太平洋戦争時に日本軍と一緒に戦った台湾の高砂義勇軍を取り上げた内容だ。日清戦争に勝利し1895年以来、日本は当時の台湾を40年近く支配していたから、当時の台湾人や台湾原住民達は日本語も話せる上、日本をある程度自分の国として認めていた(侵略者には違いないだろうが)。但し抗日的なテロ事件は台湾国内で何度も繰り返し発生しており、1930年には霧社事件が発生している。この事件は2度に渡り台湾原住民のセデック族が日本人学校などを襲撃し、多数(132名)の日本人が殺害された事件で、日本軍が報復として火力を用いてセデック族を攻撃した事件だ。台湾原住民の中には首斬を儀式的に行う部族がいるが、この事件でも殺害された日本人は皆斬首され、首級と共に映る彼らの写真などが残されている。なおこの事件には日本軍側も原住民同士で対立する部族の協力を得て討伐隊を送り込んだ結果、セデック族も多くが斬首されるという凄惨な写真も残されている。こうした事件が発生する中でも、次第に威圧的な態度を軟化させ、台湾統治を長く続けるに至った日本は最終的に太平洋戦争終結まで長きに渡る占領を成功、支配を続ける事となった。
その様な中で勃発した太平洋戦争では、戦力(人員)不足に陥る日本軍を支える日本人以外の部隊も存在していた。朝鮮半島や台湾から来たまたは連れてこられた人々である。当初は軍務に服する労働者として従軍した彼等も、次第に戦局が悪化して厳しい戦いを強いられる日本軍の一兵士として矢面に立たされる事となる。中でも台湾の志願兵とは別に集められた原住民部隊については、高砂義勇兵部隊として目覚ましい活躍をしたようである。有名な話として、同舞台がグライダーで敵飛行場に降り立ち、飛行場や航空機を爆破する任務に当たった事などは耳に入れた事がある人も多いだろう。私も別の書籍でその話を読んだ際には、統治下とは言え、元は異なる民族である日本のために、命を賭けてそうした任務にあたった彼らの姿、勇猛さに感銘を受けた事を覚えている。
本書はその様な目覚ましい活躍を遂げた台湾の高砂義勇兵について、彼らの部族構成から性格、考え方に至るまで分析した当時の宣撫工作部隊の記録なども元にして、活躍の背景にある勇敢さ、生命力の強さにも触れて解説していく内容となっている。前述した様な霧社事件の事もあり、相当に日本への恨みつらみに燃えているものだろうと考えていたが、彼らも当時の国のため、そして自らの民族の誇りを賭けて戦っていた事がよくわかる。日本のためにという気持ちを持つものがいたかもしれないが、彼らの多くは自分たちの誇りを守るために戦ったのではないだろうか。そして結果的にそれが戦地で飢えと病気に苦しんでいた日本兵の命を繋ぐ一助になっていた事は間違い無いだろう。
今中国が台湾に対して、威嚇的な態度を続け、周辺だけでなく世界中に不安を与える状況となっている。台湾に何かがあった時に我々日本人は過去の恩を忘れるわけにはいかない。今度は彼らを助けるべき時ではないだろうか。複雑な東アジア情勢の中で、我々がかつての恩を思い出す、その良いきっかけになる書籍だ。