を読んでいるようだ。片桐はいりの随筆は片桐はいりの芝居を観ているようだし、山根基世の随筆は山根基世のナレーションを聴いているような感覚で、その再生された声を聞いてしまう。言いたいことがはっきりしている人も(例えば内田樹の随筆はいつもの内田樹節だし)、言いたいことを自分に問うかのように書いている人も(例えば木内昇の随筆は木内昇の小説同様に時間を遡ることが問い掛けの芯にある)、短い物語のように書く人も(例えば長嶋有の随筆は限りなく創作された一篇のよう)、とりとめもない出来事を記すように書く人も(例えばイッセー尾形の随筆は独り語りの芝居の訥々とした台詞にも聞こえる)、それぞれの声が、それぞれのテンポで語り掛けてくる。もちろん、対話の方法として対面で会話することに勝ることはないと信じてはいるけれど、文字だけでも伝わる「言葉では言い表し切れない」思いというものも確かにあるということがよく分かる一冊だ。
副題の「あなたの暮らしを教えてください」という出版社からの依頼に応じて寄せられた原稿用紙三枚から四枚ほどの随筆。けれども、案外と自分自身のことを語っている人は少ない。自分のことより、亡くなった人(特に両親、祖父母)の思い出、子供の話が多い。それもその筈、本書は暮らしの手帖に寄せられた随筆をテーマ毎に集めたシリーズの一冊だが、この一冊は「家族、友人、恩師」にまつわる文章を集めたものだという。それがタイトルに言う「何げなくて恋しい記憶」となり、「あなたの暮らしを教えてください」の返答になるのは、知人の「死」が自分の視線の先を自分自身に引き寄せてしまうからだろうか。例えば最も自分のことを語っていると思う木内みどりの随筆は(木内みどりのあの台詞回しさながらに威勢よく)自身の死後の始末の話を語ってはいるけれど、そこに思いが至る前段階で身内の死が関わっている。赤の他人の死ではなく、知人の死は誰にとっても自身の行く末を投影する鏡のようなものなのだ、と認識する。逆に川内倫子ら子供の話をする人は、その視線の先にどうしたって(川口倫子の写真に映る淡い思いと同じように)自身の子供時代が重なっていて、その更に先に親や祖父母の、子供時分には解らなかったありがたみに対する感謝が透けている。
だからこそ、編者がまとめたこれらの随筆にはどれも、どこかしら郷愁という言葉の響きがする。その感覚は失われてみなければ実感として湧かない感覚であるからこそ「何げなくて恋しい記憶」となるのだろう。けれど室生犀星が「ふるさとは」と謳ったように人は皆郷愁の中に留まることは出来ず「そのこころもて遠きみやこにかへら」なければならない。Life is going on。そして『奇跡は、いつも目の前にある』。しみじみとそんな思いに耽る随筆集。
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