ページを繰りながら、その昔、朝日放送が23時過ぎに放送していた『ナイトinナイト』〈八方の楽屋ニュース〉を想起。
月亭八方が吉本芸人の超私的な話題をニュース番組のヘッドラインのような見出しを付け、さながら大ニュースを扱うように持ち前のしゃべくりで針小棒大に面白おかしく語るコーナー。
そのコーナーは番組がリニューアルされても続き、〈八方・今田の吉本楽屋ニュース〉となるも、僕の中では番組スタート時の八方さんのひとり語りの方が断然面白かった。共演の小川菜摘が聞いたことのない芸人の話題を嬉々として語る八方に対して『そいつ、一体誰なんだ⁈』という東京弁のツッコミ、その横でククク笑いをする新野新の印象が強い。
本書には、西川きよし・坂田利夫・大木こだま・宮川大助・花子らの大御所から、イマイチ印象の薄い、そういやそんな芸人がいてましたな、いやいや最近とんと見なくなりました的芸人-大西ライオン・天津木村・次長課長 井上・リットン調査団・中山功太・三浦マイルド-も登場。
ひとたび俎上に載れば、大ベテランであろうが容赦はなく、筆はブレず、これでもかと言うぐらいいじり倒し、ぶった斬り。うすら笑いを浮かべながら書き綴る東野が立ち昇る。
一貫してるのは、芸人のはちゃめちゃ・やたけたなエピソードを冷淡なまで写実的にスケッチ。時折、東野の顔を垣間見せるも、それは一瞬。あくまでも『傍観者』のスタンスは維持したまま。
30年のキャリアを持ち、超売れっ子のタレントでありながら、どの芸人とも全方位外交を結ぶというか等距離を保ち、俯瞰に徹する異様さに畏怖の念を覚える。
まぁ、このスタイル&スタンスが東野を東野たらしめており、普通ベテラン芸人ともなると、芸論の披瀝や口をひらけば長口舌といった、昨今のほんこんの極右論に見られる『アクの強さ』さを醸すもんですが、それらとは無縁の芸風へと昇華。
想像するに、この芸風はタモリやさんまが政治的発言はせず、浜ちゃんが笑いについて語らないスタイルに影響を受けているのではないか…。
ちなみに、東野は読書家の一面も持ち合わせ、純文学・ノンフィクションに加え、以前アメトークではカズレーザーが紹介した『サピエンス前史』についても語り、驚いた。学術書にまで目を通す活字好きでありながら、自身がMCを務める番組でその博識ぶりは微塵も見せず、常に初見&初耳の姿勢を全面に押し出す。
以前何かの番組で『心根が腐ってるから、見える世界がある』とあけすけに語り、それを換言すれば『だから、僕、腫れ物にも平気で触れるんです!』とも解釈でき、今やそれがKY発言をも許されてしまうまでに。
とは言いながら、本書に満載のいじりには『悪意』と『愛情』がええ塩梅にブレンドされ、奇人変人も名人凡人も巧みに描かれ、読後感には愛おしさが漂ってくる。
唯一の例外は『大助花子』編。この文章だけは筆致が異なり、ふたりが漫才師を志すところから始まり、大助は自作の台本をもとに花子をしごき倒し、やがて売れっ子漫才師に至る道程をノンフィクションタッチで描く。彗星の如く現れたダウンタウンの存在、大団円は松本人志にかけられた言葉…。ただただ筆力の高さに感服してしまった。
これまで芸人論や芸人評伝といえば、米朝さんや談志さんらの大御所芸人の独壇場。笑芸能の移り変わりを底流にした芸人評伝とはまったく一線を画し、あくまでも東野の琴線に触れた芸人のケッタイさやバカっぷりをネタにしたエッセイであって、現時点では上方芸能史を一面を綴った著作ではないことだけは確か。さながらシートン動物記の吉本芸人版かな。ただめっちゃ笑えます。