真殿知彦氏の『日航123便墜落「撃墜説」の真相』は、青山透子氏の主張(撃墜説等)に対して真っ向から反論を試みた著作である。著者の論理展開は一見すると非常に綿密であり、読み進めるうちに一定の説得力を感じさせる内容となっている。しかし、批判的な視点を持って本書を読み解くと、いくつかの課題や疑問点も浮かび上がってくる。
第一に、青山氏・真殿氏の双方に共通して見られる「自説に都合の悪い事実に触れない」という姿勢である。例えば本書では、発災当時に報道陣や捜索隊が現場特定に向けて混迷を極めた事実にほとんど言及していない。当時、政府や自衛隊から出された墜落地点の情報は二転三転し、それが初期捜索や救助の遅れにつながったとされている。本書における「なぜ救助活動が翌朝になったのか」という解説自体は読者を納得させるだけの説得力を持つものの、事故当夜の混乱や情報の修正プロセスを知る読者にとっては、この重要な経緯への言及が欠けている点に不満や疑問が残るだろう。
第二に、相模湾に水没した垂直尾翼の引き揚げをめぐる議論である。著者は紙幅を割いて、海洋調査や回収作業がいかに困難であるかを強調しており、その説明には一理ある。しかし、四半世紀前を振り返れば、日本には水深約3,000メートルという過酷な条件下で深海から重量物を引き揚げた確固たる実績が存在する。1999年11月のH-IIロケット8号機の打ち上げ失敗に伴い、翌2000年1月、小笠原諸島沖の海底に沈んでいたエンジンパーツ(メインエンジンLE-7)が執念の調査によって引き揚げられた事例がそれである。気象・海象条件の厳しさを考慮しても、相模湾での回収が技術的に絶対不可能であったとは言い切れない。
もっとも、ロケット開発の威信を懸けた当時とは異なり、事故から40年以上が経過した現在、腐食が進む尾翼を巨額の費用を投じて引き揚げることに対し、事故原因の究明にどれほど寄与するのかという費用対効果の論理(著者の主張)が存在することも事実である。
しかし、仮に海中からの機体一部の引き揚げが現実的に困難であるならば、せめてフライトレコーダー(飛行記録装置)をはじめとする詳細データの全面開示がなされるべきではないか。現在に至っても開示に消極的な姿勢が続いていることが、「技術的・経済的にできない」のではなく「真実が明らかになると困るから開示しないのではないか」という読者の疑念や不信感を強める要因となっている。
なお、第1版第1刷でp.28、右から第4行目「18時18分35秒」の部分は誤りで、正しくは「18時28分35秒」だろう。18時18分時点で、機長の言う爆発は発生していない。事故調査報告書原本も「28分」である。