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ADHDやASDを病いと呼ぶのなら、「普通」も同じように病いだーー
「色、金、名誉」にこだわり、周囲の承認に疲れてしまった人たち。
「いいね」によって、一つの「私」に束ねられる現代、極端な「普通」がもたらす「しんどさ」から抜け出すためのヒント
●「自分がどうしたいか」よりも「他人がどう見ているか気になって仕方がない」
●「いじわるコミュニケーション」という承認欲求
●流行へのとらわれ
●対人希求性が過多になる「しんどさ」
●本音と建て前のやり取り
●社会のスタンダードから外れていないか不安
●ドーパミン移行過剰症としての健常発達
●親の「いいね」という魔法
「病」が、ある特性について、自分ないしは身近な他人が苦しむことを前提とした場合、ADHDやASDが病い的になることがあるのは間違いないでしょう。一方で、定型発達の特性を持つ人も負けず劣らず病い的になることがあるのではないか、この本で取り扱いたいのは、こういう疑問です。たとえば定型発達の特性が過剰な人が、「相手が自分をどうみているのかが気になって仕方がない」「自分は普通ではなくなったのではないか」という不安から矢も楯もたまらなくなってしまう場合、そうした定型発達の人の特性も病といってもいいのではないか、ということです。――「はじめに」より
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Posted by ブクログ
これは中身に対して題名が軽過ぎる印象にある。
実態は定型発達と非定型発達の差異から垣間見る人間としての哲学論考に他ならない。
ただ題名だけをみると精神学の本に見えなくもない。これはかなり重めの哲学書であることは踏まえておかないと読むのは苦痛になるだろう。
さて、ADHD当事者としては「せやろか」の連続であることは否めない。さもありなん、カントの例も出てくるが、我々は言語化し得ないファジーな感性の中に揺蕩う一次的感覚を他者に伝達する上で削ぎ落とされる情報と付加される虚偽が生じるのだから。
なので、正確に発達障害と健常発達の病理を明かすと言うよりは、理論立ての遊戯を眺める感覚の方が良いかもしれない。俺は哲学が好きだからそれで十分楽しめる内容だった。
Posted by ブクログ
とても面白かった。
健常発達を一つの特性として捉え直すことで、普通に生きることの困難さ、生きづらさについて考えていくような流れと感じました。
大きな物語で自己をバラバラにならないようにしていた昭和と比較し、令和はいいね!と言った他者評価により自己をバラバラにならないようにしていくという流れと理解しました。
他者を取り込み自己を形成していく過程を超え、あまりに多くの他者像に触れてしまう現代においては、自己をどのようにも形成できてしまう(ように錯覚してしまう)自己形成における自由の刑に処せられているように思えます。また、少し前ならドラマ、今ならSNSで提供される普通は、とてもハードルが高いと個人的には思っています。普通になれず辛く思っている人は、僕もそうですが、たくさんいるのではないかと。
美味しい餡を作りたい、打算も計画もないただそれ自体の欲求を打開とすることは、狙ってできるのかは疑問でしたが、我が身一つで日本に生きているならそれも一つの手段なのかなと限定的な納得をしました。
Posted by ブクログ
精神科医の書いた本でこのタイトルなので医学的アプローチの本かと思えば、発達障害を社会モデルで捉え、さらにその「社会」について哲学的な考察を重ねていくといった本であった。
ギャップに面食らったが、内容自体は興味深い。
健常発達の「健常」とはなにか、そもそも人を健常たらしめている力学とは(筆者はそれを社会からもたらされる承認=いいねであると述べる)などなどが語られる。
昭和の時代は社会的に推奨される堅固なロールモデルがあり、それに沿えば承認されていたが、多様性の令和の世となった結果、むしろいいねを獲得するのは個々人の創意工夫が必要となり困難になった(故に発達障害的言説も顕在化している)というあたりも面白い。
Posted by ブクログ
普通とはなんだろうかという問いの一つの解釈として精神科医の視点で解説し問題的提起をする。
発達障害は年々増加傾向となり、直近の厚生労働省の令和4年(2022年)「生活のしづらさなどに関する調査」によれば、医師から発達障害と診断された人の推計数は約87万人で、前回(平成28年、2016年)の約48.1万人から倍近く増えている。現在(2025)においても増加傾向であることは揺るがないだろう。
さて、本著は発達障害ではない健常者という普通の人について焦点を合わせた内容である。普通とはどういう状態かを本著では解説している。現代において、特にスマホやSNSが大きく発展し承認欲求や同調圧力による生きづらさが記載されている。生きづらさは様々であり、普通という異なる別の普通の環境が同時に存在したのであれば、その普通に耐えられない普通の人もいるということなのだ。
発達障害も健常発達(普通の人)も立場や環境や周囲の人が異なれば変わるのではないかと私は思う。発達障害は行動障害なども合わさることがあるので、普通の人とは異なる点もあるかも知れないが、普通という人も他人軸で生きる依存のような生きづらさを抱えており、両者に違いはあれど、普通と呼ばれる人も一つ状態が異なれば精神疾患を発症したりすることだろう。発達障害は生まれながらの障害または特性だ。発達障害も普通も優劣は無く、発達障害がある人も普通と思う人もあまりその言葉に縛られず、自分らしく生きることが大切だと私は思うのだ。発達障害も普通も精神的な疾患もそれは状態であり、自分の今いる現在位置がわかるコンパスや地図のようなもので、診断名がついたのであればその診断名からどうやって自分だけの人生設計を軌道修正すればいいのだ。普通の人も承認欲求や同調圧力やらしがらみ等、精神疾患になる前にその環境から脱出し自分の人生設計に向けて軌道修正すればいいのだ。
幸い現代の世の中はお金があろうがなかろうが自由で保障された日本である。私やあなたにとっての人生設計をするにあたって診断名の有り無し問わずどう前へ進むべきか自分なりに思索してみると良いだろう。答え合わせは歴史の古典から学ぶといい。それらには人生を賭けて悩み抜いた知恵が込められている。それも一つの普通への解釈だろう。発達障害は現代病ではない。普通も同じだ。何千年前からも変わらない。ただ名前が付いて当事者が生きやすくするためのサポートがあるだけなのだ。それらの支援を充分に普通の人も活用し自分自身に向き合うとよいだろう。
普通とは何かという一つの視点と解釈が得られる本である。
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ビジネス・実用
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