森林産業とは、根強い地域需要を秘めている建築、エネルギーへの供給を核とする、森林資源の分配である。再造林という条件下で、資源を減らさずに産業隆盛と持続を両にらみする産業再編が望まれる。
国内には豊富な森林資源が、それも日本各地に控えている。その資源量を背景とする建築需要との一体化を一直線で貫
...続きを読むく生産サプライチェーンの構築を、1本目の矢とする。それは第3章で紹介する「大型パネル」だ。この生産工場の展開では、資源供給地との距離が重要であり、沿岸部の港湾インフラも 鍵となる。
2本目の矢は、木質バイオマスへの木材原料の安定供給だ。木材加工には、木くずは付きもので、製材時に排出されるものは半分が廃棄される。それを廃棄せず、バイオマス燃料に提供し続けるシステムが持続性の鍵となる。
3本目の矢は、輸出だ。それも単なる丸太や製材の輸出ではない。柱や梁、サッシ、断熱材までも組み込んだ建築部品としての輸出とすべきだ。耐震や省エネで磨き込んできた日本の技術を、国産材と合体させ、木造躯体の輸出をアジア諸国へ展開する好機と思われる。
この3本の矢を連続して放つと、森林産業は国内1000カ所に地域ごとの富士山を頂点として成立するようになる。国産材は富の象徴となって、若者世代の将来不安を一掃してしまうだろう。
森林の木質バイオマス利用は、形質不良木、間伐木、風倒や虫害による被害木などが腐朽菌によって分解され、大気中に二酸化炭素をどうせ放出するのならば、それらの木材を熱利用しようという考え方である。成長量よりも伐採量のほうが少なければ持続可能な資源となる。しかも、大気中に放出された二酸化炭素は光合成によって植物に再び吸収される。この点に関しては循環再生が可能ではあるが、広い森林面積と安定した環境を確保し、持続可能性を保証しなければならない。
■振り返り
第1章において、塩地氏は、木材が海の向こうから来る時代を終わらせ、身近な山の森林資源を、建築やパルプのための脇役から、産業の主役に押し上げる「森林産業」という概念を提唱しました。「森林産業とは、根強い地域需要を秘めている建築、エネルギーへの供給を核とする、森林資源の分配である。再造林という条件下で、資源を減らさずに産業隆盛と持続を両にらみする産業再編が望まれる」と。そして、デジタル技術によって山と消費者を結ぶ一貫生産サプライチェーンの構築、木質バイオマスへの燃料供給、余剰建築部材の輸出、そうした3本の矢を放てば、森林が数百兆円の国富となり、将来世代の不安を払拭できるというのです。
これほど大きな構想を、私はこれまで誰からも聞いたことがありません。日本の停滞を振り払い、未来の世代からの「借り」を少しでも減らそうとする氏の覚悟のほどがうかがえます。
第2章において、高口氏は建築の専門家らしい、現在のファクトに立脚した将来予想に基づき、森林の資源量や人口減を考慮した木材の必要量などについて考察しています。そして、森林の維持に必要林業従事者の待遇改善をも盛り込んだ、素材・製品価格の引き上げが必要だと指摘しています。さらに、林業の生産地と消費地の偏在を解消する、実践的なアプローチを示しました。
これらの改革を「誰が」担うのかという点については、地方の製材所にその可能性があるのではと提案しています。製材量5万㎡の製材所は、人工林蓄積量30億㎡という林野庁の推計値に基づけば、500カ所は可能な計算になります。建築の専門家の方々にとって、高口氏の章は、このように考えれば良いのか、と膝を打つ手引書になっていると思います。
第3章において、塩地氏は、木造プレファブとは何か、そして大型パネルがなぜ、どのようにして山と建築を結ぶ情報連動のハブになり得るのか、詳しく説明しています。建築のデジタル情報を直接山とつなげることで、山は資源庫となり、需要変動への対応力にも優れ、場所メリットを最大限に生かすことができます。建築確認を申請してからの2ヵ月半は、山を生活倉庫とし、需要に応じた生産を行うための貴重なリードタイムになるでしょう。そして生み出された利益は、他所に流れ出すことなく地域で循環し、再造林の費用として使われていきます。その実現のためには、国産材事業者が自ら大型バネル工場に関わっていくことが大事だという指摘を覚えておきたいものです。
第4章において、松本氏は金融のプロの立場で、産業として本来求められる資産価値の把握や将来のキャッシュフロー予測といった観点から見た時、現在の日本の林業にその実現を求めるのがいかに困難かを示しています。一方で、そのような状態を打破していくためにも、目指すべき「センターピン」は、立木の買い手市場から売り手市場への転換、そのための「適正価格」の実現と指摘しています。
興味深いのは、実体経済を知り尽くす立場から、そのための仕掛けをいくつも提案していることです。川上と川下の情報連動、中間土場の整備など物流フローの強化、プロジェクトファイナンス的な相対取引関係の構築。それらは、木材サプライチェーンにおいて供給側が主導権を奪取する際に取り組むべき情報による垂直的連携、系列化のための諸策と指摘しています。
高口氏と同様、松本氏も、このような取り組みを「誰が」行うのかを考察しています。所有と経営(施業)を分離して、経営を資産管理や販売戦略を担う能力のある専門スタッフに任せ、素材生産業者や製材工場などとの交渉力を持つことが必要だと指摘しています。さらに、海外の森林ファンドのような手法は、現在は難しくとも、「企業経営として林業を行う場合、森林ファンドによる投資型森林経営を1つの到達目標として諸課題を克服していくアプローチが効果的」だと訴えています。金融機関の役割は、森林の未来を金融力でデザインする、つまり、ノウハウを生かして諸要素を体系化し、関係者を説得して実践させ、リスクマネーを提供することだ、とする指摘は大変重いものと受け止めました。
第5章の酒井氏の章では、「そもそも木質バイオマスとは」という考え方が新鮮でした。形質不良木、間伐木風倒や虫害による被害木などが腐朽菌によって分解され、大気中に二酸化炭素(CO)を放出する前に、どうせCOを放出するのならば、それらの木材を熱利用しようというのが基本だというのです。日本の場合、長く放置され、間伐しても肥大成長が見込めないような森林も多いので、化石燃料を燃やすよりは環境負荷が低いかもしれません。バイオマスの役割は、地球温暖化防止、木材の価値向上による資源循環や森林整備への寄与、エネルギーコストの地域内循環や雇用創出といったものです。それらの実現には、安定的な燃料供給に加え、運搬や破砕にかかる細かなコスト削減を積み上げて効率を上げる、地道なビジネスモデルの構築が必要になるようです。
第6章で寺岡氏は、欧州をはじめとする海外の林業と我が国の林業の大きな違いは、情報共有、つまり「見える化」の必要性への認識の差だと指摘しています。木材を高く販売するためには、木材需要者からの注文(いつまでに、何が、どれだけ必要か)に対して生産する、マーケットイン型の生産へ移行することが重要という認識は、執筆者の皆様が口をそろえていることです。寺岡氏は、林業サイドがそれを実現するための、ITを活用した複数の手法を紹介しています。①航空機やドローンからのレーザー照射による資源情報のデータ化、②素材情報クラウドシステムの提案、ハーベスターによる最適造材支援システムの稼働実証などです。しかし、①については徐々に活用が進んでいるものの、それ以外は実際の導入に結びついていないようです。現在の林業現場の担い手の保守性が、その主な要因なのでしょう。ただ、この本で示された新しい考え方が、その状況を大きく変えるかもしれません。