初めに個人的まとめ
最期に伯父のエピソードを書きました
〇読み書き障害とは
1文字を音として読み取る機能
2自分が考えた音声による創作を文字として書き出す機能
こういうプロセスに何らかの原因で健常者が自動化していることを自動化できないので「手動」でやらなければならない人
オートマ車しか運転できない人がマニュアル車をぎこちなく運転しているようなもの
英語では(広義で)ディスレクシアDyslexia
〇小中学生の8.8%に発達障害の可能性(文部科学省の調査)
読み書き障害に限定しても3.5%ある
つまり発達障害の4割は読み書き障害ということになる
〇保育園と小学校の違い
楽しく健康に過ごしていれば100点満点の保育園と違って学校というのは学力をつける場なので、教師たちは円滑で効率的な授業のために子供を押さえ付ける必要がある
〇漢字
・頭の中の文字像は抽象化されぼやけ、そこにピンと合わせようとするがどうしてもピントが合わないような感覚
・文章を書き写す作業は簡単な絵を模写するような具合になってしまう
〇小中学校で習う漢字
小学校の学年別漢字配当表中での最多は4年生の202文字
中学校では学年は規定されていないが、習う漢字数は1110 文字
〇原因を追求して
大人や教師は「なぜ授業に参加していないのか」という原因を追求すべきなのに、単に授業を理解できないからだと決めつけてしまっている
書字障害の者の一見無意味な行動にも意図や意味などが潜んでいるということを分かってほしい
〇ふざけてはいない
発達障害を持ってる人がふざけていると思われがちだが、当人はそんな気は全くなく言われたことにただ自分なりに真面目に応えているだけである
教師に「不真面目だ」「ふざけている」と言われ続けるとだんだん「自分がおかしいのでないか」と思えてしまう
〇別な能力
頭の良さはコミュニケーションスキル比例すると思われているが、この2つは全く別な能力である
〇恐竜のままか鳥になるのか
AI が台頭していく現在。我々は平均的な人間の生産に全力を傾けることに意味を見いだせなくなりつつある。日本の学校や教育は静かにそして確実に時代の狭間に取り残されつつあるその時に、「恐竜」でいるべきなのか、それとも空を飛び回る「鳥」になるべきなのか。我々は今問われている
〇生物としてのいじめは
単純化すれば、いじめも異質なものの排除の一例だとすれば説明がつく
〇国家機関を利用して
公立の学校は遵法(じゅんぽう)精神に富んでいるので、合理的配慮の存在が法律に明記されていることや、内閣府や文部科学省などの存在について言及してることの事実を示すことで学校側にその姿勢を強くアピールすることができる
〇IT機器とメガネ
メガネがあれば近視の人でも視力の良い人と同じように文字がはっきり見える。これによって他の人と同じ学習環境を得ることができる。メガネを学校に持っていくことに躊躇はないが、読み書き障害者にとってそのメガネに相当するものはIT機器の読み上げ機能だったりタイピングである。とするとなぜ合理的配慮のためにIT機器の使用に対してメガネにはない躊躇がそもそも存在するのだろうか
〇私の経験によると人は多くの場合において驚くほど他人に無関心である
〇「合理的配慮」は単なる点数アップのための手段ではなく、児童生徒にかかるストレスを減らしより高次の作業にエネルギーを使えるようにすることで自己肯定感を育むためのものであって、恐怖やトラウマを植え付けられて人生を台無しにする学校であってはならない
〇合理的配慮に対する教員の対応は自治体ごとどころか学校ごとにもばらつきがあるという深刻な現状がある
〇保護者に求めたい事
私たち子供の一番の味方でいてくれること。究極的にはこれ一つだけ
〇宿題はNG
読み書き障害であることの判断基準の第1は、宿題を異常なまでにやりたがらない事
宿題には読み書きが要求されるから
〇知識不足
多くの人はあまり学習障害についての知識を持ち合わせていない。偏見と差別は知識不足から生まれる。学習障害は決して知的障害ではない
〇読み書き障害の存在はまだ広く認知されていない。それはおそらく
1読み書き障害に確率された検査法がないから
2障害の性質上気づかれにくいから
●私の(読者の)伯父のエピソード
私の伯父(1954年生まれ)は多分読み書き障害であったと思います。書く方が苦手で、特に漢字が書けませんでした。反対に読む速さや読解力にはかなり長けていたと思います。
伯父の小学校の成績には際立った特徴があったそうです。
まず、1,2年生の時はかなり優秀で通知簿は5や4がほとんどでした。特に音楽はダントツ。
ところが3,4年生になると3の中に一部2も混ざりだし、5,6年生ではほとんどが1と2になったそうです。
ところが暗記の口述問題などは周りが驚くほど完璧に答えられたと聞きます。
昭和30年代から40年代の事ですから書字障害などという言葉は多分だれも知らなかった時代でしょう。
その伯父に転機が訪れたのは30代の頃。「ワープロ」の登場です。
当時はキーボードで打ち込んだ文字が小さな液晶画面に表示され、それをそのままワープロの機械の中にあるインクリボン式の印刷機で印刷する機能でした。もちろんPCの無い時代ですから複製して他人に渡すのにはまたそれを一つ一つ印刷するかコピー機で複製しなければなりませんでした。
でも漢字が書けないというハンデはワープロで印刷して渡すことにより部分的にせよ解消されたわけです
その後伯父は本も書いて出版し、音楽ではなかなか良い曲を作りました。そして今、なにより幸せそうに暮らしています。いまでも漢字は苦手ですが。
もし伯父の子供時代にこの本でいうところの「合理的配慮」があったら、伯父ははたしてどんな人物になっていたでしょうか
沢山の読み書き障害者を見逃して、その個人に苦痛を与え続けたのは国家の責任であるとともに、大きな損失であると思います。
以上