作品一覧

  • あわいゆくころ

    あわいゆくころ

    ビジネス・実用

    4.7
    1巻1,760円 (税込)
    東日本大震災で津波の甚大な被害を受けた岩手県陸前高田市。絵と言葉のアーティスト・瀬尾夏美は、被災後の陸前高田へ移り住み、変わりゆく風景、人びとの感情や語り、自らの気づきを、ツイッターで継続して記録、復興への“あわいの日々”に生まれた言葉を紡いできた。厳選した七年分のツイート〈歩行録〉と、各年を語り直したエッセイ〈あと語り〉、未来の視点から当時を語る絵物語「みぎわの箱庭」「飛来の眼には」で織り成す、震災後七年間の日記文学。
  • 声の地層 災禍と痛みを語ること

    声の地層 災禍と痛みを語ること

    小説・文芸

    -
    1巻2,310円 (税込)
    人々の言葉と風景を記録する気鋭の書き手による、「オーラルヒストリー文学」 多くを失い身一つになっても、集えば人は語りだす。 伝える人と、耳をすます人の間に生まれた、語り継ぎの「記録文学」。 「すこしの勇気を持って、この人に語ってみよう、と思う。その瞬間、ちいさく、激しい摩擦が起きる。マッチが擦れるみたいにして火花が散る。そこで灯った火が、語られた言葉の傍らにあるはずの、語られないこと、語り得ないことたちを照らしてくれる気がして。それらを無理やり明るみに出そうとは思わない。ただその存在を忘れずにいたい」(はじめに) 【目次】 はじめに――語らいの場へようこそ 第1章 おばあさんと旅人と死んだ人 第2章 霧が出れば語れる 第3章 今日という日には 第4章 ぬるま湯から息つぎ 第5章 名のない花を呼ぶ 第6章 送りの岸にて 第7章 斧の手太郎 第8章 平らな石を抱く 第9章 やまのおおじゃくぬけ 第10章 特別な日 第11章 ハルくんと散歩 第12章 しまわれた戦争 第13章 ハコベラ同盟 第14章 あたらしい地面 第15章 九〇年のバトン 声と歩く――あとがきにかえて 【著者】 瀬尾夏美 土地の人々の言葉と風景の記録を考え、絵や文章を作っている。東日本大震災のボランティアを機に小森はるかとのユニットで制作開始。2012年から陸前高田市で暮し対話の場作りや作品制作を行う。仙台で土地との協働を通した記録活動をするコレクティブ「NOOK」を立上げ。現在は東京を拠点に災禍の記録をリサーチ、それらを活用した表現を模索するプロジェクト「カロクリサイクル」を進め、“語れなさ” をテーマに旅をし物語を書く。著書は『あわいゆくころ』『二重のまち/交代地のうた』『10年目の手記』(共著)『New Habitations:from North to East 11 years after 3.11』(共著)他。
  • 10年目の手記

