多くの人々にとって身近なロック/ポップ音楽が、ビジネスとしてどのように生み出され、流通しているのかを経済学の手法を用いて分析することにより、アートとしての価値が貨幣価値へと転換する仕組みや課題を明らかにした一冊。
今日の音楽業界では音響、録音媒体、ストリーミングといった技術の発達に伴い、多くの顧客
...続きを読むに低コストで商品を届けることができる「規模の経済性」が高まる中で、より差別化され非代替性のある一部のスーパースターがバンドワゴン効果によって市場を席巻する「勝者総取り」の傾向が強まっており、これには「需要と供給」バランス、コスト構造、価格差別、補完材といった伝統的な経済理論に加えて、「ファン心理」といった情緒による意思決定などの行動経済学的要素、さらには偶発的な運の力も大きく影響していると著者は分析する。
”青春時代の思い出”や”ここ一番の集中したい時”といった形で人々の感情に作用し、時に社会的ムーブメントにもつながるほどに大きな本質的価値を考慮すれば、著者は音楽の経済的価値は相対的に低く、とても「お買い得な商品」であり、昨今のコンサートチケットの高騰や価格差別はこのギャップを埋める動きとして理解を示す。多くの観点が詰め込まれすぎて冗長感はあるが、データに基づく分析は読み応えがある。
「うちの業界は特殊だから」と言って、経済学や経営学の「定石」が適用できない理由にする人は多いが、音楽業界こそ「特殊な業界」の一つであり、その業界をしっかりと「定石」を使って分析することで、「何がどのように特殊なのか、それがどこに、どのように影響を及ぼしているのか」がより明確になり、そこから、より汎用的に適用できる示唆が得られるという意味で興味深い。一点だけ欲を言えば、著作権の議論においてブロックチェーンに関する言及がないのが残念。本書上梓後に他界した著者が存命ならば是非見解を聞いてみたかった。