暮田真名の作品一覧
「暮田真名」の「虚弱と歩く」「死んでいるのに、おしゃべりしている!」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
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「暮田真名」の「虚弱と歩く」「死んでいるのに、おしゃべりしている!」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
小説・文芸
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Posted by ブクログ
多かれ少なかれ誰もが虚弱、人と比べる必要なし…と思っていても、寄稿されてる方々の、虚弱を飼いならす道程に圧倒されました。
皆さんさすが文章が面白くて、淡々と書かれているけれど読んでるこちらは拍手喝采と尊敬の気持ちです。
すごすぎる。
わたしも決して元気とも健康とも言えない身体。
焦らず腐らず、付き合っていくしかないです。
寄稿されてる皆さんは、わたしとは違って過眠の方が多いみたい。
わたしはやはり、睡眠時間を増やすのが第一っぽい。薬に頼ってるのに…
虚弱をケアする世界に、憤る人も多いかもしれない。
少なくとも、憤る人の声の方を大きく拾ってしまうのは、わたしが自分の虚弱に負い目を感じているから。みんなのように普通にできなくてすみません、という申し訳なさがある。
「虚弱なので配慮してください」なんて言えるはずもなく(ほとんどの人が同じだと思う)、そそそ…と去るだけ。
でも、老いると弱くなっていくのは自然の摂理だし、老いなくても病を得たり事故や怪我で万全ではいられない時期もあるかもしれない。
ラストのねえやんの「半分以上が老人」に改めてハッとしました。
元気な状態がデフォの社会は早晩立ち行かなくなりそう。
労わり合う社会、それでいいんじゃない。
Posted by ブクログ
アントニオ猪木の「元気があれば何でもできる」は、真だと思っている。
なぜならば「元気がないからちょっとのことができない」がまた真だと知っているから(矛盾対等)。
ちょっとした事ができないという実感がある。
例えば、ちょっと仕事を早く切り上げられた日。夕飯のあとちょっと片付けしてゆっくり本読もう〜と思っていても、夕飯食べた後そのまま寝落ち、1時間後にようやくぼーっとしながら食器洗っていると、ほらいつもの就寝時間とほぼ同じとか。
例えば、明日は天気がいいらしいからちょっとだけ遠出して公園にお散歩行こうかな、美術館も行きたかったんだよなーと、計画考えながら寝た土曜日。憂うつな気持ちと若干のめまいとしっかり頭痛を抱えて起きた日曜日はもう半分終わってるとか。
そんなことはザラだ。
両親ともに身体が弱いためストレスがち、そんな親から生まれたわたしもアレルギー体質で頭痛持ち。学校の長期休暇にはいれば2-3日寝込むし、宿泊行事から帰宅後はストレスで泣きじゃくる、運動会の集合写真では1人だけ長袖、みたいな学校生活を過ごしてきた。
大人になっても寒い会議室に閉じ込められてはノンストップ鼻水(そうでなくても慢性鼻炎だからティッシュを入れるためのポケットがない服が着られない)、夏でもレッグウォーマーとカイロと上着とストールが欠かせないから常にカバンが重くて万年肩こり(ついでに緊急用のビニール袋も常時携帯。用途は…察してくれ)、日照時間が短いと鬱になるのに日差しが強いとめまいと頭痛で仕事にならない。
3ヶ月に一度は頭痛と肩こりこじらせて、吐きながら早上がりする(このためのビニール袋)。
上述の体を持ったうえで健康診断は異常なし、漢方薬剤師からは「100%の虚証ですね」のお墨付き、ならばつまりこれは虚弱だという自認をもって生きてきたけれど、絶対に終電を逃さない女さんの「虚弱に生きる」を読んだときは天を仰いだ。わたしなんかが「虚弱」でいいのだろうか。
終電さんがXで虚弱に上下はないと仰っているのは拝見していたが、それにしてもこんなに虚弱と向き合い虚弱を乗り越えようと努力するなんて考えたことも無かったので、本当に自分を恥じた。が、何もしなかった。元気じゃないから。
だからこそ今回の虚弱アンソロジーを読んですごくホッとした。虚弱にもいろんなタイプがあって、それぞれいろんな向き合い方をしているという発見があったからだ。まさに「みんな違ってみな虚弱」それでいいじゃないか。ちょっとした事ができないのもゆるせ。この身体でやっていくしかないんだから。
文筆家ではなくても、かろうじて会社員として働くタイプの虚弱もいることの証左としてここにちょっぴり記しておこうかとおもう。
Posted by ブクログ
この悩ましい、実に愉快な、あるがまま。
弱いまま強く生きる人びとのエッセイアンソロジー。
ご自身の虚弱をありのまま書くことで、そのひとそれぞれの健康観というものも、浮き上がる。
虚弱を知ることで健康が身に沁みる。
アンソロジーを読みながらわたし自身もふりかえって、わたしの生活や持病を再考する機会を得られている。
言いよどむような、明瞭に説明し難い虚弱は今の時代、より身近な話題となりつつある。
虚弱はコントロール不能な、横暴で、特定の原因がはっきりしない、肉体と魂からの時をこえた叫びだとわたしは思う。
上手く聞き取りたくても、叫び声が耳を障る。
この叫びは声だ。
声は、社会の中で生き抜くための摩擦の結果なのかもしれないし、自分自身の身体の仕組みの不具合さを健気にあらわしているのかもしれない。
誰もが大なり小なり健康に容易にはたどりつけないリアルを書いているし、ご自身の虚弱さにいかに向き合うかを押しつけがましくなく書かれている。
アンソロジーなので、虚弱の色彩もその向き合い方も、それについてわたしたちになにを訴えかけるのかも、人それぞれに豊かに文章として書かれていて、わたしは好感をもてた本。
『虚弱人生の振り返り、ならびに新たな幕開け』
渡辺 優
『脳みそグニャグニャ人生の半生』
トミヤマユキコ
『異常なし』
ヒオカ
これらのエッセイが特に共感した。
個人的には小中高の学校の先生におすすめの本。
虚弱もいろいろ、子どももいろいろ、成長もいろいろ。
道もいろいろ、だと思う。
社会もいろいろには現実まだなっていないからこそ、学校の中の多様性を視ることから虚弱について考え始められることがあるのではないか、とわたしはこっそり思う。
Posted by ブクログ
川柳人暮田真名さんのエッセイ集。
著者は川柳が本当に好きなのだなと思う。
我に、出逢える文章だ。
自分というものは、自分自身にとっても他者にとっても透明でクリーンなものではなんらなく、手垢がつき捻じるよう曲がり、凸凹が憎らしくも愛らしく、解釈の幅があり、必死に醜くあれど汚くはなく、何も言わずに手を離せないようなものであるとわたしは思うのだけれど、著者の文章を読んでいるとそういう自分に、我に、ふと出逢える。
その我に、川柳という清水が流れまつわるように存在している文章だった。
川柳以外にも詩や短歌、俳句を創作するひと、よく読むひとにもおすすめな本。
川柳になりたい、と言う著者の切実さに創造の情熱を感じる。