    10年目の手記 震災体験を書く、よむ、編みなおす

    小説・文芸

    -
    1巻2,090円 (税込)
    災害時代を生きる私たちにとって、いま最も大切な一冊。 東日本大震災から10年。これまで言葉にしてこなかった「震災」にまつわるエピソードを教えてください――。 そんな問いかけから「10年目の手記」プロジェクトは始まった。 本書は、暮らす土地も被災体験も様々な人々の手記をもとに、東北と縁を結んだアーティストと演出家、阪神大震災の手記を研究する社会心理学者、文化支援事業のプログラムオフィサーが語り合い、自身を重ね、手記の背景に思いを巡らせた記録である。他者の声に耳をすます実践がここにある。 【目次】 はじめに 【第一部 よむ 10年目の手記と往復エッセイ】 あなたは、いつ、どこで、どうやって書いたのですか ・先生とハムスター ハム太郎 秘密とわからなさ ・空に聞く H・A/あの日 海仙人 読み手に“秘密”を託す ・二〇一一年三月十二日から、現在へ はっぱとおつきさま 〝子ども?だった彼らが語り出すまで ・この先通行止め コンノユウキ 過去を辿る ・消えた故郷 ほでなす/もとちゃんへ 島津信子 手向けの花と、手記 ・スタート 西條成美/兄の思い出 吉田健太 ともに生きる ・祖母の日記 八木まどか/こぼれていく時間を集めて 柳澤マサ/東北の伴走者 echelon 物語という火 ・海から離れず生きた十年 小野春雄 10年目の手記 全タイトル 【第二部 編みなおす 10年目をこえにする】 「10年目の手記」をつくる わたしが話しているような声 10年目をきくラジオ モノノーク 「とある窓」の写真について おわりに 【著者】 瀬尾夏美 (アーティスト/一般社団法人NOOK) 1988年東京都生まれ。土地の人びとのことばと風景の記録を考えながら、絵や文章をつくっている。2012年より3年間、岩手県陸前高田市を拠点にし、対話の場づくりや作品制作を行う。2015年仙台市で、土地との協働を通した記録活動を行うNOOKを立ち上げる。ダンサーや映像作家との共同制作や、記録や福祉に関わる公共施設やNPOとの協働による展覧会やワークショップの企画も行っている。著書に『あわいゆくころ 陸前高田、震災後を生きる』『二重のまち/交代地のうた』。 高森順子 (社会心理学者/阪神大震災を記録しつづける会) 1984年兵庫県生まれ。大阪大学大学院人間科学研究科単位修得退学。博士(人間科学)。愛知淑徳大学コミュニティ・コラボレーションセンター助教。グループ・ダイナミックスの見地から阪神・淡路大震災の経験を表現する人々とともに実践的研究を行い、被災体験の分有のあり方について研究している。2014年に井植文化賞(報道出版部門)受賞。著書に「声なき被災者の経験を未災者に伝える」(共著『シリーズ人間科学6 越える・超える』、大阪大学出版会)がある。 佐藤李青 (アーツカウンシル東京 プログラムオフィサー) 1982年宮城県生まれ。東京大学大学院人文社会系研究科博士課程満期退学。2011年より現職。都内事業の東京アートポイント計画、Tokyo Art Research Labに加え、Art Support Tohoku-Tokyo(東京都による芸術文化を活用した被災地支援事業)を立ち上げから担当。『東北の風景をきく FIELD RECORDING』編集長(2017~2021年)。著書に『震災後、地図を片手に歩きはじめる』(アーツカウンシル東京)。 中村大地 (作家、演出家/屋根裏ハイツ主宰) 1991年東京都生まれ。東北大学在学中に劇団「屋根裏ハイツ」を旗揚げし、8年間仙台を拠点に活動。2018年より東京在住。人が生き抜くために必要な「役立つ演劇」を志向する。『ここは出口ではない』で第2回人間座「田畑実戯曲賞」受賞。「利賀演劇人コンクール2019」ではチェーホフ『桜の園』を上演し、観客賞受賞、優秀演出家賞一席となる。近年は小説の執筆など活動の幅を広げている。NOOKのメンバーとしても活動。2020年度ACY-U39アーティストフェローシップ。 13人の手記執筆者 Art Support Tohoku-Tokyoの企画として実施したプロジェクト「10年目の手記」(企画運営:一般社団法人NOOK、主催:東京都、公益財団法人東京都歴史文化財団 アーツカウンシル東京)のために、東日本大震災の経験にまつわる手記を執筆。

ユーザーレビュー

  • あわいゆくころ

    Posted by ブクログ

    東日本大震災後ボランティアに行き、その後陸前高田付近に移住して厄災後や復興の7年間様子のツイートした歩行録、あと語り、絵物語

    様々な感情や想いが丁寧に綴られていて、それが時間の変化とともに変わっていくことも伺える

    陸前高田付近は特に津波の被害が酷く、そしてその復興は、近くの山を切り崩してもとの街の上に土を嵩上げして新しい街を作るという大掛かりな土木工事。完成してしまったら消えてしまうその間の生活や過去との繋がりなどとても貴重な記録

    さすが藝大生ともいうようなとても鋭い、感受性、観察分析、そして文章による表現力。絵や映像作品も是非とも観てみたい

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    2025年09月25日
  • あわいゆくころ

    Posted by ブクログ

    東日本大震災をきっかけとして、被災地である陸前高田市に住むこととなった筆者が、写真館で勤務しながらツイッターに投稿した内容を紡いだ本です。7年間に亘り、現地で発したツイッターを読んでいると自分自身も現地にいて、現地の空気を吸っているような感覚に襲われました。現地にいることで見える風景があると思っています。外から見ただけでは分からない風景があると思っています。私はこの本を読みながら「復興」とは何だろうと考えました。読み終わったとき「復興」とは、道路、建物を作るということだけではなく、その地に暮らす人々の気持ちが立つ、気持ちが前向きになっていることが「復興」ということなのではないかと思いました。

    ・平成23年8月10日
    「五日間お世話になった札幌からフェリーにのり、仙台へ。明け方仙台港に近づくと家屋の破片と思われる木材たちがぷかぷか浮いていました、浮かぶ木片にカモメがちょこんと座っていたのが印象的でした。」
    まだ、瓦礫のようなものが海に浮かんでいる様子がよく分かります。その場の描写が素晴らしいです。

    ・平成24年7月17日
    「夕方、流れたまちを歩いていたら、広い花壇が出来ているのを見つけた。水をやっていたおじちゃんに聞いたら、ここにあった町内会一帯に広がる花壇を作りたいのだと言う(かなり広い)。このまちはまだ復興しないのかって言われたら悔しいから、こうして花を植えたんだ。このまちの人は何もしてないって思われたら悔しいから」住んでいる住民の方の矜持を見せられた気持ちになりました。

