ここ数年で、よく耳にするようになった「トー横」や「立ちんぼ」という言葉。家出をして都会を彷徨う若者の存在がこれまでもいたことはもちろん承知だけれど、令和になってからの路上売春はこれまでとまた違う構造があるのではないかと思って、手に取ってみた。
題名にもある通り、ルポタージュという形式をとっているのが非常に良かった。歌舞伎町付近で「立ちんぼ」をする3人の女性の背景を語る章は客観的な視点だったし、昨今の社会状況について語るのもNPO法人の方や専門の方に任せていて、著者はあくまでも叙述に徹している。この問題は、何か一つのわかりやすい答えはない。だからまずは、色々な立場の人の視点(立っている本人たち、手を差し伸べるNPO法人の方、警察、ホスト、彼女たちを“買う”客、公園の付近で深夜営業をしている薬局の店長など)からこの問題を見ることが必要で、そういう意味でも、非常に良い内容の本だったと思う。
この商売をしなきゃいけない理由はもちろん人それぞれだったけれど、一番多い理由はホスト関係でお金が必要になるパターンだった。ホストクラブと借金の関係については、銀座や六本木の男性の行くお店は「お金を持っている人が行く場所ですが、ホストクラブは「お金を作っていく場所」。さらに売り掛けシステムによって「行ってからお金を作る場所」にもなり得ます(p.232)」という説明がすごくしっくりきた。ホストクラブを根絶するのはたぶん無理で、そもそもこの問題を「ホストが悪い」で全部が片付くわけでもない。でも借金を前提としているシステムを、もっと細かな法で取り締まることはできないのかなあとは思う。あと法という観点で言うと、買春をもっとわかりやすい違法に位置付けるとかもできないものなのか。
個人的にもっと深く考えたいのは、法だけではなく社会全体の“人”で出来る防止方法だ。例えば、鈴木涼美氏は「歌舞伎町なんて、狭い日本の、さらに狭い点みたいな地域です。そこから出れば、たとえホストクラブに掛けが残っていても、「そんなのホストが悪い」と言ってくれる人ばかりです。逃げ場はいくらでもあるし、歌舞伎町には一生行かなくても生きていけます。生活のために道の立つ子は、別に今、急にやめなくてもいい。ホストクラブに行ってもいいと思う。でも、歌舞伎町が世界の全てにならないよう、一つでもいいから歌舞伎町と関係のない人との接点や、外のコミュニティーに足場を持つことをオススメします。家族、親族でもいいけど、そういう家庭環境じゃない子もいるでしょう。学校でも趣味の教室でも何でもいい。本来であれば外の世界にそういう頼ったり戻ったりできる場所がない子のために、最後のセーフティーネット的な居場所を社会が用意すべきだと思います。(p.236)」と述べている。SNSの発達によって我々は、広い世界が見れるようになった一方で、狭い世界に閉じこもることもできてしまう。そして広い世界を見ることが出来るのはSNS発達社会の構造に自覚的になれた人だけで、気づかなければ勝手に構築される世界は後者だ。学校や家庭、あるいは他のコミュニティーでも、まずはこの危険性をもっと若者が知らなければいけないと思う。知っていることは、大きな武器になる。
また、宮台真司氏という社会学者の考えも勉強になった。
宮台氏は、この問題の根元にあるのは、若い世代の「感情の劣化」だと述べている。「感情が劣化すると、相手を「あなた」ではなく「それ」としか見ません。「あなた」というのは入れ替え不可能な、「それ」は入れ替え可能な存在として扱うことです。容姿や収入を基準に相手を選んだり、相手に選ばれたりすると、それはより「カワイイ」「高収入」な存在に取って代わられます。そうした「入れ替え可能性」から逃げられないのです。それに気づけないことが感情の劣化です。気づいていなくても、入れ替え可能性が不安を与えるので相手を束縛しますが、結局は恋愛感情が薄いので、すぐ飽きて、より高い属性の相手を探し、また飽きて……を繰り返します。(p.239)」——相手も自分も入れ替え可能な存在なのは、孤独以外の何ものでもない。だからホストや「推し」で埋めようとするけど、それは所詮かりそめの埋め合わせだから永遠に満たされることはなく、貢ぐ→売春→貢ぐ、のループに陥ってしまう。
じゃあどうすれば感情の劣化を防げるかというと、宮台氏は「心が震えるような経験を重ねること(p.244)」が必要だと述べていた。
感情に刺激を与えるということは、特定の人や特定の場所、ものにしか出来ないというわけはないと思う。例えば私は、自分の「心が震えるような経験」は何だろうと思ったとき、読書体験だった。自分自身の感情がとても豊かであるとは思わないけど、少なくとも孤独を感じることはない。「入れ替え不可能」な存在が、人もモノも両方、私はある。これはとても幸運なことだけれど、一方で、それを作ることは難しいことではない……とも思っている。そして幼少期に限らず、「心が震えるような体験」は出来る。
「路上売春を減らす」ということに対して、多少なりともアプローチが出来る職業に就いているので、この本を読めて本当に良かった。一朝一夕にはいかないし、とても複雑化した問題なので、様々な立場の人が長い時間をかけて取り組まなければならないと思う。この本は、それぞれの立場で具体策を講じる前の、最初の入り口の役割を果たすものだと思った。ぜひ、たくさんの人に手に取ってほしい。