太平洋戦争当時、広島県南西部に位置する呉には海軍工廠や港湾設備が整えられ、かの戦艦大和もここで建造された。現在は大和ミュージアムがあり、戦艦好きなら一度は訪れたい場所となっている。今でこそ瀬戸内海の穏やかな海に面し、緩やかな平和な風の流れを感じられるこの場所も、かつては軍港があった事から兵士の訓練が頻繁に行われたり、街を憲兵が闊歩するなど軍事色に染まる都市であった。戦争末期には頻繁に米軍による空襲の標的とされ、多くの建物や人的被害が出ている。特に1945年7月24日の空襲では空母天城や巡洋艦大淀が大破撃沈され、3月ごろから続いた一連の空襲により空母、戦艦など大半が破壊し尽くされた。人的被害は死者だけで780名、負傷者は2000名を超えたとされる。
本書は呉のある広島への原爆投下前後の話が中心となる。スポットを当てるのは、海軍の陸戦隊、そして陸軍の暁部隊(あかつき)である。前者は海で戦う海軍にあって、陸上での戦いを中心とする異色の部隊。後者は逆に陸軍にあって海を舞台に戦う部隊となる。そういった意味では陸と海という非対称な戦場にありながら、各軍内でも逆の戦場での戦いをメインとする部隊を中心にした話は興味深い内容となっている。そして、戦争経験者が次々と鬼籍に入る中、両部隊には15歳〜20前後の若い兵士、所謂少年兵に近い年代が配属された事から、現在も100歳近くで存命される方も多く、生きた証言を聴ける意味で本書の内容を更に濃いものとしている。実際に本書は、当時の部隊任務にあたった多くの兵士達の証言(ショートストーリー)で構成されており、その証言の裏付けを他の証言者の話で補完するなど、まるで当時の生き残りとなって戦後に集まった会合に参加している様な錯覚に陥る事もある。
その様な中で、敗戦濃厚となった日本が採用した特攻戦法に、海軍の震洋や陸軍のマルレがある。いずれも車用のエンジンに換装したモーターボートに爆弾をつけて、敵船舶に体当たりする特攻兵器である(陸軍の場合は爆弾を切り離した後にUターンして生還する事が可能と言われているが、証言にある様に実際は困難である)。操縦者となったのは、前述の陸戦隊と暁部隊の若い兵士たちだ。広島に原爆が投下された8月6日について、その若い彼らが直近で見た広島の描写が多く描かれているが、現地の悲惨な状況だけでなく、その後も原爆症に悩まされる姿が描かれる。広島市内で直接的に爆発の被害を受けずとも、呉という近距離からいち早く救助に駆け付けた彼らが見た広島。そして彼ら自身の被曝と戦後補償の問題。
本書は様々な証言を取り上げており、中々頭を切り替えながら読まないと、登場人物やシーンを見落としてしまいそうになる。だが集中して一挙に読むなら、広島、少年、非対称の部隊、そして被曝というキーワードで繋がるそれぞれのストーリー、そして戦争という忘れてはならない過去の過ちと反省という一貫したテーマになっている事に気づく。後半からあとがきに続く中で、岸田政権から現在の高市政権に続く総理としての広島への向き合い方について、考えさせられる文面が続く。それは果たして総理だけの問題でなく、戦争そのものから遠ざかり、経験もなく忘れさろうとしている現代人全体の問題であり、本書はその警告なのではないだろうか。