    ・平成25年2月2日
    「バイト先まで歩いていたら、いつものおばちゃんに会った。春めいて、なんだか元気そうだった。私最近あそこでバイトしてますって言ったら、おばちゃんは、あら、あの方には津波のとき本当にお世話になったわ。大変なご苦労だったと思うの、私、いつも労ねぎらいたいと思っているのよ。と言う。労うという言葉が、いまとても必要なもののように思えた。その人の努力を、涙を、気遣いを、労う。ありがとうと伝える。あなたがいたから、私はいま、こうなのよ。すこし突飛かもしれないけれど、労うこと、感謝することは、弔うことと近しい感情から湧くもののような気がしてる。」
    人がお互いに労うということ、とても素晴らしいことであると思います。

    ・平成26年6月19日
    先日来てくれたおばちゃんから電話があり、午後に遺影の撮影。おばちゃんはきれいにお化粧して上半身だけ正装してやってきた。おばちゃんも私も緊張していた。すこし話しながら、でもやっぱりやわらかい表情の方がおばちゃんらしいやと気づく。緊張しますねって、笑いあいながら撮影する。来月娘に会うからね、娘にどの写真がいいって決めてもらうの。ずっと持っててくれるのはきっと娘だもんねえ。娘にとっての、お母さんらしい顔がいいよねえ。私が思う私じゃなくって、娘にとっての私がいいかなって、そう思うの。私、いままでの写真、流しちゃったもんね。だからせめて、ねぇ。」
    津波で写真が流されてしまった方が自分の葬式に使う遺影を撮影しに来た時の会話です。ぐっと胸に来ました。

    ・平成27年11月16日
    「記録はいつ終わるのだろう、という問いと、被災地はいつまで被災地ですか、という問いは似ているだろうか。「うしろを向きながら前に進むことにした」この言葉を話してくれた人が、ふたりいる。それは感情としてのうしろ向きではなく、過去を見て、それに触れながら、更には掘りながら、歩いていくという決意のことではないだろうか。その歩き方は一見、不器用に見えるかもしれないけれど、それを実践しようとする身体は、とても信頼できるように思える。過去という手綱をしっかりと握ろうとすること。そうしてやっと私たちは、目の前にある課題や困難に向き合う準備ができるのかもしれない。」過去をしっかりと見ながら、前進することの大切さを語ってくれています。

    ・平成28年2月27日
    「いま目の前にあるのは、自然を圧倒的に征服してしまおうとする態度であって、ヒリヒリと痛い。これは誰の意思なのか、願いなのか。」復興の名の下、被災地を大きく作り替えようとしている状況に疑問を投げかけています。

    ・平成29年12月20日
    「ふと、ここに死者の居場所はあるだろうか、と思う。このまちに死者たちを招き入れることはできるだろうか、と想像してみる。どのように、ともにいることのできる場所を、そのための所作を作っていけるのだろうかなあ、と考える。」街が新しくなったことで、死者を受け入れる雰囲気がなくなることを懸念しての思い、私も共感しました。

    ・平成30年3月11日
    「陸前高田の友人たちのSNSには、真新しい防潮堤から、亡くなった人の数だけの白い連凧が上がっている写真が並んでいた。空へと続く糸がしっかりと握られた手には、上空の空の振動が強く伝わってくる。自分たちが確かにいる現在の地面から、高く遠い、いつかの空へ。そこにいる誰かへ。」
    亡くなった方の魂が、大きな空へ向かい、我々を見守ってくれていると思いました。温かい気持ちになりました。

    筆者とこの素晴らしい本を出版してくれた晶文社さんに深く感謝いたします。この本を読むことにより、被災地に対し、精神的に継続して関わることができました。ありがとうございました。この本は、「復興」するということはどういうことなのか真に分かる素晴らしい本ですので、みなさん、是非、手に取ってみてください。震災文学の最高傑作と言っても決して過言ではないと思っています。お読みいただきありがとうございました。

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    2021年12月29日
  • あわいゆくころ

    Posted by ブクログ

    「見るのが辛いと言って、流されたまちに降りてこなかったおじちゃんと、一度だけここを歩いた。草だらけになった自分の店の跡地を見て、ごめんなあと泣いていた。いま彼は空の上で、何を思っているのだろう。」(p256)
    「流された土地に広がっていた、あの花畑は一体何だったのだろう?もしかしたらそれは、(結果的に)その土地への死化粧だったのかもしれない。
    そこへ出入りする人びとがともに手をかけて風景に色をさす、一つのお別れの作法。」(p271)
    「何かをつくるやつは距離を保て」(p275)
    「大きな破壊のあと、まちの人たちが壊れたものを丁寧に取り除いてやっと手に入れた、過去の痕跡と現在が視覚的に混じりあう“あわいの時間”がそこにあったのだろう。(p277)

    2011.3.11東日本大震災からの東北への関わりを通して、作者の繊細な感受性は表現力を磨き爆発させている。
    災害に遭った土地で状況を受容せざるおえない人々に正対し、悲しみ・喜び・暖かさそして慈しみを共に育む抒情詩。読者にも心を暖め希望に繋ぐ秀作である。

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    2022年04月09日

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